レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
7 / 1,557
第一部 「覚醒」 第一章 配属先は独立愚連隊?

ダークナイトと呼ばれた奇人

しおりを挟む
「隊長か……あの人はいつもどこにいるのか分からない人だからな」

 カウラは無表情のまま誠を連れて建物に沿って進む。彼女はまるで姿を消した子供を探すように時折建物の陰になるようなところを覗き込みながら建物の裏手を足音を忍ばせて歩いた。

「あ!カウラちゃん」

 ハンガー脇の部品が保管されているロッカーの前から声が聞こえて、誠達はそちらに目を向けた。そこではシャムと吉田が並んでとうもろこしを頬張っているのが見えた。

「なんだ、シャムか。隊長がどこにいるのかわかるか?」

 カウラの真面目そうな瞳で見つめられながら、小さなシャムは手にしたトウモロコシをテーブルに置くと元気よく座っていたドラム缶から飛び降りた。

「隊長ならいつも風通しのいいところにいるよ!」

「あのおっさんは野菜か何かかよ」

 呆れたように吉田がつぶいた。誠は吉田の言葉に思わず噴出していた。

「風通しがいいところ……じゃあやっぱりハンガーの裏か。それとシャム。食べるのは後にして足元の荷物、神前少尉のものだろ?運んでやってくれ」

 カウラはそう言うと今度は目的地が決まったと言うように確かな足取りで歩き出した。そしてそのままハンガーの裏手へと足を向けた。

 シャムの言葉通り、ハンガーの裏手に入ると表とは違う涼しげな風が誠とカウラを包み込んでいた。カウラにつれられてここまで来た誠は、少し離れた空き地に見慣れた背中と特徴的な天然パーマの髪の毛を見つけた。

 大柄なその男の腰には一振りの朱塗りの軍刀がぶら下がっていた。胡州帝国陸軍風に刀をつるしている姿は東和ではめったに見られない代物だった。そのスタイルはまるで第二次遼州戦争の最中の『胡州帝国』の高級将校の格好である。そんな男が、一人で七輪の前に座っている。

「嵯峨隊長。神前少尉候補生を案内してきました」

 表情を変えずにカウラは報告口調でそう言った。誠も少しばかり緊張しながら案内された隊長に向かって敬礼した。その言葉にゆっくりと嵯峨の頭が誠達を向いた。

「相変わらず硬てえなあ、カウラ」

 嵯峨がめんどくさそうに顔をあげる。

 『ダークナイト』の異名で知られた姦雄。年齢不詳。誠の道場に通っている嵯峨を誠はずっと30前と思っていたが、軍に入ってその略歴を知り、実は40半ばと知って驚いたことがあった。しかし、その濁った目を見ると確かに世間を見慣れた中年男らしいという雰囲気をかもし出している。

「しばらくぶりだな誠。まあこんなところだから好きにやってくれて良いよ」

 カウラと誠はそのまま嵯峨の正面に回りこんだ。七輪の横にはぼろぼろの団扇が見える。そして、その上で焼かれているのがメザシだとわかって、彼の実家の道場に顔を出す時の飄々とした嵯峨らしいと思った。

 遼南王家の嫡子として生を受け、胡州のエリート公家士官として先の大戦で活躍し、続く遼南内戦を生き抜いて再び遼南の玉座についた策士として嵯峨は知られていた。しかし目の前にするとそのような肩書きがこの男にはまるで似合わないことに気づく。さらに直接何度も言葉を交わすうちに、これらの肩書が本当に嵯峨と言う男のものなのか疑いたくもなった。

 誠の実家の道場に通っていた頃は弁護士を開業していると言う話だったが、嵯峨はほとんど毎日のように道場で三食食べて帰るというものあった。その後、同盟司法局の実働部隊の指揮官になったと知らされても、道場に来る頻度が減ったくらいでほとんどその生活に変化は無かった。

「おい、どうしたの?」 

 ぱたぱたと団扇で七輪を扇ぐ姿は王族の気品も政治家の洞察力も、それどころか誠が知っている鋭い太刀筋の剣客の面影も無かった。

 誠がここにこうして立っている原因を作った張本人だと言うのに、それほど誠に関心を示すそぶりもなく、嵯峨はじっとメザシが焼けるのを待っている。カウラもそんな嵯峨の態度には慣れているようで、香ばしい煙を上げているめざしを眺めながら、嵯峨が何かを言い出すのを待っていた。

「お前らいつまでそこに突っ立ってるつもりだよ……誠、飲むかとりあえず」

 そう言うと嵯峨は一升瓶を突き出してきた。手書きのラベルが張ってあるところから見て、どこかの小さな酒蔵の特注の大吟醸かもしれない。

 嵯峨はとにかく食べることと飲むことにはこだわる食通だった。誠の家も、嵯峨の差し入れがきっかけで食事が豪勢になるような日があったことを思い出した。

「一応、勤務時間中ですので。それでは事務仕事がありますので失礼します」

 カウラはそう言って去っていき、誠一人が取り残された。誠は目の前のとぼけた中年男と二人きりの状態になった。

「よし誠、いや職場だからな名字で呼ぶぞ。神前、酒は……って、お前はどうせ歓迎会で飲まされるんだろうから止めとくか」

 嵯峨はそういうと取り出した湯飲み茶碗に酒を注いだ。そのまま嵯峨は茶碗を鼻の前に翳して香を楽しむ。そして一口酒を含むと、目をつぶってその味を堪能して見せた。

「そうだ、こいつなら良いだろ?七輪で焼いたメザシだ。しかもそんじょそこらのメザシじゃないぜ、沖取りの天日干し、手作りの結構いい一品だ。伝(つて)があってね。どうにか手に入れたものだ。みやげ物屋じゃあめったに扱ってないし、置いてあったとしても結構いい値段するんだぜ。まあとりあえず一匹食えよ」

 そう言うと欠けた皿の上にメザシを置いて誠に差し出す。かなり火が通っているはずなのに、銀色のその姿には張りのようなものがある。一昨日まで暮らしていた東和軍の教育施設の寮で出るメザシとはまるで別の魚の干物のようにも見える。

 誠は仕方が無いと言うように受け取ると頭からそれを頬張った。磯の自然な塩味が口の中に広がる。骨はしっかりしていて噛み砕くのに苦労するが、それを続けると出てきた腸の苦味が口に広がって肉の塩気と混ざり合う。嵯峨が勧めるのも当然だと言うような食べる価値のある一品だった。

「じゃあ俺も食うかねえ」

 嵯峨も焼き立ての一匹のメザシの頭にかぶりついた。そして何度か噛んでみた後、茶碗の酒を取り上げて口に運ぶ。次の瞬間、嵯峨の顔はほころび、その幸せそうな視線を誠に投げながら今度はメザシの尻尾を口に入れた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...