レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
345 / 1,557
第4章 職場

ジャングルライス

しおりを挟む
「じゃあ全員得物はそろったわけだな」 

「こいつのはいいんすか?」

 ランの声に手を上げてラーナをかなめが指差す。

「ああ、カルビナ巡査の銃は以前から対法術師装備だ。それじゃあ各員準備して会議室に集合な」 

 そう言ってランは部屋を後にしようとする。

「別に準備とか……」 

「神前。カウラが制服じゃまずいだろ?一応捜査なんだから。それに場所が場所だ」 

 確かに今のカウラは東和軍の勤務服である。しかも租界の付近の廃墟の街の住人が軍服を見れば何を勘繰られるかわからないことくらい誠にも想像がついた。

「大丈夫だ。ちゃんと平時の服も更衣室に用意してある」 

 そう言うとハンガーへ向かう誠達と別れてカウラは女子更衣室に消えていく。

「それじゃあ……って何かすることあるのか?ちび」 

 かなめの言葉に振り返ったランは明らかにあきれ果てたと言うような顔をしていた。

「一応オメーも勤め人だろ?詰め所で端末の記録を覗くくらいの癖はついていても良いんじゃねーのか?」 

 そう言ってランはそのままとっととハンガーへ向かう。

「言い方を少し考えろっての。なあ」 

 かなめはそう誠に愚痴ってその後に続く。ハンガーはやはり重鎮である明華がいないと言うことで閑散としていた。

「銃は受け取ったんで……じゃあ、俺はロナルドさんの車を……」 

 そう言って走り去ろうとする島田の肩をランがつかんだ。

「仕事中だろ?着替えたら会議室に直行だ」 

 振り向いて叫んだランの言葉に島田は肩を落とす。サラは微笑んで彼の肩を叩いた。

「ふざけてないで行くぞ!」 

 ランに引っ張られるようにして皆はそのまま階段を上がる。ガラス張りの管理部の部屋の中では先月までのシンに代わり、管理部部長として赴任した文官の高梨渉参事官が菰田を立たせて説教をしていた。

「島田。なんならアタシがアイツと同じ目にあわせてやろうか?教導隊じゃあアタシも平気で二、三時間説教するなんてざらだったぞ」 

 ランの言葉に苦笑いを浮かべた島田は、そのまま早足に実働部隊の待機室を通り過ぎて会議室に向かった。

「冗談の分からねー奴だな」 

 そう言いながらランを先頭に部屋に入るとなぜか全員の机にマグカップが置かれていることに誠が気づいた。誠は何気なく中を覗き込んでその中にうごめく白いものを見つめて口を押さえた。

「なんですかこれ……!」 

 誠が手にしたマグカップの底に三匹の大きな芋虫がのたうっていた。

「あ!みんなお土産だよ!」 

 シャムの元気のよい言葉にカウラとかなめも自分の机に置かれたマグカップの中を覗き込む。

「マジかよ……」 

 そう言ってかなめは得意げなシャムをにらむ。カウラはそのまま引き返して着替えの為に廊下へ出て行った。

 誠はしばらく時間が止まったように固まった後、おっかなびっくりカップの中を覗く。そこでは相変わらず芋虫がのたくっている。

「ゾウムシの幼虫ねえ……なんでこんなものがあるんだ?」 

 自分のカップから白くてやわらかい芋虫を取り出すと、かなめは一口でそれを食べてしまった。その姿に誠は冷や汗をかく。

「ええとね、遼南の山岳レンジャーの隊員がこの前の訓示のお礼だって!遼南を離れて寂しいだろうから遼南の味を覚えていてくれって!」 

 元気良く答えるシャムを見て誠は再びマグカップの中を覗き込んだ。

「まあ見た目があれだが食えるぞ」 

 そう言うとランも芋虫を口に運ぶ。誠は恐る恐る再びカップを覗き込んだ。

「ゾウムシ……」 

 奥で珍しそうにカップを覗いていた、第三小隊小隊長でかなめの妹の嵯峨かえで少佐は、かなめの芋虫を食べる光景を見てこわごわ口に運んんだ。かえではそのままその噛まずに飲み込むには少し大きい物体を一気に飲み下そうとする。だがそれが喉に詰まったのか、すぐに立ち上がると誠を押しのけて廊下へ飛び出した。その様子を見ていた部下の渡辺要大尉もそれに続く。

「ああ、これはリョウナンオオゾウムシの幼虫ですよ」 

 遼南出身と言うこともあり、第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹は芋虫をつまんで普通に口に運ぶ。誠は次第に握っていた手に汗が出てくるのを感じていた。

「もしかしてこれがレンジャーの主食の虫ですか?」 

 ようやく誠もそれが何かを理解した。

 遼南中央部の密林地帯で一ヶ月間のサバイバル訓練を行う遼南レンジャー部隊。遼南で他国から戦力に数えられている数少ない部隊と呼ばれる彼等と同じメニューの訓練。その厳しい生活を送ったことを示す遼南レンジャー章は遼州同盟各国の兵達の憧れだった。そのサバイバル訓練では食料の自給は欠かせない課題となる。

 そうなると当然、健康を維持するために安定して口に入る動物性たんぱく質が必要になることになる。そしてそのたんぱく質の源が目の前の虫だった。

「やっぱり食べなきゃ……駄目なんですよね」 

 すがるように声を絞り出すのが誠の精一杯だった。

「駄目だよ、誠ちゃん。大きくなれないぞ!」 

「ちっこい奴が何言ってんだか」 

 かなめの茶々にシャムが頬を膨らませる。誠はそのほほえましい光景を見ることもできずにじっとマグカップの中でうごめく虫を見つめていた。

「部品が足りないが……まあ急ぐものじゃないさ……おう、来てたのか」 

 先ほどまで駐車場で自分の車に夢中だった第四小隊長のロナルド・スミスJrが、第四小隊の隊員ジョージ・岡部中尉とフェデロ・マルケス中尉を連れて入ってきた。その顔は誠達が駐車場で見たとき同様、歓喜に満ち溢れていた。むしろ子供のようにはしゃぐ上官に呆れたような表情を浮かべる部下二人が不機嫌そうな顔に見えた。

「ああ、ロナルドさん達の分もあるから」 

 満面の笑みのシャムの言葉にフェデロは何か面白いものをもらえたのかと思って、自分の席に置かれたマグカップを覗いた。その表情はすぐに嫌悪感が煮詰まったようなものに変わる。

「ジャングルライスだ」 

 フェデロの吐き捨てた言葉に岡部も顔を曇らせる。

「良いじゃないか、ジャングルの米。慣れれば恋しくなるものだぞ」 

 そう言うと相変わらず上機嫌のロナルドは自分の机の上のマグカップからすぐに芋虫を取り出して口に運ぶ。そして景気良く噛み砕いてすぐに飲み込んでしまった。

「ナンバルゲニア中尉。やはり今は季節じゃないみたいだな」 

「そうだね。春先のゾウムシが一番おいしいんだよ。あれ? 誠ちゃん。食べないのかな?」 

 ロナルドのそばから今度は自分のそばへ歩いてくるシャムに誠は思わずうつむいた。確かに子供にしか見えないシャムだが、遼南内戦における歴戦の勇士であり、最強のレンジャー指揮官の異名をとる彼女である。断ることが出来ないことはわかっているので一番上の少し弱った芋虫にゆっくりと誠は手を伸ばした。

「いいです!食べますよ!」 

 誠はそう宣言して口に芋虫を放り込む。

 しばらくはざわざわと口の中をうごめく感覚で口をふさぐことが出来ない。無理やり口を閉じて押しつぶす。それでももぞもぞと動く感覚が口の中に広がる。

「大丈夫か?顔が青いぞ」 

 かなめの声も聞かずにひたすらかみ締めて、ようやくぐちゃぐちゃになったものを喉の奥に押し流した。

「すまん遅れた」 

 スタジャンに着替えたカウラがそう言いながら詰め所を覗き込んだ。待っていたかのようにシャムがカウラを見てニヤニヤと笑った。かなめとロナルドは再びカップの中から芋虫を取り出し食べ始めた。その様子を見ながら岡部とフェデロは苦い表情を浮かべていた。

 そして明らかに絶望した顔の誠がいた。

「神前どうしたんだ!」 

 すぐに駆け寄るカウラだが、誠の手の中のマグカップを見て納得した。

「そう言うことか……」 

 カウラの頬が引きつっている。

「そう言うことだ。なに、意地悪じゃねえぞ。あくまで鍛えてやっただけなんだから」 

 カウラの言葉にかなめは浮かれた調子で最後の芋虫を口に入れて机の端末を開いた。

「まあさっきから神前と西園寺の様子を見てると、アタシにはいじめにしか見えなかったけどな」 

 そう言うとランは机の上の端末の確認作業を終えて椅子から飛び降りた。

 そこに死に掛けたような表情のかえでが帰ってきた。

「大丈夫か?嵯峨少佐」 

 ランの言葉にただ青い顔をして表情を失ったままかえではうなづく。

「かえで様、ご気分は……悪いようですね」

 そう言いながら渡辺がかえでの背中を心配そうにさする。

「それじゃあ、会議室。いくぞー」 

 その様子を苦笑いを浮かべながら一瞥すると、ランは一言言って部屋を出て行った。

「あれ? カウラちゃんは食べないの?」 

 シャムの言葉にカウラに視線が集まる。

「それはお前へのプレゼントだ」 

 シャムにそう言ってカウラは素早く部屋を出て行く。

「逃げやがったな」 

 かなめはその有様を見ながらにんまりと笑って、まだ嗚咽を繰り返している誠の肩を叩いた。

「やっぱり……食べなきゃ良かった」

 誠はそう言って食堂を逆流してくる半分消化された朝食と芋虫の残骸を無理やり飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...