レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
674 / 1,557
第8章 仕事終わりに

決め時

しおりを挟む
 誠はマウンドに立ち岡部を見下ろした。サインの交換だが、今度は一回でサインが決まった。アイシャはまた悠然とバッターボックスに構えていた。

 誠はゆったりとしたモーションで投球動作を開始する。また自然とそのスリークォーター気味の左腕が唸り球が放たれる。今度はアイシャも打つ気で構えているのがシャムにも分かった。

 バットの打撃音。打球はそのままアンパイアの明石のマスクを直撃した。

「あ?」 

 思わず振り返ったアイシャの声が響く。しばらく中古のマスクと言うことで衝撃に弱いところがあるようで、明石はマスクを外して顔を抑える。

「大丈夫や!大丈夫」 

 自分に言い聞かせているのか、叫ぶ明石が何とか顔を上げた。サングラスを外しているので小さな目が驚きでさらに小さくなったように見えた。かなめがそのタイミングで予備のボールを誠に投げる。誠はそれを受け取るが、しばらく心配そうに明石を見つめていた。

「気にせんでええで!ええから続けんかい」 

 何とか立ち直った明石。誠はホッとしたようにボールを握り締めると岡部とのサインの交換を始めた。アイシャは別に変わった様子も無くただ眺めている。悠然としたその態度。シャムは今度こそ誠は打たれるような気がしてきていた。

 何度か岡部のサインに首を振る誠。なかなか決まらない。

『誠ちゃん……動揺してる』

 そんなシャムの思いが通じたのか、ようやくサインが決まると誠はセットした。

 静かなモーションが始まる。じりじりと力をためていく誠の左腕。そして先ほどと同じような軌道で腕は動き、しなり、球が放たれる。

 アイシャのスイング。バットの打撃音。

 ボールはまた跳ね上がるとそのままハンガーの方へ向かう飛球となった。

「打ちそこなったー!」 

 悔しそうにアイシャが叫ぶ。岡部は球が高いと言うことを言いたいと言うように腕を振って誠に示す。

 シャムが見てみるとハンガーの手前にはすでに着替えを済ませたランがボールを拾うとそれを持って真剣な目つきのかなめに向かって歩いてくる姿が見えた。

「タイミングは合ってるわよね」 

「完全に打ちそこないでしょ」 

 シャムの言葉にサラが答える。それを聞いているだろう誠。再びかなめからボールを受け取るとしばらくじっとボールを見つめていた。

『今度はどうかな』 

 背中が小さく見え始めた誠を見ながらシャムはじっとグラブを抱えて睨みつけていた。

 誠は再びサインの交換を始める。今度は一発でうなづく誠。

 また投球動作が始まる。

『危ないな』 

 直感がシャムを駆け抜ける。アイシャは心持ちシャムとヤコブの守る一二塁間を見たような気がしていた。

 ボールが放たれるがアイシャはバットを振らなかった。ワンバウンドのボールを岡部が体で止める。

『カーブが引っかかったのかな』 

「何やっとんねん」 

 カウントするのも忘れたと言うように明石が叫ぶ。誠は苦笑いを浮かべながら岡部からボールを受け取った。

「早くしろよ!」 

 ベンチに腰掛けた小さく見えるランが叫んでいる。そんな上司にいかにも済まないと言うように誠はマウンドの上で頭を下げていた。

『ランちゃんなんで余計なことを言うかな……』 

 シャムは苦笑いを浮かべながらまた投球に集中しようとしている誠の顔を見つめていた。

 誠の動揺。だがすぐにそれは収まったようでそのまま相変わらずの静かな物腰で岡部のサインを覗き込んでいた。再びセットしてゆったりとしたフォームで投球がなされる。

 アイシャのバットは打球を捕えた。ボールはシャムに向けて飛び込んでくる。シャムは定位置のままそれをキャッチした。そしてそのままヤコブに向けてランニングスローを決める。アイシャは一塁までの途中であきらめたように立ち止まると首をひねりつつ投げたバットのところまで走る。

「はい!以上や!」 

 明石の言葉で部員達はそのままホームベース上に集まった。なんとも不思議そうにバットを何度も降るアイシャ。

「真芯じゃなかったからなあ……」 

 不本意そうにつぶやくとアイシャはヘルメットを脱いだ。

「おう、神前。どうだ?」 

 かなめの言葉に何ともつかない笑みを浮かべて誠はシャムからボールを受け取った。

「とりあえずこのくらいにするか。それぞれ着替えて帰るぞ」 

 かなめの一言でシャム達はそれぞれ手にしたグラブをベンチの横の用具入れへと持って走る。相変わらず射撃レンジの方では射撃訓練の銃声が続いている。

「どうしたのかな……誠ちゃん」 

「私に聞かないでよ」 

 シャムの問いにこれも不思議そうな顔をしているサラが答えた。それぞれ自分用のグラブを入れる袋にグラブを入れると新人の警備部員がそれをまとめて片付ける準備をしていた。

「シャム!サラ!さっさと着替えろ!飲みに行くぞ」 

 上機嫌で叫んでいるラン。どうにも小学生にしか見えないランがそんなことを口にすると不謹慎に見えてきてシャムは笑っていた。

「シャムちゃん。笑える身分じゃ無いんじゃないの?」 

 バットを片付け終わってすっきりしたというような表情のアイシャがつぶやく。シャムはその言葉には少し腹が立ったがそれ以上に疑問が頭の中を駆け巡っていた。

「アイシャちゃん。どうだった?」 

「どうって?」 

 アイシャはヘルメットと帽子で跡が残っている紺色の髪を何度か手櫛で梳いた後に答える。

「誠ちゃんのことに決まってるじゃない!」 

 いらだって叫ぶシャムをアイシャは子供をみるような視線で見つめる。

「そうね……気楽に投げてるんじゃないのかな?そうだ、どうせ明石中佐も来るだろうからあまさき屋で聞けばいいじゃないの」 

 アイシャの言葉に合点がいったシャムはそのまま正門目指してグラウンドを走って飛び出した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...