レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
690 / 1,557
第7部 『殺戮機械が思い出に浸る時』 第一章 失踪

邪魔者

しおりを挟む
「お困りのようね!」 

「げ……」 

 突然のハスキーな女性の声にかなめはうんざりしたような顔をする。彼女がおそるおそる振り向くとそこには紺色の長い髪をなびかせた少佐の階級章の長身の女性隊員が満面の笑みで立っていた。

 アイシャ・クラウゼはにんまりと笑いながら近づいてくるとそのままかなめを蹴飛ばした。

「なにしやがる!」 

「いきなり『げ!』ってなによ!」 

 さすがの軍用の強化義体の持ち主のかなめも、遺伝子的に強化されて作られているアイシャの鋭い蹴りは効果があるようで、蹴られた肘をさすりながらアイシャを見上げる。

「それより……面白いことしてるんでしょ?私も混ぜてよ」 

 興味津々、やる気満々のアイシャのうれしそうな視線に誠達は頭を掻いた。アイシャは運用艦『高雄』の艦長代理。階級も少佐と言うことで手に入る情報の権限は大尉のカウラやかなめより上に当たる。ただし、本人に本当にやる気があればの話で、こう言う場合アイシャはただ興味だけで付いてくる可能性もあるのでどうにも信用できない。

「アイシャ、止めなよ。ただでさえうちはお姉さんからの業務の引き継ぎとかで忙しいんだから……」 

 同じブリッジクルーと言うことでサラはなんとかアイシャを止めにかかろうとする。

「それならほとんど終わってるわよ。それに面白そうじゃない、謎の司法局の改造人間の知られざる過去に迫るなんて……」 

「吉田はいつから改造人間になったんだ?変身でもするのか?」 

 吐き捨てるようにそう言ったかなめだが、すでにアイシャはいつものようにあさっての方向にやる気でいる。

「とりあえず吉田さんの行方といえば……こういうときはお金の流れから見るべきね!行きましょう!」 

 早速ぼんやりとしていた誠の手を取るとそのままハンガーの05式のコックピットの前に付けられた通路を執務室のある棟に向けて歩き出す。カウラとかなめは慌ててそれを追いかけた。

「金の流れ?そんなもんうちでどうにかなるのか?」 

 かなめの慌てた声に振り向いたアイシャはにんまりと笑う。

「うちの金の管理はどこが担当?管理部でしょ?経理担当は菰田君。カウラが頼めば多少の無理は……」 

 アイシャの言葉に今度はカウラが思い切り嫌な顔をした。

 経理担当主任菰田邦宏曹長。誠も大の苦手な粘着質を絵に描いた顔の古参下士官は、カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖としてその手の趣味の隊員の絶大な支持を集めていた。よく言えばスレンダー、悪く言えば胸が無いカウラの自覚している欠点を崇拝するその奇妙なカルト宗教は部隊での影響力は絶大で、誠達が生活している司法局実部隊男子下士官寮の中では一大勢力をなしていた。

 当然のことながら勝手にそんなインチキ宗教の崇拝対象になったカウラにとっては迷惑以外の何物でもない。そんなカウラの思いとは裏腹にしつこい菰田達の布教活動で、入れ替わりが激しくなった最近の司法局内部でも大きな勢力を維持していた。そんなカウラが顔を上げると管理室の前の廊下で満面の笑みを浮かべているアイシャがいた。

「ほら、わびしそうな顔して……カップ麺なんて食べてるわよ」 

 アイシャが指さすのは管理部のガラス張りの執務室。和気藹々と笑いあっている女子事務職員達からぽつんと離れて一人カップ麺を啜る菰田の哀れな姿が見える。

 偶然顔を上げた菰田が誠達に視線を向けた。最初にカウラを見つけて笑顔が浮かんだものの、その中に誠の姿があるのを見つけて菰田は笑顔を訂正するような不機嫌そうな表情を浮かべている。

 アイシャは気にするわけでもなくそのままぐんぐんと近づいていくとそのまま管理部の部室に飛び込んだ。

「菰田君」 

 最初に話しかけてきたのがアイシャだったことで菰田の機嫌はさらに損なわれた。アイシャの詮索癖と騒動好きは周りを巻き込むだけ巻き込んでおいて自分は逃げ去るという要領の良さは菰田も知っている。そんなドタバタに巻き込まれる可能性があると悟っただけで菰田も十分すぎるほど不機嫌になる。

 手にしたカップ麺を静かに机に置き。大きく深呼吸をして何ともしれない騒動を巻き起こそうとしている紺色の髪の闖入者を忌々しげに見つめる。

「なんでしょうか……クバルカ少佐。今日は鈴木中佐が出て来ているんですから引き継ぎの方を……」 

「いいのよ、そんなこと。それより……聞きたいことがあるんだけど」 

 不機嫌を突き抜けた表情。ともかく菰田の顔を見て誠はそんな感じだと確信した。ここにカウラがいなければ菰田はその場から立ち去っていただろう。偏屈な上司がこれから災難に遭うと言うことで女子職員は興味深そうに誠達を眺めている。

 カウラも菰田とは話をするのも嫌なのだが仕方なく口を開いた。

「実は吉田少佐の件なんだ」 

 その質問の核心がカウラの口から放たれたものでなければ答えなど期待できない。菰田の表情が急に和らぐ。そしてそれに比例してカウラの口元の引きつりが大きくなる。

「ああ、ベルガー大尉。吉田少佐が休んでいる件ですか?」 

「知ってるのか?テメエ!」 

 今度は菰田の襟首をかなめが締め上げる。すぐにカウラと誠で間に入ったから良かったものの、放っておいたら島田と同じく窒息するところだった。しかも菰田は島田と違って首を絞めたら死ぬのだからまさに危ないところだった。

 菰田は激しく咳き込み、しばらく下を向いてもだえる。

「大丈夫?」 

 背中をさするアイシャを菰田は恨みがましい目で見つめる。彼の予想はすでにこの時点で的中していた。カウラが少し心配そうな顔をしているのを見つけて何とか機嫌を直した菰田は自分の気を落ち着かせながら椅子に座り直した。

「知ってるも何も……休んでいるじゃないですか」 

「そりゃあ見れば分かる!そう言うことじゃなくてだ。あいつがなんで休んでいるのか知らないかって聞いてるんだよ!」 

 さすがのかなめも同じ間違いは起こさない。机をたたき壊さないように寸止めして軽く叩くようにして腕を振り下ろす。備品の発注伝票を処理しないで済むことを確認した菰田はしばらく思いを巡らすように首をひねる。

「なんで?そりゃあ吉田少佐にも私用があるからじゃないですか?」 

「知らないんだな!じゃあアイツが休んで済む理由は知って……」 

 かなめに任せたららちがあかない。そう悟ったアイシャがかなめを突き飛ばす。いつもなら反撃で突き飛ばし返すかなめも自分の話の持って行き方が間違っていたことに気づいたようで頭を掻きながら菰田にしなだれかかるアイシャを眺めていた。

「吉田さんの傭兵としての契約書……ここで保管しているじゃなくて?」 

 突然の甘えるようなアイシャの言葉。だがアイシャの本質をよく知っている菰田はただ助けを求めるように視線を誠に飛ばすだけだった。

「どうして返事をしてくれないのかしら?」 

「クラウゼ少佐。守秘義務って言葉。知ってます?」 

 薄ら笑いを浮かべて拒否の姿勢を示してみせるのが菰田の最後の抵抗だった。

「おい、アイシャ。それはまずいだろ。重要書類の管理はおそらく菰田じゃなくて高梨参事の担当だぞ」 

「西園寺さんの言うとおりですよ!俺じゃあ何もできません!」 

 菰田の悲鳴にも似た叫びが部屋中に響いた。暴走するアイシャをさすがのかなめも止めに入る。明らかに出せないのは知っていたがただいじめたかったと言うだけの理由で菰田を絞り上げていたのは誠が見てもよく分かった。

「まあ良いわ。それにしても……吉田さん、本当にどこにいるのかしら?」 

「ここで相談されても困りますよ。とりあえず自宅とか……あの人なら音楽関係の知り合いが多いからどこかのスタジオに缶詰になってるとか……いろいろ考えられるでしょ?」 

 菰田の捨て鉢な意見。アイシャは手を打って菰田の肩をぽんと叩いた。

「そうね。とりあえず自宅を明日訪問。それから後のことはそれから考えましょう」 

 アイシャはそれだけ言うと唖然とする誠達を置いて平然と管理部の部室を出て行った。

「何がしたかったんだ?アイツは」 

「私に聞くな」 

 かなめとカウラはただ呆然と立ち尽くしている。誠は我に返るとすべての苦痛を誠を恨むことで解消しようとしている菰田の顔があった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...