レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
1,078 / 1,557
第31章 寿司と幼女

鏡の国

しおりを挟む
 次の日は雨だった。地獄のランニングとトレーニングはこれまでのシミュレーションの感想などを書類にする仕事に置き換えられた。

 終業時間近くになると暗鬱な気分をまとう誠を待っていたのは笑顔のかわいいランだった。

「今日、寿司連れてってやる」

 ランは出社した誠にそう言って笑うといつも通り机の上の将棋盤に目をやった。

「よかったな……寿司じゃん」

「初めてじゃないか?一月以内に中佐が寿司に連れて行くなんて」

 かなめもカウラも笑顔で席に着く誠に目をやった。

「回転寿司ですか?」

「ちげーよ。ちゃんとしたカウンターの寿司だ。なんでもそこの大将は銀座で修業したとか言ってたぞ。菱川重工のお偉いさん目当ての結構高級な店なんだぜ。アタシが良い仕入れ先を教えてやったからそれが縁で通ってるんだ」

 桂馬の駒を手にランはそう言って盤面を見つめている。

 誠は初めての回っていない寿司の話にワクワクしながら机の上の端末を終了した。その脳裏からは昨日の島田の仕打ちで退職を考えたことなど完全に消え去っていた。

「寿司だからな……タダより高いものは無いということもある」

 ぼそりとカウラがつぶやくが、誠の寿司へのあこがれの感情がそんな警告を聞き逃すように仕向けた。

 そしてそのままいつもより早く着替えを済ませると更衣室を出た。

 そこにある喫煙所で嵯峨がつまらなそうにタバコを吸っていた。

「寿司食えるんだ……いいねえ……俺半年以上食ってねえけど」

 喫煙所のソファーに腰かけている嵯峨はそう言って誠を見上げた。

「しかも回らない寿司って……ありがとうございます!」

「俺がおごるんじゃねえんだから……まあ、いいや。ランに色々教わんな」

 そう言って嵯峨はタバコをくゆらせた。

「アイツの社会常識問題についていくために必須の知識なんだが……甲武国は……『共和国』じゃない。『帝国』でもない。その理由……分かるか?」

 嵯峨はそう言って社会知識ゼロの誠の顔をまじまじと見つめた。

「僕……社会は苦手なんで」

 そう答えるしかない自分が恥ずかしいが事実なので仕方がなかった。

「それは知ってるよ……理由は簡単だな。甲武国の元首は人間じゃねえんだ」

「人間じゃない……というか『元首』ってなんです?」

 誠の顔を完全にあきれ果てたというような表情で嵯峨が見上げる。

「あのなあ……大学出てるんだろ?まあいいや、元首って言うのはその国の代表のこった。あそこの元首はな……『鏡』なんだ……『甲武の御鏡』と呼ばれて貴族の会議をやる『金烏殿きんうでん』と呼ばれる建物の奥深くに飾られてる」

「鏡?」

 あまりに意外な答えに誠は口ごもった。

「そう、鏡。遼帝国の遼薫とか言う皇帝から初代の甲武国宰相西園寺基さいおんじもとい……ああ、かなめのご先祖な。そのかなめのご先祖が受け取った鏡があそこの国の元首なんだ。あそこの四大公家である西園寺家、九条家、田安家、嵯峨家はその鏡の信任に応えて政を行うことになってるんだ」

 誠は鏡のやる政治が理解できずに呆然と立ち尽くしていた。

「鏡が信任?鏡にそんな機能があるんですか?AI搭載してるんですか?」

 間抜けな答えなのは十分承知だったが、誠にはそれ以上のことは言えなかった。

「AI搭載って……そんな鏡気持ち悪いわな。その鏡はしゃべりもしないし文字が浮き出るわけじゃねえよ。第一、独立当初の遼帝国にそんな技術はねえよ。普通の青銅製の鏡だ。俺は見たことがあるが……何のことは無い、半径25㎝ぐらいの丸い鏡だ。裏になんか色々書いてあるらしいが……俺は表しか見たことがねえよ。まあ、綺麗に顔が映る普通の鏡だ」

 嵯峨は少し遠くを見るような目で誠を見つめながらそう言った。

「なんでそんな鏡をありがたがるんです?鏡なんていくらでも作れるじゃないですか」

 誠にはそんな頭の悪い質問しかできなかった。

「その理由は簡単だ……人は間違うが物は間違わないって訳。いわゆる国の御神体だな。神社とかに大木とか石とか御神体にしているところあるじゃん。そんな感じだな」

「確かに……ありますね」

 東和共和国にも神社はある。多くは巨木や剣などを御神体にしているということは誠も知っていた。

「まあそう考えると一番しっくりくるわな。鏡が神様って訳だな。神様だもん……間違いを犯すわけがない」

「確かにそうですけど……代表なんですよね?その鏡は。国の代表が何かを決めなきゃならない時はどうするんですか?」

 誠にも政治は人間がやることくらい分かっている。それを鏡の信任でやるということが今一つ理解できなかった。

「そんなもん政治をやってる貴族が決めりゃあいい。そしてその責任は貴族が鏡に対してとる訳だ」

「なんかしっくりしないんですけど……」

 東和共和国は大統領制が敷かれている。大統領は首相を指名し政治を行うくらいの知識は誠にもあった。

「鏡はただ政治を行う貴族達の顔を映すだけ……その苦悩も愚かさもすべてはっきりと映す……間違いが無いんだ。だから鏡が元首って訳。絶対に過ちを犯さない元首が出来上がるんだ」

 嵯峨はそう言って吸いかけのタバコを灰皿に落とす。

「でも誰も異論をはさまないんですか?どう考えても僕には変なことに思えるんですけど……」

 誠は待たせているランのことを思い出しながらそう言ってみた。

「異論を言う人間の顔を映すのもまた鏡なんだ。鏡に文句言ったって疲れるだけだよ……それに失政は鏡に忠誠を誓った貴族達が悪いってこと。鏡は何一つ間違っちゃいないわけだ……失敗できるのは人間の特権だな」

「それが甲武国の政治……」

 かなめの母国の少し変わった政治体制に誠は驚きつつそうつぶやいた。

「そう。鏡に誓いを立て鏡に頭を下げて政治を行うのがあそこの貴族ってことなんだ」

「じゃあ前の戦争でたくさんの甲武の兵が死んだのは……」

 二十年前の『第二次遼州大戦』のことはさすがの誠も知っていた。そしてその戦いで数億の命が失われたことも当然知っていた。

「甲武の兵隊は鏡の為に死んだわけだが……死んだ原因を作ったのは時の政府と軍って訳なんだ。鏡は何も間違っちゃいない……全責任は負ける戦争をした政府にある訳だ」

 嵯峨はそう言うと胸のポケットから二本目のタバコを取り出した。

「どこか……納得できないんですけど」

「そうかい。俺にはよくできた政治体制と言えると思うがね。人間は絶対に間違える生き物だ。その生き物の顔を映し出す鏡が映された人間に全権を与える……隠喩が効いててなかなか興味深いよ……兄貴はあんまり好きじゃねえって言ってたが……兄貴は人間好きだからな、人間が元首の国にしたいんだろ、甲武を」

 嵯峨はそう言って笑った。

「隊長のお兄さんってことは西園寺さんのお父さんですよね」

「そうだよ。俺は長いことあそこの家に厄介になってたからな……兄貴にゃあ頭が上がらねえんだ。それ以上にそのかみさんには頭が上がらねえがな」

 頭を掻きながらそう言うと嵯峨はニヤリと笑った。

「西園寺さんのお母さん……どんな人なんです?」

「そりゃあ……鬼」

 誠は嵯峨の言葉に思わず驚いて目をむいた。

「まあ、冗談だよ。まあ食えないオバサンだな」

「はあ」

 皮肉のこもった笑みを浮かべる嵯峨を見つめながら誠は今一つ納得できないでいた。

「そうですか……」

「まあさっきも神社の話が出たように宗教とか研究すると似たような話が出てくるが……お前さんは理系だもんな。関心ねえだろ?」

「また馬鹿にしてるんですか?」

 知らないことばかりとは言え、さすがにこれだけ見下された口調で説明を受ければ気の小さい誠でもカチンとくる。

「そう卑屈になりなさんなって。なんなら寿司でも食いながらランに相談してみな。いい本を紹介してくれるんじゃねえかな……お前さんに理解できるかどうかは別だが」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!」

 口から天井に向けて煙を吐きながらの嵯峨の言葉に誠はそう言って抗議した。

「馬鹿にされるような知識量だから馬鹿にされるんだよ。勉強しなさいって……ああ、それはランの決め台詞だったな」

「確かにクバルカ中佐ならそう言いそうですけど」

「そこまで分かってるならちょっとは勉強してよ……社会常識だよそんなの。だから一つも内定貰えねえんだよ」

 一番誠が嵯峨について頭に来ているところを突かれて誠は怒りの表情で嵯峨をにらみつけた。

「人の進路をすべて潰した人の言うセリフですか?それ」

「確かにな……ランが待ってるんだろ?行って来いよ」

「行ってきます!」

 さんざんおもちゃにされたという事実に気分を害しながら誠は大股で廊下を歩いていった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...