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不遇な水魔法使い
14話 『自然について』
しおりを挟む無事に退院して研究と訓練が始まった。俺の立場はサーシャの研究助手だ。これまでの仕事は実験の記録やその分析、整理、そして研究論文の収集など。それに加えて、自身の魔法学の勉強も含まれていた。
基礎魔法学は、サーシャの教育者としての才能もあって、わずか数か月でほとんど理解することができた。この世界に来てまだ一年も経っていないのに、元いた世界にはなかった魔法を理解するのには、普通なら途方もない努力が必要なはずだ。それなのにこの短時間で基礎を理解できたのは、魔法についての知識が前の世界の科学知識と似通っている点が多いからだろう。
幸い俺は理系分野の授業は熱心に聞いていたので、それが功を奏した。だからこそ、この俺の窮地を何度も救った水爆弾の魔法も、最初あの砂漠で魔導書を読み上げるだけで理屈を理解でき、発動できたのだ。
魔法は科学と似ている。ヒュレーという地や天を巡るエネルギーにエイドスという属性の指示を与え、術式として形を成す。その術式を詠唱することによって魔法を発動する――これが魔法だ。
詠唱は術式を読み上げヒュレーを操作すること。術式とはこの世界の理を意図的に起こし、自分の望む状況を生み出す命令文だ。この術式を魔法として発動するには術式の理解が必要になる。つまり、理の理解だ。
「起こしたい事象を理論立てて理解する……か」
呟きながら、積み上げられた資料に目を通す。魔法は術式を理解さえすれば誰でも発動することができる。そして、その術式は科学と同じ。だからこそ、俺はこの短時間で魔法を理解することができたのだ。
この魔法と科学が同じというのが、俺の開発しようとしている魔法のミソだ。科学的な現象がこの世界では火、土、風、そして水に分類されている。
例えば火。火はただ燃焼だけを操作するだけではなく、温度やエネルギーを操る。火魔法族のフランさんの魔法は電気と磁気を操ることができる。ただ火といってもそれを文面通りに受け取るには拡張性が高く、科学の事象の多くをカバーしている。これは他の属性にも言えることだ。
しかし、水だけは違う。
水魔法は文字通り水しか操作することができない。サーシャが行っていた水分子を操ることくらいだ。実際あの強盗の時でさえも、水を浮かすのには風元素、氷、水、水蒸気の状態変化には火元素を利用していた。サーシャが水魔法として行っているのは、水を生み出すのとその形を変えるという程度のもの。
「あまりにもだよな……水魔法」
サーシャが用事で外出している間、俺は一人書庫にある机で魔法について考えていた。この前水魔法の新しい魔法について思いつき、それをサーシャやフランさん、アルジェントさんにも話しある程度支持されたが……まだ一歩何か足りない。
単純に考えて各元素が科学的事象を4分割しているのならば、水ができることももっと多いはずだ。魔法は今まで見てきた通りかなり自由なもの。それなのに禁止されたサーシャのいう『大海』の魔法。確かに『大海』と冠するくらいなのだから、できることは多いだろう。彼女もこの魔法は生命や原初などを司ると言う。
古い書庫の奥から、一冊の本を見つけ出す。タイトルは『自然について』。パラパラとめくると、埃が舞い、窓から差し込む陽の光にキラキラと輝いた。
嫌に堅苦しく書かれている上に所々虫に食われているのが読みづらさに拍車をかけている。普通科学の本は日々更新されているため、古い本の内容は現在では否定されているものも含むため新しい本ほど良いのだが、何故かこの本は気になった。
どうやら昔の魔法学の基礎をまとめた本らしい。この世界の元素には根源となる性質があり、昔はこの性質をもって魔法を研究をしていたらしいが、いつしかこの説は風化されたと書かれている。
「風化された?」
普通こういうのは否定されたという記述が多いのではないのだろうか。読み進めると、この根源的性質を用いて研究することは便利で何も問題が無かったかのように思えるが、その風化された理由が何も明記されておらず、ただ風化したと書かれているだけだった。
各性質については次の通りだ。火は『変化』、土は『生成』、風は『伝播』、そして水は『浄化』。
「なるほど、各元素のイメージとも合致することが多い」
しかし、やはり水の浄化について気になる。サーシャの水魔法は浄化という性質がそこまで入っているだろうか? 確かに水は何かを洗ったり奇麗にしたりするのに使うが、それを浄化というにはあまりにも大げさだ。
この前のアルジェントの金属を生み出す魔法が土元素の性質の『生成』という根源をしっかりと表しているというのに、水が浄化? やはり水魔法には何か制限があるように感じられる。
性質について疑問に思いつつ読み進めていくと、ある記述に目が留まった。どうやら先ほどの根源的性質は逆の性質も司るらしい。火は『不変』、土は『消滅』、風は『停滞』、水は『混濁』。
「混濁か……」
いろいろなものが混じるということ。何か引っかかる。考え込んでいると、ガチャッと書斎の扉が開く音が響いた。
「カイ? あ、ここにいましたか。そろそろ昼飯にしようと思ってサンドイッチを買ってきました!」
サーシャが紙袋を手に現れる。
「今日はパニーニです。前にラグさんにおススメしてもらったのですが、とても人気で行列ができていたから買うのに時間がかかりましたよ。ってなんか埃臭いですね、今度掃除しましょうか」
「ああ、サーシャか。ありがとう。コーヒー淹かすよ」
換気のために窓を開け、サーシャと共に研究所の休憩室に移動する。この都市の水は水魔法によって地下水をくみ上げたもの。コーヒー抽出機に、綺麗に透き通る水を注ぐ。
俺とサーシャのお気に入りのコーヒー豆を挽き、抽出機にセットする。コンロで火をかけ、しばらくするとボコボコと蓋の間から空気が漏れ出て抽出が終わったことを知らせる。コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「やはりこのコーヒーの匂いはいいですね。ラグさんのセンスには脱帽です」
「だな、あの人の目利きの良さには驚くよ。この都市のいい物は何でも知っているよな」
「そうですね、今度どうやってお店を探しているのか聞きましょう」
そう会話しながら俺はコーヒーをカップに注ぐ。黒く濃い液体が芳醇な香りと共に容器を満たし、よりいっそう部屋を香りが彩る。
コーヒーか……。あんなに清く透明だった水が色黒く混濁するのは改めて考えると不思議だ。
……うん? 混濁?
――俺はハッ!とした。これこそ俺が求めていた足りないあと一歩であると確信する。すべてがつながった。
「ど、どうしましたか? カイ」
「サーシャ! 思いついたよ!」
「あ。えーと、おめでとうございます? それでいったい何を思いついたのですか?」
「俺の新しい魔法、『混成』の魔法についてだよ!」
きょとんとしていたサーシャの顔が、驚きと期待の眼差しを帯びた表情に変わっていく。
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