不遇水魔法使いの禁忌術式

キミドリ

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不遇な水魔法使い

15話 『混成』の魔法

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 「ああ」と俺は頷いた。

 「『混成』——つまり混ざり合い成すこと。水元素の根源的な性質である『混濁』を利用する魔法だ」
 サーシャはこちらに近づき、肩が触れるほど身を乗り出してくる。その水色の髪から漂う甘い香りに、一瞬思考が途切れそうになった。
 
「カイ、詳しく説明してください!」
 
 彼女の声に我に返り、俺は話を続けた。
 
「俺が感じた水魔法への不足感——それを解決する鍵は、単に『水』という限定された液体にこだわっていたことだったんだ。他の元素の魔法を調べた結果、『溶液』に関する魔法がこの世界には存在しないことに気づいた」
 
 サーシャの目が大きく見開かれる。

 「溶液……つまり何かが溶け込んだ水ということですね」

 「正確には、あらゆる溶質を含んだ液体全般だ。『混成』の魔法とは、そうした溶液を操作する魔法。溶液の性質を変え、量を調整し、状態を変化させる」

 これだけ聞くとサーシャの『水』魔法の上位互換に聞こえるかも知れないがそうではない。

 魔法とは扱うものが複雑であればあるほど操作性が悪くなる、なるべく簡単なものほどその魔法の発動は容易になり出力も大きくなるのだ。その点サーシャの扱う水はとても簡単な液体だ、そのために部屋中を一瞬で満たすほどの水量を生み出し、液体固体気体の三態の変化を瞬時に行うことができる上に形を変えることも可能だ。


「今考えている俺の液体では、確かに生み出すことができる液体の数によりバリエーションは広いが操作性は頗る悪いはずだ。サーシャの『水』魔法とはそこが違い欠点だな。けど、この魔法明らかに従来の水魔法の限界を超えているはずだ。それに、その予想される弱点を補うためにもフランさんとアルジェントさんに協力をしてもらっている訳だしな」

 
 俺はとりあえず現状のこの『混成』の魔法について説明した、もちろんまだまだ粗がある。サーシャは頷くと、私の説明に熱心に耳を傾け続けた。話が終わると、彼女は視線を落とし、顎に手を当てながら何かブツブツと小さく呟き始める。これは彼女が深く考え込む時の癖だ。普段の研究中にもよく見る光景だった。

 「カイ」突然、彼女が顔を上げる。

 「研究室へ行きましょう。すぐに理論を検証しないと!」

 彼女はそのまま休憩室を出て研究室に向かう。俺は放置された手の付けていないサンドウィッチを片して、慌ててコーヒーを持ちながらサーシャの後を追う。 研究室に着くとサーシャは一心不乱に黒板に文字を書きなぐっていた、コーヒーを部屋の机に置きチョークを片手に持ち彼女の隣に立つ。

 「ここの数式、この部分はこうじゃないかな」
 
 サーシャは俺の理論を数式かしようとしていたサーシャが書いた式の一部を修正する。彼女は一瞬驚いたように私を見つめ、次の瞬間には目を輝かせて続きを書き始めた。
 
「なるほど! 溶質の比率を変数として、エイドスの与え方を調整すれば……」
 
 俺たちの間には言葉以上の対話が生まれていた。チョークが黒板を走る音だけが静かな研究室に響き渡る。時折、俺たちの手が重なり、互いに微笑みを交わす。


 ああ、俺は今この瞬間が誇らしく感じられる。いつも彼女から教わり守られていた俺が隣に立ち一緒に魔法を完成させようとしている。この天才少女に助けられ助手となったあの日からこの時を待ちわびていたのだ。

 もはや、二人の間には流れゆく時間を気にする余地などない、言葉を交わし、共に悩み、そして黒板に書かれた魔法と対話をする。その姿から彼女に水魔法に対する真摯な姿勢がありありと伝わってくる、今サーシャは自分の夢への一歩を踏み出す機会を得ることができたのだ。


 俺にとっても、これは偉大な一歩だった。この魔法が完成し、都市魔法使いになることができれば、ようやくサーシャの隣に堂々と立てるようになる。もう彼女の背中を追うだけの存在ではなくなれる。

 一通りの議論を終え、俺たちはコーヒーを片手に休憩していた。窓の外は既に夕暮れで、オレンジ色の光が研究室に差し込んでいる。結局、ランチも食べずじまいだったが、家に帰ればラグさんが美味しい晩御飯を用意してくれているはずだ。

「やはりカイは私が見込んだ通りでしたね!、いや流石の私の審美眼です(ドヤさ!)」

 サーシャが満面の笑みを浮かべる。いつ方ぶりのドヤさが俺の五臓六腑に染み渡った、やはりこれがないと。

「俺だけの力じゃ何もできなかったよサーシャ、こんなに可愛くて天才なお師匠様がいるおかげさ」

「ふふーん!本当にカイは幸せ者ですね!こんなに優秀な魔法使いに手ほどきされるなんてそうそうありませんよ!」

 その愛くるしい表情に胸が温かくなる一方で、心の中に残る不安も消えなかった。

 「けどやっぱり、少し不安だな。ちゃんと魔法使いになれるのか、魔法使いの試験てのはかなり厳しいんだろ?」

「安心してください。あなたは都市でも随一の魔法使いである私の助手なんですから!……それに私はカイがいっぱい悩んで苦労して、魔法の勉強にも戦闘訓練も頑張ってきたのを私は知っています、努力は裏切らないものです、私は神は信じませんがいるとしたらその頑張りを放っておくことなんてしないはずですよ」

「サーシャ……、ありがとうな、俺はお世話になったフランさんやアルジェントさんのためにも、サーシャの隣に立つためにも必ず魔法使いにならないといけないのに……ちょっと弱気になっていたよ」

「……カイ、そ、そうですよ私の目指す『大海』の魔法のためにもカイの魔法は重要なんですから、さっさと完成して魔法使い試験なんて楽勝で合格してくれないと困つんですから!」
 
 サーシャは少し照れながら言った。俺を信じて応援してくれる彼女の存在が嬉しい。

「ところでカイ、そろそろフランたちとその訓練の時間ではないですか?」

「ん?おっと、そうだった、今日は訓練の日だったな」

 時計を見るともう5時を過ぎていた、訓練自体は一週間に一回だけ、研究の成果を報告し内容を煮詰め、魔法戦闘の訓練を受ける。

 俺からお願いした手前遅刻などあってはならない。今から出れば余裕をもって着くだろう。片付けをし、研究のノートなどの荷造りをする。

「じゃあ、サーシャ、行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃい。遅い夕飯はよくありませんからね、あまり遅くならないようにしてくださいね」

「別に先に食べてもらっていいのに、あんまり遅めだとラグさんにも悪いしさ」

「せっかくのラグさんのごはんを冷ますのも悪いですし、それに……私はカイと一緒に食べたいんですよ、言わせないでください!」

 サーシャの珍しくわかりやすいデレ攻撃の破壊力に俺は抗う術がない。

「やめてくれサーシャその可愛さは俺に効く」

「何言っているんですか、早く行かないと遅刻しますよ」

 しっしと手で追い払う仕草をとる。最近サーシャが慣れたのか俺が彼女を褒めたり可愛いと言っても照れる回数が減り適当にあしらわれることが多くなった。その代わりデレる回数は増えたんだけどな。

 俺はサーシャに別れの挨拶をして研究所を出た。夕暮れ時の街は帰宅する人々で賑わい、人の流れは過密というほどではないが少し歩きづらかった。
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