【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

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33話・予想外の提案

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 洗濯を終えて部屋に戻ると、ゼルドさんは既に起きていて窓際の机に向かっていた。

 開け放たれた窓から流れ込む朝の冷えた空気と表の通りのざわめき。小さな丸椅子に腰掛けるゼルドさんの背中越しに手元を見れば、何やら数枚の紙に見入っていた。僕が部屋に入ると同時に綺麗に折りたたみ、自分のカバンにしまい込んだので、何が書かれているかまでは分からなかった。

 朝の挨拶を交わすと、抱えていた空のカゴに視線が向けられる。

「もう洗濯を済ませてきたのか」
「ちょっと早く目が覚めちゃって」

 笑いながら返事をすると、いつの間にかゼルドさんが目の前に立っていた。背が高いなあ、なんて今さらなことを考えていると、彼の大きな手が僕の指先に触れた。

「朝の水は冷たかっただろう」
「あ、いえ、今の時期ならそこまでは……」

 寒い時期ではないけれど、井戸から汲んだばかりの水はキンキンに冷えていて、指先はわずかに赤くなっている。
 それを見て、ゼルドさんは僕の両手を包み込むように握った。直接伝わる体温が心地好い。しばらくして手が離される時に名残惜しさを感じたほどだ。

「おなか空きましたね。朝ごはん食べましょうか」

 そこまで言って、はたと気付く。
 タバクさんも同じ宿屋に泊まっているのなら鉢合わせてしまうかもしれない。さっき三階の窓から顔を出していたから、彼の部屋は恐らく三階。僕たちの部屋は二階。浴室は予約制だし、トイレは階ごとにある。注意すべきは共有スペースの食堂や中庭か。

 タバクさんからは何の悪意も感じなかった。二年前と同じように気さくに話しかけてくれた。再会した時は戸惑いや恐怖しかなかったけれど、今はよく分からない。
 この町に来たばかりで、まだツテも知り合いもいないだろうから、どこかの領主に売られる心配もない。そもそも求職中ではないから僕を勧誘するなんてこともない。

 二年前の真偽は不明だけど、今はもう危険はない。ただの昔馴染みとして、時々話すくらいなら構わないんじゃないか。

 どの道、そうするしかないんだから。

 幸い宿屋の食堂にはタバクさんの姿はなかった。冒険者ギルドに顔を出すとか何とか言っていたから出掛けているのだろう。

「今日のライルくんの予定は?」
「パン屋さんに行こうかと」

 僕の返答に、ゼルドさんは少し考えてから「私も行く」と申し出た。
 今朝みたいにタバクさんと二人きりになったら困る。親しげに話しかけられると昔を思い出して流されてしまう。本当は一人で行くつもりだったけど、ゼルドさんの厚意に甘えることにした。

「ライルちゃん、いらっしゃい!」
「おはようございます」

 朝の混雑が一段落した時間帯にお店に行くと、パン屋のおばさんが笑顔で出迎えてくれた。早速持参した小瓶から薬草を取り出し、カウンターに並べる。ゼルドさんは僕の後ろから覗き込んでいる。

「今回は薬草を使ったパンをお願いします」
「その辺に生えてる薬草とちょっと違うねぇ」
「ダンジョン内で育った薬草は色味が少し薄いんですよ。葉が柔らかくて苦味がないんです」

 ダンジョンの中で自生する薬草は安定した環境のおかげか渋味や苦味がない。

「生地に薬草を練り込んだパンは前にも作ったことあるけど、あんまり美味しくなかったんだよねぇ……」

 パン生地に刻んだ薬草を混ぜて焼いただけでは独特のエグみが出てしまい、肝心の味が悪くなる。わざわざマズいものを作りたい人はいない。パン屋のおばさんは薬草を材料にすることに対して抵抗があるようだ。

「だから、生地に混ぜるんじゃなくて具にしたらどうかなと思って」
「具?」

 おばさんが目を丸くして聞き返してきた。

「薬草に味付けをして、ある程度食べれる状態にしてから生地で包んでみたらどうかと」
「なるほど、そういうことかい」
「他の野菜や肉を入れたら美味しくなるんじゃないかなと思って」
「味付けを濃くして苦味を誤魔化すとか?」
「そうそう、そんな感じで」

 なんとなくイメージが固まった辺りで薬草を託し、試作品作成を頼んで店を出る。

 ずっと黙ってやり取りを眺めていたゼルドさんが、通りに出てからようやく口を開いた。

「君は色々なことに手を出しているな。雑貨屋でも商品を提案していただろう」
「元々あった商品を改良しただけですよ」
「私は改良しようと考えたことすらない」

 パン屋さんでは木の実ぎっしり堅パン。
 普通の数倍の量の木の実を混ぜ込み、水分を減らして堅く焼いてもらった。平べったく成形しているのでかさばらず、日持ちもする。味も美味しいので徐々に人気が出ているそうだ。

 雑貨屋さんでは汗取り用の布。
 汗取り用の布は作るのも使うのも簡単で、冒険者だけでなく肉体労働に従事する人からも評判が良いらしい。原案は雑貨屋の奥さんで、僕は試しに作って使用感を報告しただけ。

「今回頼んだ具入りのパンも、王都にいた頃に屋台で売ってたのを見て思いついて……その頃は高くて買えなかったんですけど」

 一番安いパンしか買わない僕に、タバクさんが具入りのパンを半分わけてくれたことがあったっけ、と思い出して視線を伏せる。

 何か起こる前に逃げたおかげで、実際には酷い目に遭わされずに済んだ。今まではツラい記憶ごと意識の奥底に封印していたけれど、昨日今日と本人に会って話をしたからか良い思い出ばかりが蘇ってしまう。

「ライルくん」

 名を呼ばれて顔を上げると、ゼルドさんが肩を抱くように引き寄せてきた。さっきまで立っていた場所を馬車が通り抜けていく。それを見て、助けてくれたのだと分かった。

「ぼんやりしてました、すみません」
「構わないが、前は見たほうがいい」
「気を付けます」

 ゼルドさんは当たり前のように僕を助けてくれる。
 この人の支援役サポーターになれて本当に良かった。



『二年も経つのに背ぇ伸びてねーし、相変わらず痩せっぽちだし、そんなんでちゃんと働けるのかぁ?』



 今朝タバクさんから言われた言葉を思い出し、びくりと身体が揺れた。

 そうだ、僕は役に立つどころか足を引っ張ったり要らぬ世話ばかりかけている。脱げない鎧のことも準備不足で探索が進まないのもそう。他で挽回したくて色んなことに手を出しているのかもしれない。

「あ、そうだ。第四階層のこと、まだギルドに報告してませんでしたね」
「今から行こう」
「はいっ」

 昨日は別の町からオクトに移ってきた冒険者が多くて、帰還報告や戦利品鑑定などの必要最低限の用事を済ませてすぐギルドから出た。情報提供はまだしていない。

 ギルドの扉をくぐると、昨日よりフロアは空いていた。マージさんが一人の冒険者と話をしている中だったので少し待つことにした。

「あっ、ゼルドさん、ライルくん!ちょうど良かった。こっちに来てくれる?」

 フロアの隅にあるテーブルの椅子に座ろうとした僕たちに声が掛けられた。何だろうと振り向くと、受付カウンターにいるマージさんが手招きしている。そして、カウンター前に立っていた冒険者もこちらを向いた。

「おっ、ライルじゃん」
「タバクさん……」

 マージさんと話をしていたのはタバクさんだった。そういえば、ギルドに顔を出すとか言っていた。うっかりしていた。

「あら、知り合い?」
「そ、王都時代の友だち。昨日偶然再会したとこなんだ」

 僕が言葉を詰まらせた隙に、タバクさんは笑顔でそう答えた。友だちと言われて少し嬉しいような怖いような複雑な心境になる。特に否定はせず曖昧に笑って言葉を濁した。

「それなら話は早いわ。タバクさんフリーなんですって。あなたたちのパーティーに入ってもらったらどうかしら」

 マージさんからのまさかの提案に、驚きで声すら出なかった。

 
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