虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
7 / 71

7 綺麗なんかじゃない

しおりを挟む
 屋敷に戻ったシーナは、ルターナの部屋で詳細なスケッチを描いた。目にした薔薇はすべてルターナに伝えてあげたかった。

「今日は王都にある薔薇園に行きました。色とりどりの薔薇がたくさん咲いてましたよ」

「シーナ、本当に絵が上手くなったわね。よく描けてるわ……薔薇園の様子が伝わってくる」

 ルターナはスケッチの一枚一枚を手に取り、じっくりと観察している。ベッドに座る姉の横で、シーナは迷っていた。歌のことをいうべきだろうか。恥ずかしい失敗だけれど、なんでも報告するという約束だったし……。

「なぁに、シーナ。もじもじして、何か言いたいことがあるんでしょう?」

 こんな時、いつだってルターナは目ざとくシーナの様子に気が付くのだ。それが有難いときもあれば、今のように恥ずかしいときもある。

「あのう……。ごめんなさい、お姉さま。殿下のまえで変な歌をうたってしまいました」

「変な歌? 歌ぐらい殿下は気にしないでしょう」

「そうなんですけど。洗濯場で他のメイドに教えてもらった歌だから、ちょっと恥ずかしくて……。ただ殿下は全く気にする様子はなかったです」

「ふふっ、そうでしょうね。あの方は些細なことは気にしないわよ。そういうところは王族らしいと思うわ……。う、ゴホッ、ゴホッ」

「お姉さま、また熱があがってきたんじゃ……もう休んでください」

 ルターナの額にそっと手を当てると、驚くほど熱かった。シーナは急いで布巾を水にひたし、軽く絞ってから姉の額にのせる。体調が悪いのに、無理してシーナに付き合ってくれていたのだ。
 横になった姉は苦しそうにふうっと息を吐いた。

「情けないわね、すぐに熱を出すんだから……。ねぇシーナ、またこの部屋に来てちょうだいね? あなたと一緒に読みたい本があるの。殿下がくださった、だまし絵の面白い本よ」

「分かりました、きっと来ます。だから今はしっかり休んでください」

「約束よ? 待ってるから……」

 ルターナが不安そうに手を握るので、シーナはしばらく姉のそばで様子を見ていた。痩せた手を包むように撫でていると安心したのか、ようやく寝息が聞こえ始める。シーナは音を立てないように静かに部屋を出た。

 ルターナはいつも本心から「また来てね」と言ってくれる。それが嬉しくて、義父母に会うのが怖くても主棟に来ることができる。

 屋敷の裏手にある使用人の部屋に戻ったシーナは、おろしていた髪をぎゅっと一つにくくった。長い髪はメイドとして働くには邪魔になるが、グレッグは髪が長いほうが令嬢らしいといって切らしてくれない。短いほうが手入れも楽なのに。

(でも、髪が短くても……手入れする気はないのだけど)

 シーナの部屋にはひとつも鏡がない。手に入れようと思えば誰かが古いものを譲ってくれるだろうが、自分から鏡を置くのをやめてしまった。見たくないのだ――ルターナと同じ顔で、ぼろぼろのお仕着せを身にまとった自分を。

 ルターナとしてレクオンに会うのは、他のメイドからすれば素晴らしい褒美のように見えるらしい。実際、年の近いメイドからは「アンタばっかりお洒落できていいわね」だの、「今日は仕事をサボってどこへ行ったの?」だの言われたりする。

 シーナも最初はそう思っていた。申し訳ないと思いつつも、綺麗なドレスを着てピカピカの靴をはき、格好いい王子さまと出かけるのは楽しかった。

 でも屋敷に戻ってきてメイドの服に着替えると、『これが本当のおまえだ』と現実を突きつけられてつらいのだ。出かけている間が楽しければ楽しいほど、天国から地獄に突き落とされたようで惨めでたまらない。

 ルターナとレクオンの婚約が決まってから数ヶ月は姉のためだと耐えていたが、ある日とうとう義父に泣きついた。こんな事はもう出来ない、お願いだから身代わりは終わりにしてほしいと。
 しかしシーナの願いをきいたグレッグは激怒し、引き出しから鞭を取り出して容赦なくそれを振るった。

――『卑しい娘め! おまえが生きているのは何のためだ? 顔しか取り得のない役立たずが、私に意見できると思うな! 今度やめたいなんて言ってみろ、ルターナの薬は全部とめるからな!』

 泣きながらごめんなさいと謝罪するシーナの背中に、グレッグはなんども鞭を振るった。二度目に当たった時に服が破けて、むき出しになった背中に振り下ろされた鞭は皮膚を剥ぎ取って床を血だらけにした。

 あまりの痛みに気を失ってしまい、次に目が覚めたのは寝台の上だった。そのときの傷は痕が残って、今でも触れるとでこぼこしている。

(考えすぎては駄目よ。どうにもならない事より、今できる事をしなくちゃ……。お姉さまとレクオン様が結婚するまで、わたしはただ自分の役目を果たせばいい)

 シーナは自分の部屋を出て、洗濯場へと向かった。廊下を歩いていると、年の近いメイドたちがシーナを見てひそひそと何か言っている。

「またお嬢さまの代わりをしてきたのね。いいご身分よねぇ……。顔が同じだからって、出かけて美味しいものを食べられるんだもの」

「あら、可哀相なことをいったら駄目よ。シーナはお嬢さまのためなら何でもするんだから」

「ご立派なことね。聖母リリアのように、身も心もお綺麗なんでしょうよ」

「お綺麗なシーナ、洗い物がたまってるわよ。早く洗濯場に行きなさいね。サボった分、しっかり働くのよ」

 通りすがりに、わざと聞かせるように囁く声。シーナはぎゅっと手を握り、平静な顔のまま彼女たちの横を通りすぎた。

(違う。わたしの心は綺麗なんかじゃない……)

 本当に清い人間なら、グレッグに泣きついたりはしないはずだ。自分が惨めだとも思わず、粛々と役割をこなすはずだ。

(考えないのよ。自分にできることを、一生懸命やるしかないんだから……。わたしはお姉さまの役に立てたらそれでいいの)

 洗濯場に着いたシーナは、いつも通りシャボンを手にとってリネンのシーツを洗い始めた。

「シャボンを泡立てて、何もかも洗っちゃおう……汚れも嫌なことも、ぜんぶ流してしまおう……」

 手が動いている間は余計なことを考えずにすむ。日が落ちて暗くなるまで、シーナは手を動かし続けた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。 新聞と涙 それでも恋をする  あなたの照らす道は祝福《コーデリア》 君のため道に灯りを点けておく 話したいことがある 会いたい《クローヴィス》  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

処理中です...