虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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8 義理の弟

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 冬がやってきた。今年の冬は厳しい寒さになるらしい。シーナは裏庭に出て、薪割りをしている老人に声をかけた。

「ティム爺さん、手伝うわ。たくさん薪が必要なんでしょ?」

「おう、その通りだけどな……。おまえさん、日に当たると奥様に叱られるんだろう? 手にまめでも出来たら、お嬢さまの代わりが出来なくなるんじゃねぇのかい?」

 渋るティムを見ぬ振りして、シーナは薪割り台に向かった。手には分厚い手袋をはめている。

「日陰で作業すれば大丈夫よ。手袋すれば、まめだって出来にくいでしょ。もしまめができたら、乗馬の訓練をしたんですって殿下に言っておくわ」

 斧を振るって、パカパカと薪を割っていく。ティムはシーナの横で苦笑いをした。

「まったく、お嬢さまのことになると急に逞しくなるもんだなぁ。おまえさんが薪割りしに来たのも、お嬢さまのためかい?」

「そうよ。今年の冬は寒いみたいだから、ルターナ様の部屋の薪が切れないようにしたいの」

 気温が下がって以来、ルターナはますます体調を崩しやすくなった。冷たくて乾いた空気が肺に入ると咳がとまらなくなり、薬が手放せない。

 マリベルはルターナに付きっ切りだから、姉の部屋の薪はシーナが用意する必要がある。グレッグは自分と妻子ばかり優先するので、ルターナの部屋にはあまり薪が運ばれてこなかった。

「ティム爺さんだけで、屋敷内の薪を全部用意するのは無理でしょ。わたし、冬の間はずっと薪割り手伝うからね」

「そりゃ有難いけどな……。でも無理は禁物だぞ?」

「うん、分かってる」

 しばらく薪割りを続けていたが、何時間も同じ動作をしていたティムは「腰がいてぇ」と呟いて休憩しに行った。ひとりきりになった裏庭で、ひたすら斧を振るう。ぱかん、ぱかんという手ごたえが意外と楽しい。

「へぇ、頑張るじゃないか。顔しか役に立たない娘が」

「……っ、ジェレミー様」

 急にうしろから声をかけられたので、斧を取り落とすところだった。ジェレミーはグレッグとイザベルの息子だが、ときおりこうしてシーナに嫌がらせしにやって来る。薪割りという危険な仕事をしているのに、気配を消して忍びよってくるなんて悪趣味だ。

「なにかご用ですか」

「おまえに話す必要なんかない。黙って手を動かせよ」

 ジェレミーはシーナの一つ下で、14歳である。母アグネスが死んだ直後にイザベルが後妻として迎えられたが、その時にはすでにジェレミーを身篭っていた。グレッグは本当にアグネスに対して何の罪悪感も持っていなかったのだと、証明されたようなものだ。

(何かしら……見られていると、ぞわぞわする)

 ジェレミーはグレッグと容姿がよく似ている。そのせいか、彼に見られると肌が泡立つような感覚があった。気持ちが悪いのであまり見ないでほしいが、それを口にしたらさらにジロジロ見てきそうだ。性格まで残忍で見栄っ張りなグレッグそっくりなので、シーナはジェレミーのことが嫌いだった。

 ティムが割った薪を納屋のなかに運んでいると、ジェレミーは戸口に立ってシーナの動きを見ている。舐めるような視線が気持ち悪い。主棟で使う薪をすべて運び終わって納屋を出ようとしたとき、いきなり手首を掴まれた。

「っ、何を……」

「大きな声を出すな。騒いだら父上に言いつけるぞ」

 ジェレミーがシーナの両手を壁に押し付け、顔を近づけてくる。シーナは必死になって体をよじった。

「やめてください! ジェレミー様には婚約者がいらっしゃるんでしょう!? こんな事して――」

「何が悪いっていうんだ? おまえと僕は血が繋がってないんだ、子供が出来たところで別に構わないだろ。卑しい血の娘でも見た目だけは美しいからな……僕が最初の男になってやるよ」

 冗談ではない。シーナは全身に鳥肌を立てながら抵抗した。体をひねると何とか両手の拘束は解けたが、逃げ出そうと背中を向けた途端、ジェレミーが背後から抱きついてくる。悪寒に耐えられなくなり、大声で叫んだ。

「いやぁっ! 誰か! 誰か助けてぇっ!」

「ジェレミー! そこにいるの? もうすぐ家庭教師が来る時間よ!」

 床に倒れこんだシーナとジェレミーを見下ろすようにして、イザベルが戸口に立っている。怒りのためか彼女のこめかみには青筋が浮かんでいた。

「母上……ちぇっ、いいところだったのに。じゃあな、シーナ」

 ジェレミーが去ってほっと安堵したが、次の瞬間、凄まじい痛みが頬を襲った。イザベルがシーナの頬を打ったのだ。

「この売女がっ……! やっぱり血は争えないわね、おまえは淫乱な母親と同じだわ。ジェレミーを誘惑して、伯爵夫人におさまろうって魂胆なんでしょう。そうはさせないわよ!」

「違います! ジェレミー様のほうが、わたしに近づいてきて……――っ!」

 また頬を叩かれて、シーナは地面にどっと倒れこんだ。唇が切れたのか、血の味がする。

「金輪際、ジェレミーには近づくんじゃないわよ! 次に近づいたら、グレッグ様に言って鞭で打ってもらうからね!」

 イザベルは肩をいからせて納屋を出て行った。持っていた布巾を冷たい水に浸して叩かれた頬にあてると、ずきりと痛みが走る。

「いたっ……。どうしよう、腫れてきたわ」

 本当は割った薪をルターナの部屋に持っていきたかったのに、この顔で運んだら姉はきっと何があったのかと訊いてくるだろう。具合の悪いルターナに心配をかけたくない。

 薪を腕に抱えたままうろうろしていると、ティムが戻ってきた。腫れたシーナの顔をみて目を丸くし、よく効く軟膏を持ってきてくれる。切れてしまったシーナの唇に薬をぬりながら、ティムは苦い顔でつぶやいた。

「そうか、坊ちゃまと奥さまが……。薪はワシが運んでおくから、おまえさんはもう屋敷に入ったほうがいい」

「ありがとう、ティム爺さん。助かるわ。今日のことは誰にも言わないでね?」

「なぁシーナ。薪割りはもうやめたら……」

「やめないわ。ルターナ様の部屋が寒くなっちゃうもの。今度からは爺さんと一緒に休憩するように気をつけるから、大丈夫よ」

「……はぁ、そういうと思ったよ。しょうがねぇ娘だなぁ」

 ティムが薪を運んでくれる間、シーナは斧を振るい続けた。ジェレミーは今ごろ家庭教師の授業を受けているはずだから、今日はもうここに来ないだろう。今のうちにたくさん薪を用意しなくては。
 ティムが塗ってくれた軟膏はよく効き、頬の腫れは少しずつおさまっていった。
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