13 / 71
13 晩餐会にて1
しおりを挟む
少しずつ気温が下がってきたせいか、オクタビアは体調を崩しやすくなった。寒いと膝が痛むのだという。シーナは主のために医師から薬をもらってきたり、薬草を煎じてお茶にしたりと甲斐がいしく世話をしていたが、母の見舞いに来たバージルはこともなげに言った。
「まぁいつもの事だからな。母さんももう年だし……ゆっくり休んでなよ」
オクタビアが冬のたびに体調を崩すのはいつもの事らしいが、息子のひと言を聞いたオクタビアは「この薄情息子め」と毒づいた。
母の小言から逃げ出して厨房へやって来たバージルは、シーナを見つけるといたずらっ子のような顔で話しかけてくる。
「お、いたいた。ルシア、今夜リンデン男爵家で晩餐会があるんだ。僕の侍女として同行してくれよ」
「――はい? わたしがバージル様に同行するのですか? バージル様にはホルトンさんがいらっしゃるのでは……わたしは大奥様の看護がありますし」
シーナはオクタビアの侍女だし、バージルには執事がいる。なにも自分が同行する必要はないと思うし、何よりも貴族が集まる場所へは行きたくないのだが。
「母さんはお茶を飲んで寝てるだけじゃないか。サラ一人で充分だろ。頼むよ、ジョナサンの奴に自慢してやりたんだ。僕だってたまには美人を連れて歩いてみたいんだよ」
ジョナサンはリンデン男爵家の長子だが、女をとっかえひっかえする軽い男として有名である。会うたびに違う女性を侍らせて自慢してくるので、バージルとしては彼の鼻を明かしてやりたいのだろう。
シーナは迷ったが、結局はオクタビアの許可を貰ってバージルに同行することにした。たった一晩のことだし、ここは王都から遠いグラーダだ。知り合いに会う可能性はかなり低いはず。
バージルは最初からシーナを連れていくつもりだったようで、夜会用の華やかなお仕着せまで用意していた。いつも着ているメイド服よりもレースやフリルが多く、ドレスに近いデザインである。使用人にボロを着せて連れ歩くのは貴族の矜持に関わるので、夜会のような衆目がある環境では専用の服があるらしい。
夕方になって着替えてから領主の屋敷へ行き、バージルと執事のホルトン、そしてシーナの三人でリンデン男爵家へ向かった。グラーダとは隣り合った領地なので、馬車だと数十分ほどだ。
シーナ達が到着したときにはすでに他の貴族も集まっていたようで、サロンの方から優雅な笑い声が聞こえてくる。バージルが脱いだコートをシーナに預けたので、腕に抱えたままサロンへ入った。
庭に面した部屋のようだ。人が出入りできるような大きなガラス扉から、月に照らされた樹木や噴水が見える。テーブルには軽食やワインなどが並び、グラスを手に立ったまま談笑する人、壁際に置かれた椅子でゆっくりと食事を楽しむ人など様々だった。
「よお、バージル。相変わらず腹が出てるな」
バージルが早速テーブルへ向かおうとすると、横から一人の青年が声を掛けてきた。なかなかの美男子で、両腕に美女を侍らせている。彼は手をにゅっと伸ばすと、バージルのすこし突き出たお腹をつんつんと押した。
「おい、よせよ。ジョナサン」
「もう少し痩せないと、俺みたいにモテないぜ? ……っと、おいおい、なんだおまえの侍女は。今までこんな女を連れてたか? おまえには勿体ないような美人じゃないか」
ジョナサンは目を見開き、まじまじとシーナを見つめてくる。バージルは得意気に笑った。
「大きなお世話だ。この子はルシアといって、母さんの侍女なんだよ。おまえが連れてる女たちより美人だろ」
バージルの言葉は明らかに失言で、シーナは彼の口を手で塞いでやりたくなった。そんな事を言ったら反感を持たれてしまうだろうに。
恐るおそる顔を上げると、ジョナサンが連れている二人の女性はやはり憮然としていた。バージルにもシーナにも冷ややかな眼差しを向けてくる。今までもジョナサンに馬鹿にされて来たのかもしれないが、やり返すにしてももう少し他の方法があったのではないだろうか。
「ふぅん……」
ジョナサンはねっとりと絡みつく視線でシーナを見たあと、女性を両腕にかかえたまま離れて行った。
「やったぞ、ジョナサンを撃退できた! ルシアのお陰だ」
「お……お役に立てて、良かったです……」
やはり来るべきではなかったのかもと思ったが、バージルはすっきりした表情だ。彼は真っすぐテーブルへ向かい、皿に好きな肉料理をてんこ盛りにした。オクタビアが見たらなにか小言をいいそうな状況である。
バージルにはホルトンがいるから、シーナが付き添う必要はないだろう。彼のコートを持ったまま壁の花になろうとしたが、それは叶わなかった。シーナがバージルから離れるのを待っていたかのように、ジョナサンが話しかけてきたのだ。
「なぁおまえ、ルシアとかいったか?」
「――はい?」
ジョナサンは何故か一人になっており、ポケットに手をつっこんだぞんざいな姿でシーナの正面に立っている。壁と彼に挟まれたシーナは何となく嫌な予感がして横にずれようとしたが、ジョナサンは壁にとんと手をついてシーナが逃げられないようにした。
「まぁいつもの事だからな。母さんももう年だし……ゆっくり休んでなよ」
オクタビアが冬のたびに体調を崩すのはいつもの事らしいが、息子のひと言を聞いたオクタビアは「この薄情息子め」と毒づいた。
母の小言から逃げ出して厨房へやって来たバージルは、シーナを見つけるといたずらっ子のような顔で話しかけてくる。
「お、いたいた。ルシア、今夜リンデン男爵家で晩餐会があるんだ。僕の侍女として同行してくれよ」
「――はい? わたしがバージル様に同行するのですか? バージル様にはホルトンさんがいらっしゃるのでは……わたしは大奥様の看護がありますし」
シーナはオクタビアの侍女だし、バージルには執事がいる。なにも自分が同行する必要はないと思うし、何よりも貴族が集まる場所へは行きたくないのだが。
「母さんはお茶を飲んで寝てるだけじゃないか。サラ一人で充分だろ。頼むよ、ジョナサンの奴に自慢してやりたんだ。僕だってたまには美人を連れて歩いてみたいんだよ」
ジョナサンはリンデン男爵家の長子だが、女をとっかえひっかえする軽い男として有名である。会うたびに違う女性を侍らせて自慢してくるので、バージルとしては彼の鼻を明かしてやりたいのだろう。
シーナは迷ったが、結局はオクタビアの許可を貰ってバージルに同行することにした。たった一晩のことだし、ここは王都から遠いグラーダだ。知り合いに会う可能性はかなり低いはず。
バージルは最初からシーナを連れていくつもりだったようで、夜会用の華やかなお仕着せまで用意していた。いつも着ているメイド服よりもレースやフリルが多く、ドレスに近いデザインである。使用人にボロを着せて連れ歩くのは貴族の矜持に関わるので、夜会のような衆目がある環境では専用の服があるらしい。
夕方になって着替えてから領主の屋敷へ行き、バージルと執事のホルトン、そしてシーナの三人でリンデン男爵家へ向かった。グラーダとは隣り合った領地なので、馬車だと数十分ほどだ。
シーナ達が到着したときにはすでに他の貴族も集まっていたようで、サロンの方から優雅な笑い声が聞こえてくる。バージルが脱いだコートをシーナに預けたので、腕に抱えたままサロンへ入った。
庭に面した部屋のようだ。人が出入りできるような大きなガラス扉から、月に照らされた樹木や噴水が見える。テーブルには軽食やワインなどが並び、グラスを手に立ったまま談笑する人、壁際に置かれた椅子でゆっくりと食事を楽しむ人など様々だった。
「よお、バージル。相変わらず腹が出てるな」
バージルが早速テーブルへ向かおうとすると、横から一人の青年が声を掛けてきた。なかなかの美男子で、両腕に美女を侍らせている。彼は手をにゅっと伸ばすと、バージルのすこし突き出たお腹をつんつんと押した。
「おい、よせよ。ジョナサン」
「もう少し痩せないと、俺みたいにモテないぜ? ……っと、おいおい、なんだおまえの侍女は。今までこんな女を連れてたか? おまえには勿体ないような美人じゃないか」
ジョナサンは目を見開き、まじまじとシーナを見つめてくる。バージルは得意気に笑った。
「大きなお世話だ。この子はルシアといって、母さんの侍女なんだよ。おまえが連れてる女たちより美人だろ」
バージルの言葉は明らかに失言で、シーナは彼の口を手で塞いでやりたくなった。そんな事を言ったら反感を持たれてしまうだろうに。
恐るおそる顔を上げると、ジョナサンが連れている二人の女性はやはり憮然としていた。バージルにもシーナにも冷ややかな眼差しを向けてくる。今までもジョナサンに馬鹿にされて来たのかもしれないが、やり返すにしてももう少し他の方法があったのではないだろうか。
「ふぅん……」
ジョナサンはねっとりと絡みつく視線でシーナを見たあと、女性を両腕にかかえたまま離れて行った。
「やったぞ、ジョナサンを撃退できた! ルシアのお陰だ」
「お……お役に立てて、良かったです……」
やはり来るべきではなかったのかもと思ったが、バージルはすっきりした表情だ。彼は真っすぐテーブルへ向かい、皿に好きな肉料理をてんこ盛りにした。オクタビアが見たらなにか小言をいいそうな状況である。
バージルにはホルトンがいるから、シーナが付き添う必要はないだろう。彼のコートを持ったまま壁の花になろうとしたが、それは叶わなかった。シーナがバージルから離れるのを待っていたかのように、ジョナサンが話しかけてきたのだ。
「なぁおまえ、ルシアとかいったか?」
「――はい?」
ジョナサンは何故か一人になっており、ポケットに手をつっこんだぞんざいな姿でシーナの正面に立っている。壁と彼に挟まれたシーナは何となく嫌な予感がして横にずれようとしたが、ジョナサンは壁にとんと手をついてシーナが逃げられないようにした。
4
あなたにおすすめの小説
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。
水鳥楓椛
恋愛
男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。
イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる