虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
14 / 71

14 晩餐会にて2

しおりを挟む
「リヴァイ家のメイドなんか辞めて、うちで働かないか? 倍の給金を出すぜ」

「はぁ、有難いお話ですけど……。わたしは大奥様の別荘が好きなので」

 オクタビアの別荘のように世間から隔絶された場所でないと、自分は働けないのだ。だから断ったのに、ジョナサンはまだ諦める様子ではない。

「わかんねぇ奴だな。俺のとこで働けば、贅沢させてやるぞって言ってんだよ。おまえは平民みたいだから正妻には出来ないけど、愛妾にして可愛がってやる」

「…………は?」

 予想もしていなかった愛妾発言に、思考が停止しそうになる。そんなもの絶対に嫌だ。お断りだ。でも気持ちをそのまま言葉にするのは不味いかもしれない。今夜の晩餐会はジョナサンが主宰だし、シーナの失態はそのままバージルの責任になるのだ。バージルの顔をつぶすことなく、穏便に断るしかない。

(でも何て言えばいいの? どう断ったら、諦めてくれるのかしら……)

「――失礼。そちらのお嬢さんと話がしたいのですが、よろしいですか?」

 追い詰められた鼠みたいな気分になっていると、ジョナサンの後ろから若い男性の声がした。すがりつく思いでそちらへ視線を向ければ、騎士服を着た二十歳ぐらいの男性が立っている。

 騎士服の襟元と左胸には、薔薇と盾の紋章――王宮騎士団に所属する騎士だ。由緒正しい家柄と、確かな実力がなければ入団を認めてもらえない騎士団である。

 ジョナサンはチッと舌打ちして離れて行ったが、シーナとしてもこの場から逃げ出したい気持ちだった。王宮騎士団ならレクオンの護衛を務めたりもしただろうし、彼の婚約者のことも知っているだろう。

 シーナは確認するように騎士の顔をちらりと見たが、見覚えがあるのかどうかは分からなかった。もう三年も前のことだから、記憶も朧になっている。

「助けてくださって、ありがとうございました」

 口早にお礼を伝えて去ろうとしたが、騎士は「待ってください」とシーナの手を掴んだ。しかし次の瞬間、慌ててシーナの手を解放する。

「ああ、すみません! 女性の手を軽々しく取るべきではなかった……。でも、どうしてもあなたに訊きたいことがあるんです」

「……なんでしょうか」

 もう逃げるのは諦めたほうがいいのかも知れない。シーナは足を止めて騎士の顔を見つめた。

「俺は王宮騎士団に所属する、オスカーという者です。今は所用のため王都を離れております。突然こんな話をしたら驚かれると思うんですが……あなたはルターナ様の、ご血縁の方ですか?」

 ああ、やっぱり――。訊かれるかもと予想はしていたが、実際にその名を口にされると衝撃がある。頭をがつんと殴られたような気分だ。シーナは搾り出すように、なんとか声を出した。

「……いいえ。わたしの知り合いに、そのような名前の方はいません」

「そうですか……。すみません、変なことを訊いてしまって。ルターナ様はレクオン殿下の婚約者だったご令嬢なんですが、あなたの顔があまりに似ていたので……もしかしたらと思ったんです。ルターナ様は三年前にご病気のため、お亡くなりになったもので」

「亡くなったのですか……。レクオン殿下は、さぞかし悲しまれたでしょうね」

 ルターナを失ったレクオンがどうなったかを聞くのは怖いが、自分には知る義務がある。シーナが尋ねると、オスカーは悲しげにふっと笑った。

「それはもう、見ているのが辛いぐらい落ち込まれていました。ルターナ様が亡くなってから一年ぐらいはまともに食事をしておられなかったし、今でも婚約の申し込みを断るぐらいですから……」

「そ……そうですか」

 オスカーの言葉に返答したとき、バージルが戻ってくるのが見えた。ジョナサンに挨拶して帰るつもりのようだ。

「オスカー様、ありがとうございました」

「いえ……。俺こそ勘違いしてすみません」

 シーナはオスカーに頭をさげ、バージルのもとへ戻った。満腹になったバージルにコートを着せている間も、オスカーがじっとシーナを見ている。彼はまだ不審に思っているのだ。シーナはルターナに酷似しているから、彼が気になるのは当然のことだ。

(やっぱり、王都へ戻ろう。オクタビア様が元気になられたらお暇を貰って、レクオン様にお会いしよう)

 王子を騙した挙句、逃げまわった罪がどれだけ重いのかは想像もつかない。でもレクオンを孤独へ追い詰めたくせに、自分だけがのうのうと幸せになるのは許されないことだ。何もかもレクオンに打ち明けて、罪を裁いてもらおう――。

 シーナは決意とともに別荘に戻ったが、オクタビアは体調不良で寝てしまったらしく、話をすることは出来なかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...