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13 晩餐会にて1
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少しずつ気温が下がってきたせいか、オクタビアは体調を崩しやすくなった。寒いと膝が痛むのだという。シーナは主のために医師から薬をもらってきたり、薬草を煎じてお茶にしたりと甲斐がいしく世話をしていたが、母の見舞いに来たバージルはこともなげに言った。
「まぁいつもの事だからな。母さんももう年だし……ゆっくり休んでなよ」
オクタビアが冬のたびに体調を崩すのはいつもの事らしいが、息子のひと言を聞いたオクタビアは「この薄情息子め」と毒づいた。
母の小言から逃げ出して厨房へやって来たバージルは、シーナを見つけるといたずらっ子のような顔で話しかけてくる。
「お、いたいた。ルシア、今夜リンデン男爵家で晩餐会があるんだ。僕の侍女として同行してくれよ」
「――はい? わたしがバージル様に同行するのですか? バージル様にはホルトンさんがいらっしゃるのでは……わたしは大奥様の看護がありますし」
シーナはオクタビアの侍女だし、バージルには執事がいる。なにも自分が同行する必要はないと思うし、何よりも貴族が集まる場所へは行きたくないのだが。
「母さんはお茶を飲んで寝てるだけじゃないか。サラ一人で充分だろ。頼むよ、ジョナサンの奴に自慢してやりたんだ。僕だってたまには美人を連れて歩いてみたいんだよ」
ジョナサンはリンデン男爵家の長子だが、女をとっかえひっかえする軽い男として有名である。会うたびに違う女性を侍らせて自慢してくるので、バージルとしては彼の鼻を明かしてやりたいのだろう。
シーナは迷ったが、結局はオクタビアの許可を貰ってバージルに同行することにした。たった一晩のことだし、ここは王都から遠いグラーダだ。知り合いに会う可能性はかなり低いはず。
バージルは最初からシーナを連れていくつもりだったようで、夜会用の華やかなお仕着せまで用意していた。いつも着ているメイド服よりもレースやフリルが多く、ドレスに近いデザインである。使用人にボロを着せて連れ歩くのは貴族の矜持に関わるので、夜会のような衆目がある環境では専用の服があるらしい。
夕方になって着替えてから領主の屋敷へ行き、バージルと執事のホルトン、そしてシーナの三人でリンデン男爵家へ向かった。グラーダとは隣り合った領地なので、馬車だと数十分ほどだ。
シーナ達が到着したときにはすでに他の貴族も集まっていたようで、サロンの方から優雅な笑い声が聞こえてくる。バージルが脱いだコートをシーナに預けたので、腕に抱えたままサロンへ入った。
庭に面した部屋のようだ。人が出入りできるような大きなガラス扉から、月に照らされた樹木や噴水が見える。テーブルには軽食やワインなどが並び、グラスを手に立ったまま談笑する人、壁際に置かれた椅子でゆっくりと食事を楽しむ人など様々だった。
「よお、バージル。相変わらず腹が出てるな」
バージルが早速テーブルへ向かおうとすると、横から一人の青年が声を掛けてきた。なかなかの美男子で、両腕に美女を侍らせている。彼は手をにゅっと伸ばすと、バージルのすこし突き出たお腹をつんつんと押した。
「おい、よせよ。ジョナサン」
「もう少し痩せないと、俺みたいにモテないぜ? ……っと、おいおい、なんだおまえの侍女は。今までこんな女を連れてたか? おまえには勿体ないような美人じゃないか」
ジョナサンは目を見開き、まじまじとシーナを見つめてくる。バージルは得意気に笑った。
「大きなお世話だ。この子はルシアといって、母さんの侍女なんだよ。おまえが連れてる女たちより美人だろ」
バージルの言葉は明らかに失言で、シーナは彼の口を手で塞いでやりたくなった。そんな事を言ったら反感を持たれてしまうだろうに。
恐るおそる顔を上げると、ジョナサンが連れている二人の女性はやはり憮然としていた。バージルにもシーナにも冷ややかな眼差しを向けてくる。今までもジョナサンに馬鹿にされて来たのかもしれないが、やり返すにしてももう少し他の方法があったのではないだろうか。
「ふぅん……」
ジョナサンはねっとりと絡みつく視線でシーナを見たあと、女性を両腕にかかえたまま離れて行った。
「やったぞ、ジョナサンを撃退できた! ルシアのお陰だ」
「お……お役に立てて、良かったです……」
やはり来るべきではなかったのかもと思ったが、バージルはすっきりした表情だ。彼は真っすぐテーブルへ向かい、皿に好きな肉料理をてんこ盛りにした。オクタビアが見たらなにか小言をいいそうな状況である。
バージルにはホルトンがいるから、シーナが付き添う必要はないだろう。彼のコートを持ったまま壁の花になろうとしたが、それは叶わなかった。シーナがバージルから離れるのを待っていたかのように、ジョナサンが話しかけてきたのだ。
「なぁおまえ、ルシアとかいったか?」
「――はい?」
ジョナサンは何故か一人になっており、ポケットに手をつっこんだぞんざいな姿でシーナの正面に立っている。壁と彼に挟まれたシーナは何となく嫌な予感がして横にずれようとしたが、ジョナサンは壁にとんと手をついてシーナが逃げられないようにした。
「まぁいつもの事だからな。母さんももう年だし……ゆっくり休んでなよ」
オクタビアが冬のたびに体調を崩すのはいつもの事らしいが、息子のひと言を聞いたオクタビアは「この薄情息子め」と毒づいた。
母の小言から逃げ出して厨房へやって来たバージルは、シーナを見つけるといたずらっ子のような顔で話しかけてくる。
「お、いたいた。ルシア、今夜リンデン男爵家で晩餐会があるんだ。僕の侍女として同行してくれよ」
「――はい? わたしがバージル様に同行するのですか? バージル様にはホルトンさんがいらっしゃるのでは……わたしは大奥様の看護がありますし」
シーナはオクタビアの侍女だし、バージルには執事がいる。なにも自分が同行する必要はないと思うし、何よりも貴族が集まる場所へは行きたくないのだが。
「母さんはお茶を飲んで寝てるだけじゃないか。サラ一人で充分だろ。頼むよ、ジョナサンの奴に自慢してやりたんだ。僕だってたまには美人を連れて歩いてみたいんだよ」
ジョナサンはリンデン男爵家の長子だが、女をとっかえひっかえする軽い男として有名である。会うたびに違う女性を侍らせて自慢してくるので、バージルとしては彼の鼻を明かしてやりたいのだろう。
シーナは迷ったが、結局はオクタビアの許可を貰ってバージルに同行することにした。たった一晩のことだし、ここは王都から遠いグラーダだ。知り合いに会う可能性はかなり低いはず。
バージルは最初からシーナを連れていくつもりだったようで、夜会用の華やかなお仕着せまで用意していた。いつも着ているメイド服よりもレースやフリルが多く、ドレスに近いデザインである。使用人にボロを着せて連れ歩くのは貴族の矜持に関わるので、夜会のような衆目がある環境では専用の服があるらしい。
夕方になって着替えてから領主の屋敷へ行き、バージルと執事のホルトン、そしてシーナの三人でリンデン男爵家へ向かった。グラーダとは隣り合った領地なので、馬車だと数十分ほどだ。
シーナ達が到着したときにはすでに他の貴族も集まっていたようで、サロンの方から優雅な笑い声が聞こえてくる。バージルが脱いだコートをシーナに預けたので、腕に抱えたままサロンへ入った。
庭に面した部屋のようだ。人が出入りできるような大きなガラス扉から、月に照らされた樹木や噴水が見える。テーブルには軽食やワインなどが並び、グラスを手に立ったまま談笑する人、壁際に置かれた椅子でゆっくりと食事を楽しむ人など様々だった。
「よお、バージル。相変わらず腹が出てるな」
バージルが早速テーブルへ向かおうとすると、横から一人の青年が声を掛けてきた。なかなかの美男子で、両腕に美女を侍らせている。彼は手をにゅっと伸ばすと、バージルのすこし突き出たお腹をつんつんと押した。
「おい、よせよ。ジョナサン」
「もう少し痩せないと、俺みたいにモテないぜ? ……っと、おいおい、なんだおまえの侍女は。今までこんな女を連れてたか? おまえには勿体ないような美人じゃないか」
ジョナサンは目を見開き、まじまじとシーナを見つめてくる。バージルは得意気に笑った。
「大きなお世話だ。この子はルシアといって、母さんの侍女なんだよ。おまえが連れてる女たちより美人だろ」
バージルの言葉は明らかに失言で、シーナは彼の口を手で塞いでやりたくなった。そんな事を言ったら反感を持たれてしまうだろうに。
恐るおそる顔を上げると、ジョナサンが連れている二人の女性はやはり憮然としていた。バージルにもシーナにも冷ややかな眼差しを向けてくる。今までもジョナサンに馬鹿にされて来たのかもしれないが、やり返すにしてももう少し他の方法があったのではないだろうか。
「ふぅん……」
ジョナサンはねっとりと絡みつく視線でシーナを見たあと、女性を両腕にかかえたまま離れて行った。
「やったぞ、ジョナサンを撃退できた! ルシアのお陰だ」
「お……お役に立てて、良かったです……」
やはり来るべきではなかったのかもと思ったが、バージルはすっきりした表情だ。彼は真っすぐテーブルへ向かい、皿に好きな肉料理をてんこ盛りにした。オクタビアが見たらなにか小言をいいそうな状況である。
バージルにはホルトンがいるから、シーナが付き添う必要はないだろう。彼のコートを持ったまま壁の花になろうとしたが、それは叶わなかった。シーナがバージルから離れるのを待っていたかのように、ジョナサンが話しかけてきたのだ。
「なぁおまえ、ルシアとかいったか?」
「――はい?」
ジョナサンは何故か一人になっており、ポケットに手をつっこんだぞんざいな姿でシーナの正面に立っている。壁と彼に挟まれたシーナは何となく嫌な予感がして横にずれようとしたが、ジョナサンは壁にとんと手をついてシーナが逃げられないようにした。
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