虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
24 / 71

24 公爵の城2

しおりを挟む
 湯浴みを終えて先ほどの部屋に戻ると、部屋のドアが遠慮がちにノックされる。応対したマリベルがそのまま下がってしまったので、誰かと思ったらレクオンだ。彼も湯浴みしたのか、簡素な部屋着だった。

「少し話したいことがある。入ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

 夜着の上からショールを羽織っておき、窓際に置かれたソファにレクオンを促した。気をきかせたマリベルが温かいお茶をふたつテーブルに置いてくれる。蜂蜜をひとさじすくって溶かしていると、隣に座ったレクオンが口を開いた。

「明日、大司教を城に呼ぼうと思う」

「大司教さまを? 何の御用で――」

「俺ときみで結婚の誓いをたてるためだ。勿論、きみさえ良ければだが……」

「…………はい。わたしは構いません」

 レクオンには世話になってばかりだし、シーナに罰を与えることもなくこうして城に入れてくれただけで有難いことだ。だから彼の妻になることに異論はない。
 ただ――

(一生お姉さまの代わりとして生きるのかと思うと、胸が苦しくなる……)

 レクオンに一生を捧げたいという気持ちは本当だ。偽りなくそう思う。けれど、胸の奥底から身代わりはもう嫌だとさけぶ悲鳴も聞こえるのだ。

 12歳まではシーナとして過ごしてきたが、ルターナとレクオンが婚約してからはずっと『ルターナの代わり』として生きてきた。『シーナ』を必要としてくれたのはルターナとマリベルぐらいのもので、ほとんどの人はシーナを『ルターナと同じ顔の娘』としか思っていなかっただろう。

 ルターナの代わりとして何とか耐えてきたのは、彼女とレクオンが結婚するまでの辛抱だと分かっていたからだ。期限が定まっていたからこそ、姉のためだと頑張ってこられた。

 ルターナを失ったのは悲しくてたまらなかったけれど、この三年間だけは姉の代わりから解放される日々だったのだ。多少の後ろめたさはあっても、自由を感じていたのは否めない。

(でもレクオン様が求めているのは、お姉さまだから……)

 結婚すればいよいよルターナの影から逃げられなくなる。シーナにはまだその覚悟が出来ていなかった。レクオンはシーナの動揺に気づいたのか、鋭い視線を向けてくる。

「……本当だろうな?」

「本当です」

「じゃあなぜ、手が震えてるんだ」

「……結婚するのかと思うと、緊張して…………」

「まさかと思うが……俺がきみを、ルターナの代わりにすると思ってるんじゃないだろうな?」

「えっ?」

(違うの?)

 きっとそうだと思っていたのに、予想外のことを言われて呆然としてしまう。レクオンは当然そのつもりだろうと考えていたし、しかもそれを堂々と訊かれるなんて……。
 呆気にとられて目を丸くしたシーナを見て、レクオンは苦い顔になった。

「グラーダで捕まえてからやけに大人しいと思っていた。俺もきみに許さないなんて言ってしまったが……。きみがルターナの代わりとして妻になることを、俺が喜ぶと思うか? 婚約者を失った俺が気の毒だから、騙していて悪かったと思うから妻になる気なのか? まったく嬉しくないんだが」

「……ごめんなさい。罪悪感があったのは確かです。でも、レクオン様はお姉さまのことを愛しておられたから……忘れられないから、わたしを探したのかと思ってたんです。お二人はとても仲が良かったでしょう」

「誰と誰が、仲が良かったって?」

「え? レクオン様と、お姉さまが……」

 レクオンの見開いた両目から、暗紅色の瞳がこぼれ落ちそうだ。彼がここまで驚いている顔を見たのは初めてで、シーナは少しばかり怖くなった。やがてレクオンは空気を震わせるような大声で笑いだす。

「くっ、ははは! なるほど! ルターナはきみの前では、完璧な姉を演じていたわけか」

「演じるって……。え? どういうことですか?」

 意味が分からないシーナを置いてけぼりにして、レクオンが一人で笑っている。何だかむかむかしてきた。

「そ、そんなに笑うことないでしょう! 少なくともわたしには、お二人がお似合いに見えたんですから……!」

「ああ、だんだん怒るようになってきたな。いい傾向だ。確かに俺とルターナは三年間も婚約者だったが……彼女から好意を向けられたことは一度もない。ルターナが愛していたのは、きみとマリベルだけだったんだ」

「で、でも……。わたし達いつもレクオン様と会うたびに、こんな話をしたとか、どこへ行ったかとか情報を交換してたんです。話しているお姉さまは楽しそうでしたけど」

「だから、完璧に演じていたんだろ。いつも不思議だった。元気なときは素直に俺の好意を受け取ってくれるのに、体調を崩して俺が見舞いに行くと冷たい態度をとられて……。手が寒そうだから握ってやろうとしたら、払いのけられた事もある。最初は体の具合が悪いから、愛想よく振るまう余裕もないんだろうと思っていた。でも違ったんだな」

「だから……わたし達のことに、気づいたんですか?」

 自然と口調が暗いものになった。自分が犯していた罪を告白するのは勇気が必要だ。恐るおそるレクオンの様子を伺うと、彼はなぜか笑っている。

「いや、最後まで気づかなかった。病気のルターナの態度は冷たかったが、俺はどちらのルターナにも魅力を感じていて……。だから死んだと聞かされたとき本当にショックだった。ひと月前に会ったときはあんなに元気だったのに、嘘だろうと。それに以前からずっと気になっていたんだ。きみ達の名前が」

「……双子星だから?」

「ああ。ケルホーン伯は娘が一人のはずなのに、どうして双子星の名をつけたのだろうとずっと疑問だった。ケルホーン伯のことを調べている内に、ルターナが死んだ直後に解雇された者がいると知って探したんだ。そしてマリベルに会った」

 レクオンの表情は穏やかで、昔を懐かしむような様子さえある。シーナは尋ねていいかどうか迷っていた。どの段階でマリベルから真実を聞いたのか、そして王位を諦めたのはルターナの死が原因なのか訊いてみたいけれど……。
 まごまごしている間にレクオンが腕を伸ばし、そっとシーナの体を抱きしめる。

「ルターナを助けられなくて、本当にすまなかった。きみの姉さんの分まで幸せにすると誓うから……俺の妻になってくれないか?」

「レクオン様……」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。 新聞と涙 それでも恋をする  あなたの照らす道は祝福《コーデリア》 君のため道に灯りを点けておく 話したいことがある 会いたい《クローヴィス》  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

処理中です...