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25 公爵の城3
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シーナは咄嗟に、首にさげている翡翠の指輪をにぎった。ルターナの最後の言葉は「ごめんね」だった。息がうまくできなくて苦しかっただろうに、最後までシーナのことを案じてくれたルターナ。
(お姉さま……。わたしがレクオン様の妻になることを、どうか許してください)
シーナはレクオンの肩に手を置いて、彼の紅い瞳をじっと見つめた。
「わたし、レクオン様の妻になります。わたしもレクオン様のことを、お姉さまの分まで幸せにしてあげたい」
「シーナ……ありがとう」
レクオンの吐息が頬にかかり、くすぐったくて目を閉じた。それが合図となって二人の唇が重なる。シーナの肩にあった大きな手は背中にまわり、ぎゅっと引き寄せられた。しばらくしてレクオンは唇を離したが、少し怪訝そうな顔だ。
「背中に傷でもあるのか? ここをどうした?」
「あ、それは――」
夜着は薄いから、布ごしでも古傷の痕が分かってしまったらしい。レクオンの手はちょうど傷のあたりに触れている。
「あの……子供の頃、怪我をして。それで痕が残っちゃって……」
「……きみは嘘をつくのがあまり上手じゃないんだな。ルターナとは真逆で面白い。――が、今の嘘はだめだ。本当はなんの傷だ? 見せてみろ」
「ひゃっ……! ちょっ、ちょっと待ってください!」
レクオンがシーナの体を裏返して、夜着をまくろうとする。下には何も着ていないのに!
「じっ自分で脱ぎますから! 背中だけ見せればいいんでしょう!?」
「分かればいい」
情熱的なキスをするかと思えば、今のように平然とシーナの背中を見ようとする。感情の読めない顔だからよけいに怖い。
(本当はこんな人だったのね。婚約していた頃は、自分を押し隠してたのかしら……)
知ったところで嫌いになるわけではないが、一緒に暮らすのが少し不安な気もする。シーナはレクオンに背中を向け、ためらいがちにボタンを外していった。お腹のあたりまでボタンを外して肩を出すと、夜着は自然と腰のあたりに落ちた。剥き出しになった背中が寒い。レクオンの指が、そっと古傷を撫でる。
「これは……鞭のあとだろう。以前、拷問を受けた囚人の傷を見たことがある。誰に――なんて訊くまでもないな。ケルホーン伯にやられたんだな?」
「……はい。あっ」
突然ぐいっと抱き寄せられて、背中をレクオンに預ける格好になった。耳のそばで「くそっ」と唸るような声が聞こえ、恐怖で体がこわばる。密着した背中から、レクオンの凄まじい怒りが伝わってくるようだ。
「あの場で八つ裂きにしてやればよかった! どうして傷のことを黙っていたんだ? 知っていれば、容赦なくあの男を――」
「や、やめて。わたしのために、レクオン様が手を汚す必要はありません。傷はもう治ってますから……」
「どうしてだ。憎くはないのか? きみとルターナは、ずっとあの屋敷で虐げられてきたんだろう。もっと憎んでも許されるはずだ!」
「違う、の……。わたしだって、義父のことは憎いです。大嫌いで憎くて、いなくなっちゃえばいいのにって思ったこともあります。でもあの人への憎しみで心を一杯にしたら、お姉さまを好きだと思う気持ちが薄れるような気がして……。あの屋敷はつらい場所だったけど、お姉さまとの楽しい思い出もたくさんあるんです。それを忘れたくないから……」
シーナが涙まじりにぽつぽつと話すと、レクオンのハッと息を飲むような音が聞こえた。彼はシーナを解放すると、腰のあたりに落ちた夜着をシーナの肩にかける。
「……すまない。きみの気持ちをよく考えていなかった。憎しみだけが残ったわけではないんだな……」
レクオンの目はどこか遠くを見ているようで、シーナはふと昔のことを思い出した。薔薇園で、自分に言い聞かせるように「謝るな」と呟いたレクオン。今の彼も同じだ。過去のことを考えているように見える。
気づいたときには、口が勝手に動いていた。
「レクオン様……ひとつ訊いてもいいですか」
「なんだ?」
「レクオン様が公爵になったのは、お姉さまが亡くなったことと関係があるんですか?」
レクオンは一瞬だけ顔を強張らせたが、すぐにいつもの平静な表情に戻った。
「いや、関係ない。俺がひとりで決めたことだから……。きみはなにも気にしなくていい」
そう言ってシーナに軽くキスをすると、部屋を出て行ってしまう。「ひとりで決めた」という言葉が何となく悲しかった。王位を諦めるという重い決断を、たった一人で下したのか。その時にそばにいてあげられたら良かったのに……。
(今さら悔やんでも仕方ないわ……わたしは自分に出来ることをしよう)
これから夫婦として長い時間をともに過ごすのだから、事情を聞ける日もやってくるだろう。レクオンの妻になると決めたのだから、彼を信じて待とう。
(お姉さま……。わたしがレクオン様の妻になることを、どうか許してください)
シーナはレクオンの肩に手を置いて、彼の紅い瞳をじっと見つめた。
「わたし、レクオン様の妻になります。わたしもレクオン様のことを、お姉さまの分まで幸せにしてあげたい」
「シーナ……ありがとう」
レクオンの吐息が頬にかかり、くすぐったくて目を閉じた。それが合図となって二人の唇が重なる。シーナの肩にあった大きな手は背中にまわり、ぎゅっと引き寄せられた。しばらくしてレクオンは唇を離したが、少し怪訝そうな顔だ。
「背中に傷でもあるのか? ここをどうした?」
「あ、それは――」
夜着は薄いから、布ごしでも古傷の痕が分かってしまったらしい。レクオンの手はちょうど傷のあたりに触れている。
「あの……子供の頃、怪我をして。それで痕が残っちゃって……」
「……きみは嘘をつくのがあまり上手じゃないんだな。ルターナとは真逆で面白い。――が、今の嘘はだめだ。本当はなんの傷だ? 見せてみろ」
「ひゃっ……! ちょっ、ちょっと待ってください!」
レクオンがシーナの体を裏返して、夜着をまくろうとする。下には何も着ていないのに!
「じっ自分で脱ぎますから! 背中だけ見せればいいんでしょう!?」
「分かればいい」
情熱的なキスをするかと思えば、今のように平然とシーナの背中を見ようとする。感情の読めない顔だからよけいに怖い。
(本当はこんな人だったのね。婚約していた頃は、自分を押し隠してたのかしら……)
知ったところで嫌いになるわけではないが、一緒に暮らすのが少し不安な気もする。シーナはレクオンに背中を向け、ためらいがちにボタンを外していった。お腹のあたりまでボタンを外して肩を出すと、夜着は自然と腰のあたりに落ちた。剥き出しになった背中が寒い。レクオンの指が、そっと古傷を撫でる。
「これは……鞭のあとだろう。以前、拷問を受けた囚人の傷を見たことがある。誰に――なんて訊くまでもないな。ケルホーン伯にやられたんだな?」
「……はい。あっ」
突然ぐいっと抱き寄せられて、背中をレクオンに預ける格好になった。耳のそばで「くそっ」と唸るような声が聞こえ、恐怖で体がこわばる。密着した背中から、レクオンの凄まじい怒りが伝わってくるようだ。
「あの場で八つ裂きにしてやればよかった! どうして傷のことを黙っていたんだ? 知っていれば、容赦なくあの男を――」
「や、やめて。わたしのために、レクオン様が手を汚す必要はありません。傷はもう治ってますから……」
「どうしてだ。憎くはないのか? きみとルターナは、ずっとあの屋敷で虐げられてきたんだろう。もっと憎んでも許されるはずだ!」
「違う、の……。わたしだって、義父のことは憎いです。大嫌いで憎くて、いなくなっちゃえばいいのにって思ったこともあります。でもあの人への憎しみで心を一杯にしたら、お姉さまを好きだと思う気持ちが薄れるような気がして……。あの屋敷はつらい場所だったけど、お姉さまとの楽しい思い出もたくさんあるんです。それを忘れたくないから……」
シーナが涙まじりにぽつぽつと話すと、レクオンのハッと息を飲むような音が聞こえた。彼はシーナを解放すると、腰のあたりに落ちた夜着をシーナの肩にかける。
「……すまない。きみの気持ちをよく考えていなかった。憎しみだけが残ったわけではないんだな……」
レクオンの目はどこか遠くを見ているようで、シーナはふと昔のことを思い出した。薔薇園で、自分に言い聞かせるように「謝るな」と呟いたレクオン。今の彼も同じだ。過去のことを考えているように見える。
気づいたときには、口が勝手に動いていた。
「レクオン様……ひとつ訊いてもいいですか」
「なんだ?」
「レクオン様が公爵になったのは、お姉さまが亡くなったことと関係があるんですか?」
レクオンは一瞬だけ顔を強張らせたが、すぐにいつもの平静な表情に戻った。
「いや、関係ない。俺がひとりで決めたことだから……。きみはなにも気にしなくていい」
そう言ってシーナに軽くキスをすると、部屋を出て行ってしまう。「ひとりで決めた」という言葉が何となく悲しかった。王位を諦めるという重い決断を、たった一人で下したのか。その時にそばにいてあげられたら良かったのに……。
(今さら悔やんでも仕方ないわ……わたしは自分に出来ることをしよう)
これから夫婦として長い時間をともに過ごすのだから、事情を聞ける日もやってくるだろう。レクオンの妻になると決めたのだから、彼を信じて待とう。
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