虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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26 レクオンとマシュウ1

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 翌日レクオンは昨晩の宣言どおり、城へ大司教を呼んだ。城の内部にある小さな聖堂のなかで、レクオンと一緒に結婚の誓いをたてる。これで形式的には夫婦となったわけだ。

「式はまた日を改めるとして……。これできみの身分を守ってやれる」

 夫婦となった直後、レクオンがひどくホッとした顔でつぶやいた。シーナが貴族になったのはつい昨日のことだし、グレッグに閉じ込められていたせいで社交界に出たこともない。両親という後ろ盾を持たないシーナを守るには、身分の高い人物の妻になるのが手っ取り早い方法なのだった。

 レクオンは王宮へ行くこともなく、城の中で執務をする。妻になったシーナは朝も昼も夜も、彼と一緒に食事を取った。夫婦というのは本当に、共に過ごす時間が長いものなのだ。男性と付き合う経験もないままレクオンの妻になったのでとても新鮮だった。ただ、気がかりに思うこともある。

(夫婦になったときに、すごく痛いことをすると聞いていたのに……わたし達は何もしてないわ)

 シーナが使っている部屋は公爵夫人として用意されたものらしいが、夫婦となってからは城主の寝室でレクオンと同衾している。でもいつもキスするぐらいで、特に痛いことはされていない。ときどき首や胸元に強く吸い付かれて痛いと感じることはあったが、あれは「すごく痛い」に入らないと思う。

 メイドとして働いていた期間が長かったせいか、知りたくもない情報を耳に入れる機会が多かった。グレッグとイザベルの夫婦の営みについてもメイドたちは明け透けに話すので、聞きたくないシーナはわざと洗濯場に篭って洗い物ばかりしていたものだ。

『あれって、最初はすごく痛いんですって。立つのがつらいぐらい』

『でもイザベル様の様子を見ると、そんな感じじゃないわよ』

『馬鹿ね、イザベル様の初めてはもう終わってるからでしょ』

 そんな会話を否応なしに聞かされたので、“とにかく痛いらしい”ということだけはシーナの頭に刷り込まれた。夫婦となってもその痛い何かはしていないが、何故かとレクオンに尋ねたら、さらに彼を追い込んでしまうような気がする。

 恐らくレクオンの中には強い葛藤があるのだ。彼は夜になってシーナの体を愛撫しているときも、ひどく苦しそうな顔を見せる。理想として思い描く夫婦の姿があるのに、それに近づくのを怖がっている――毎晩そんな感じだ。

 もうひとつシーナを悩ませているのが、たびたび訪れる客だった。レクオンの妻になって以来、その客は頻繁に古城へとやってくる。客の応対をするのは妻の仕事だとマリベルに教わったので玄関まで行こうとするのだが、そのたびにレクオンから「必要ない」と断られた。シーナだって、その誰かに会いたいのに。

 とうとう誰かさんに会わないままひと月が過ぎ、さすがに申し訳なくてたまらない気持ちを覚えた。今日こそ応対してみせると強い決心で過ごしていると、窓から森の中を進む馬車が見える。また同じ馬車だ。かなり大きな馬車だから、身分の高い人物に違いない。シーナは窓から目を離さないまま、ぶつぶつと言った。

「マリベル、わたし今日こそ応対するわ。止めないでね」

「止めませんけどねぇ。レクオン様も、どうしてあんなに意固地になってるんだか……ご親族なのに」

「えっ?」

 ――親族? ということは、レクオンはディレイム王家の誰かを追い返しているということなのか。

 シーナはおお慌てで夫人の部屋を出て、エントランスへ繋がる螺旋階段をおりた。もちろん、淑女として走ったりはしない。公爵夫人という肩書きは、シーナを一人前のレディに仕立て上げた。

 エントランスまで行くとすでにレクオンが出ていて、シーナの姿を見た彼は気まずそうな顔になった。でも今さら部屋に戻ってはあげない。しずしずと歩き、来客に向かってカーテシーをする。

「初めてお目にかかります。ヴェンシュタイン公爵が妻、シーナと申します」

「あ……初めまして。僕はマシュウ・アーサー・ディレイムです」

 ディレイム――国の名前が入っているのだから、王族で間違いない。顔を上げたシーナは、レクオンの隣に立つ華奢な青年をさりげなく観察した。背はレクオンよりも低めで、年齢もシーナに近そうだ。乳白色の上品なコートに冴えた青のウエストコート、首もとのクラヴァットは銀色。

 レクオンが無愛想な軍人のように見えるとしたら、マシュウは絵に描いたような貴公子である。レクオンの弟王子かも、と思うけれど……。

(あまり似ていらっしゃらないわ)

 マシュウと名乗った人物は蜂蜜のように濃いブロンドで、瞳は青みを帯びた紫色をしている。顔立ちもどちらかといえば優しげで、凛々しく男っぽいレクオンとは似ても似つかない。異母兄弟なのだろうかと考えていると、レクオンが煩わしげにため息をついた。
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