52 / 71
52 シェリアンヌの嫉妬
しおりを挟む
シーナが消えた店内で、シェリアンヌは一人お茶を楽しんでいた。いや、正直にいえば全く楽しくはない。あの女にいわれた嫌味がまだ胸のうちでくすぶっている。
「お嬢さま、よろしいのですか」
「なにがよ」
むっつりと黙ったままティラミスを食べていると、後ろに立つ侍女が恐るおそる声を掛けてきた。
「あのお守りに入っている物に気づかれたら、不味いことになるのでは……」
「簡単にバレやしないわよ。あんな上辺だけ取りつくろった女に分かるわけないわ」
侍女はまだ「ですが……」と言葉を濁したが、シェリアンヌは無視してケーキを食べ続ける。
レクオン王子がシーナと結婚する直前、ケルホーン伯爵家は取り潰しとなった。これは何かきな臭いと思って調べている内に、以前伯爵家で働いていたメイドをつかまえて話を聞くことができた。なんでもケルホーン伯爵家の娘はひとりではなく、よく似た顔の女がもう一人いたのだという。
婚約者だったのは姉のルターナで、妹のシーナは伯爵家の子として認知もされていなかったようだ。つまり正統な貴族ではなく、見た目が美しいだけの偽の令嬢である。
もっと詳しい話が訊きたくなって捕まった伯爵家の者に会おうとしたのだが、伯爵と子息は牢のなかで厳重に見張られて面会は許されなかった。ならば伯爵夫人はどうかと調べたら、レクオンによって国の端にある修道院へ送られたらしい。修道女は階級が厳しく、かなり上の者でなければ自由な面会はできないので、シェリアンヌは渋々諦めるしかなかった。
あの女が――シーナが言ったとおり、レクオンは本当に彼女を大切に思っているのだ。シーナを愛し、彼女を害する者を遠ざけようとしている。その事実はシェリアンヌのプライドを大いに傷つけた。
(わたくしの事なんか、見向きもしなかったくせに……)
子供の頃からおまえの婚約者はマシュウだと言われて育った。でもシェリアンヌだって、マシュウよりもレクオンの方が見目麗しいことぐらい分かっている。
一度でいいから、あの柘榴色の瞳でじっと見つめられてみたい。魅力的な声で言葉を掛けられてみたい――レクオンを目にした女であれば誰でも願うことだ。だけど彼はいつだって、遠くからシェリアンヌを一瞥するだけだった。しかも、明らかに蔑む瞳で。
レクオン王子の誕生祭ではひどく惨めな気分を味わったものだ。紅い瞳は着飾ったシェリアンヌを冷たく見ただけだったのに、彼とルターナはまるで一対の芸術品のように完璧なペアだった。
あの二人の周りだけ別世界で、二人だけが主人公のようで――ぶち壊してやりたいと思った。だからルターナが死んだと聞いたときには歓喜したものだ。やはり神はダゥゼン公爵家についているのだと、レクオンに釣り合う女など二度と現れないだろうと信じていたのに。
「綺麗な奴らなんか嫌いだわ……。どいつもこいつもさっさと死ねばいいのに」
思わず独り言をもらすと、後ろに立つ侍女が身じろぎする気配がした。どう言葉を掛けていいのかわからないのだろうが、今はなんの慰めもいらない。かえって苛立つだけだ。
シェリアンヌは自分が美しくないことを知っている。遠からず自分はマシュウと結ばれ、王子や王女を産むだろう。でもそれより先にレクオンとシーナの子が生まれていたら、貴族たちはこぞって噂するに違いない。
やはりレクオン殿下の子のほうが麗しいと、シーナ妃の娘は花のように美しいと言うだろう。シェリアンヌの前では大っぴらに口にはしないだろうが、そんな陰口が王宮でささやかれるのは目に見えている。
(あいつらの子供なんて、みんな流れてしまえばいいのよ。王族の子を産むのはわたくしだけで充分だわ)
さっき渡したお守りのことを、シーナは夫に報告するだろうか。レクオンが子を望むとは思えないから、お守りが原因となって夫婦喧嘩でもするかもしれない。シーナもレクオンから嫌われて、離縁されたら面白いことになりそうだ。
ああ、楽しい――想像するだけで口元が緩んでくる。ようやくお茶を楽しめる気分になり、シェリアンヌは店の者を呼んでお茶のお代わりを持ってくるように命じた。
「お嬢さま、よろしいのですか」
「なにがよ」
むっつりと黙ったままティラミスを食べていると、後ろに立つ侍女が恐るおそる声を掛けてきた。
「あのお守りに入っている物に気づかれたら、不味いことになるのでは……」
「簡単にバレやしないわよ。あんな上辺だけ取りつくろった女に分かるわけないわ」
侍女はまだ「ですが……」と言葉を濁したが、シェリアンヌは無視してケーキを食べ続ける。
レクオン王子がシーナと結婚する直前、ケルホーン伯爵家は取り潰しとなった。これは何かきな臭いと思って調べている内に、以前伯爵家で働いていたメイドをつかまえて話を聞くことができた。なんでもケルホーン伯爵家の娘はひとりではなく、よく似た顔の女がもう一人いたのだという。
婚約者だったのは姉のルターナで、妹のシーナは伯爵家の子として認知もされていなかったようだ。つまり正統な貴族ではなく、見た目が美しいだけの偽の令嬢である。
もっと詳しい話が訊きたくなって捕まった伯爵家の者に会おうとしたのだが、伯爵と子息は牢のなかで厳重に見張られて面会は許されなかった。ならば伯爵夫人はどうかと調べたら、レクオンによって国の端にある修道院へ送られたらしい。修道女は階級が厳しく、かなり上の者でなければ自由な面会はできないので、シェリアンヌは渋々諦めるしかなかった。
あの女が――シーナが言ったとおり、レクオンは本当に彼女を大切に思っているのだ。シーナを愛し、彼女を害する者を遠ざけようとしている。その事実はシェリアンヌのプライドを大いに傷つけた。
(わたくしの事なんか、見向きもしなかったくせに……)
子供の頃からおまえの婚約者はマシュウだと言われて育った。でもシェリアンヌだって、マシュウよりもレクオンの方が見目麗しいことぐらい分かっている。
一度でいいから、あの柘榴色の瞳でじっと見つめられてみたい。魅力的な声で言葉を掛けられてみたい――レクオンを目にした女であれば誰でも願うことだ。だけど彼はいつだって、遠くからシェリアンヌを一瞥するだけだった。しかも、明らかに蔑む瞳で。
レクオン王子の誕生祭ではひどく惨めな気分を味わったものだ。紅い瞳は着飾ったシェリアンヌを冷たく見ただけだったのに、彼とルターナはまるで一対の芸術品のように完璧なペアだった。
あの二人の周りだけ別世界で、二人だけが主人公のようで――ぶち壊してやりたいと思った。だからルターナが死んだと聞いたときには歓喜したものだ。やはり神はダゥゼン公爵家についているのだと、レクオンに釣り合う女など二度と現れないだろうと信じていたのに。
「綺麗な奴らなんか嫌いだわ……。どいつもこいつもさっさと死ねばいいのに」
思わず独り言をもらすと、後ろに立つ侍女が身じろぎする気配がした。どう言葉を掛けていいのかわからないのだろうが、今はなんの慰めもいらない。かえって苛立つだけだ。
シェリアンヌは自分が美しくないことを知っている。遠からず自分はマシュウと結ばれ、王子や王女を産むだろう。でもそれより先にレクオンとシーナの子が生まれていたら、貴族たちはこぞって噂するに違いない。
やはりレクオン殿下の子のほうが麗しいと、シーナ妃の娘は花のように美しいと言うだろう。シェリアンヌの前では大っぴらに口にはしないだろうが、そんな陰口が王宮でささやかれるのは目に見えている。
(あいつらの子供なんて、みんな流れてしまえばいいのよ。王族の子を産むのはわたくしだけで充分だわ)
さっき渡したお守りのことを、シーナは夫に報告するだろうか。レクオンが子を望むとは思えないから、お守りが原因となって夫婦喧嘩でもするかもしれない。シーナもレクオンから嫌われて、離縁されたら面白いことになりそうだ。
ああ、楽しい――想像するだけで口元が緩んでくる。ようやくお茶を楽しめる気分になり、シェリアンヌは店の者を呼んでお茶のお代わりを持ってくるように命じた。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。
水鳥楓椛
恋愛
男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。
イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
新聞と涙 それでも恋をする
あなたの照らす道は祝福《コーデリア》
君のため道に灯りを点けておく
話したいことがある 会いたい《クローヴィス》
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?
鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。
楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。
皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!
ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。
聖女はあちらでしてよ!皆様!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる