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53 我が儘
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一方、馬車に乗ったシーナはレクオンの居城へ戻る途中だった。ここからだと数分で着くだろうが、向かいの席に座るマリベルがお守りを調べている。香りをかいだ彼女は、思いっきり顔をしかめた。
「あらやだ、中にラベンダーが入ってるじゃないの」
「……? ラベンダーが入ってると、なにか問題なの?」
シーナが訊くと、マリベルは渋面のまま頷く。
「大問題よ。ラベンダーの香りには、子供を流しちゃう作用があるの。必ず流れるという訳ではないけど、少なくとも妊婦さんが使っていいハーブではないわね」
「じゃあ、シェリアンヌは……」
「安産を願う気持ちなんか、これっぽっちもなさそうね。むしろシーナに子供が出来るのを邪魔したいみたいだわ。なんてせこい嫌がらせかしら……。レクオン様に報告を――」
「待って、報告はしないで。こんな物を見せたら、レクオン様を追い詰めることになっちゃう……。だから黙っておいて。お願い」
「シーナ……」
シーナが必死で頼み込むと、マリベルは眉をよせて悲しそうな顔をした。
安産のお守りを貰ったなんて話をしても、きっとレクオンは喜ばない。もし彼が忌々しそうな目でお守りを見たとしたら――シーナは悲しくて、さすがに笑ってはいられないだろう。だったら最初からお守りなんて貰ってない事にすればいい。
シーナは悲しさを吐き出すように、はぁ……とため息をついた。
「マリベル……わたしって、魅力ないのかな。レクオン様に深い事情があるのは分かるけど、そんなものが気にならないぐらいわたしが魅力的だったら――そしたら、子供が欲しくなるかな……」
「シーナに魅力がないとしたら、世の中の女性はみんな絶望するでしょうねぇ。困ったわね……。シーナの問題じゃなくて、レクオン様の心のことだから……。とにかく話し合うことよ。子供は夫婦がどちらも納得した上で授からないと、生まれてからも幸せになれないからね」
「うん……」
何もかもマリベルの言うとおりで、シーナはただ頷いた。
夫婦のどちらも望んだ子でないと、生まれてからも幸せになれない――それはルターナとシーナの人生を振り返れば当然の結論だ。
義父は男児が欲しかったからルターナを蔑ろにしたし、シーナに至ってはグレッグの血を引いてもいないので認知してもらえなかった。生まれた子が幸せな人生を歩むには、父親も母親も心から子を愛する必要がある。
世の中には子供が出来たので仕方なく産む人もいるようだが、産んだあとはそれなりに幸せそうだ。誰もかれも生まれた子を愛しそうに抱いていて、彼らを見るたびに羨ましかった。
でもレクオンの場合、彼らと同じように考えるわけにはいかない。レクオンの覚悟がないまま子を授かってしまったら、そして生まれた子がレクオンにもシーナにも似ていなかったら――。その責任はシーナだけで負うには重すぎる。
悶々と悩んでいる間に古城へ着き、シーナはレクオンに今日の報告をした。もちろん、シェリアンヌとの一件は無視で。レクオンは執務室の本棚から資料を探している途中だった。
「今日は思ったよりも時間がかかったな。どこか寄り道でもしたのか?」
気が付かないで欲しかったのに、やはり不審に思ったらしい。シーナだって公爵夫人なのだから、寄り道して買い物ぐらいはしてもいいはずである。ただ、無駄遣いする習慣のないシーナは用が済めばすぐに帰ってくるのが常だったので、レクオンが不思議に思うのは当然なのだ。
「ちょっと知り合いに会って……お茶に誘われたんです。それで、一杯だけ頂きました」
嘘じゃない。半分は本当のことだから、どうか何も訊かないで――シーナは祈るような気持ちで夫を見つめたが、彼はすうっと目を細めた。
きっと相変わらず嘘が下手だなとか、ルターナとは真逆だなとか考えているんだろう。でも口が裂けてもお守りの件を話す気はない。
「……まぁいいか」
レクオンはぼそりと呟いて、視線をシーナから本棚へ移した。科白から考えてもやはり何かあったと気づいている様子だが、問い詰めるのは諦めたらしい。シーナは黙って彼の広い背中を見つめた。
どんな言葉で伝えたら、あなたは子供が欲しいと思ってくれるの? わたしが子供が欲しいと言ったら、応えてもらえるの?
「どうした? まだ何か言いたいことがあるのか?」
「……いいえ。お邪魔しました」
やはり何も言えないまま、執務室を出た。どうしても自信を持てない。頼んだところで応じてもらえるとは思えないし、子供が欲しいという気持ちは自分の我が儘なのでは――そう考えてしまう。
マリベルもレクオンには何も報告しなかったようで、例のお守りはティム爺の手に渡ることになった。妊娠とは無縁のティムなら安心である。
その後もシェリアンヌからしつこくラベンダー入りの巾着や人形が送られて来たが、すべて庭師の小屋に移動された。バザーの荷物と混ざって届いたので、レクオンも不審に思わなかったようだ。ティムは「いい香りだなぁ」と喜んでいた。
「あらやだ、中にラベンダーが入ってるじゃないの」
「……? ラベンダーが入ってると、なにか問題なの?」
シーナが訊くと、マリベルは渋面のまま頷く。
「大問題よ。ラベンダーの香りには、子供を流しちゃう作用があるの。必ず流れるという訳ではないけど、少なくとも妊婦さんが使っていいハーブではないわね」
「じゃあ、シェリアンヌは……」
「安産を願う気持ちなんか、これっぽっちもなさそうね。むしろシーナに子供が出来るのを邪魔したいみたいだわ。なんてせこい嫌がらせかしら……。レクオン様に報告を――」
「待って、報告はしないで。こんな物を見せたら、レクオン様を追い詰めることになっちゃう……。だから黙っておいて。お願い」
「シーナ……」
シーナが必死で頼み込むと、マリベルは眉をよせて悲しそうな顔をした。
安産のお守りを貰ったなんて話をしても、きっとレクオンは喜ばない。もし彼が忌々しそうな目でお守りを見たとしたら――シーナは悲しくて、さすがに笑ってはいられないだろう。だったら最初からお守りなんて貰ってない事にすればいい。
シーナは悲しさを吐き出すように、はぁ……とため息をついた。
「マリベル……わたしって、魅力ないのかな。レクオン様に深い事情があるのは分かるけど、そんなものが気にならないぐらいわたしが魅力的だったら――そしたら、子供が欲しくなるかな……」
「シーナに魅力がないとしたら、世の中の女性はみんな絶望するでしょうねぇ。困ったわね……。シーナの問題じゃなくて、レクオン様の心のことだから……。とにかく話し合うことよ。子供は夫婦がどちらも納得した上で授からないと、生まれてからも幸せになれないからね」
「うん……」
何もかもマリベルの言うとおりで、シーナはただ頷いた。
夫婦のどちらも望んだ子でないと、生まれてからも幸せになれない――それはルターナとシーナの人生を振り返れば当然の結論だ。
義父は男児が欲しかったからルターナを蔑ろにしたし、シーナに至ってはグレッグの血を引いてもいないので認知してもらえなかった。生まれた子が幸せな人生を歩むには、父親も母親も心から子を愛する必要がある。
世の中には子供が出来たので仕方なく産む人もいるようだが、産んだあとはそれなりに幸せそうだ。誰もかれも生まれた子を愛しそうに抱いていて、彼らを見るたびに羨ましかった。
でもレクオンの場合、彼らと同じように考えるわけにはいかない。レクオンの覚悟がないまま子を授かってしまったら、そして生まれた子がレクオンにもシーナにも似ていなかったら――。その責任はシーナだけで負うには重すぎる。
悶々と悩んでいる間に古城へ着き、シーナはレクオンに今日の報告をした。もちろん、シェリアンヌとの一件は無視で。レクオンは執務室の本棚から資料を探している途中だった。
「今日は思ったよりも時間がかかったな。どこか寄り道でもしたのか?」
気が付かないで欲しかったのに、やはり不審に思ったらしい。シーナだって公爵夫人なのだから、寄り道して買い物ぐらいはしてもいいはずである。ただ、無駄遣いする習慣のないシーナは用が済めばすぐに帰ってくるのが常だったので、レクオンが不思議に思うのは当然なのだ。
「ちょっと知り合いに会って……お茶に誘われたんです。それで、一杯だけ頂きました」
嘘じゃない。半分は本当のことだから、どうか何も訊かないで――シーナは祈るような気持ちで夫を見つめたが、彼はすうっと目を細めた。
きっと相変わらず嘘が下手だなとか、ルターナとは真逆だなとか考えているんだろう。でも口が裂けてもお守りの件を話す気はない。
「……まぁいいか」
レクオンはぼそりと呟いて、視線をシーナから本棚へ移した。科白から考えてもやはり何かあったと気づいている様子だが、問い詰めるのは諦めたらしい。シーナは黙って彼の広い背中を見つめた。
どんな言葉で伝えたら、あなたは子供が欲しいと思ってくれるの? わたしが子供が欲しいと言ったら、応えてもらえるの?
「どうした? まだ何か言いたいことがあるのか?」
「……いいえ。お邪魔しました」
やはり何も言えないまま、執務室を出た。どうしても自信を持てない。頼んだところで応じてもらえるとは思えないし、子供が欲しいという気持ちは自分の我が儘なのでは――そう考えてしまう。
マリベルもレクオンには何も報告しなかったようで、例のお守りはティム爺の手に渡ることになった。妊娠とは無縁のティムなら安心である。
その後もシェリアンヌからしつこくラベンダー入りの巾着や人形が送られて来たが、すべて庭師の小屋に移動された。バザーの荷物と混ざって届いたので、レクオンも不審に思わなかったようだ。ティムは「いい香りだなぁ」と喜んでいた。
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