虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
54 / 71

54 不思議な男

 バザーは回を増すごとに人もふえていった。三度目の今日は粥の配給も同時に行うことにしたので、ガーデンはひどく混雑している。見回りの騎士も大変そうだ。

 料理が得意なシーナは粥のほうを担当し、バザーはクレアたちに任せておいた。三回目ともなると遠方から噂を聞きつけて来た人もいるようだ。ダゥゼンからわざわざ来たという家族は粥を受け取ると嬉しそうな顔をした。

「うちの領主様は、用なく領地から出てはならんという人で……。税金が高いからって逃げ出そうとしたら、捕まって鞭打ちの刑だなんていうんですよ。ひどいもんでしょ? だから夜中のうちに、家族でこっそり逃げてきたんです。これからどこへ行こうかなぁ」

「それは大変でしたね……」

「でも王都もひどいもんですね。このバザーがなけりゃ、とっくに死人が出てるかもなぁ。オレたちみたいな平民からすると、不思議なもんですよ。高い税金を取り立てるのも貴族さまだし、こうして安く品物を売ってくださる方も貴族さまで……。貴族さまって、仲が悪いんですか?」

「え、ええ……。まぁちょっと、複雑な事情があって……」

「あ、失礼なことを言っちゃったかな。スンマセン」

 貴族相手に失言だったと思ったのか、父親はこそこそと去っていった。確かにシェリアンヌあたりだったら無礼者とでも叫んでいそうだ。でもシーナには、彼の言葉はその通りだとしか思えない。

 平民の上に立って導くのが貴族なのに、その貴族が仲違いをして彼らを苦しめているなんて恥ずべきことだ。バザーに来ている民たちも、きっと同じように思っていることだろう。本当に申し訳ない。

「私にも粥をくださるかな」

 うつむいて粥をかき回していると、一人の男性に声を掛けられた。三十歳ぐらいで、古く粗末な服の上にボロボロのマントを羽織っている。しかし服装に比べて顔や体に汚れはなく、マントの下からのぞく髪の毛も不潔な感じはなかった。ふさふさして獅子のようだ。わざと平民に変装しているかのようである。

 この男性はなにか訳ありの貴人に違いない――シーナは違和感をおぼえたものの、何も訊かずに一杯の粥を差し出した。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう。私は旅行者なのだが、歩いているうちに腹が減ってしまってね。ちょうどいい所にバザーがあって良かったよ」

 男性は粥を食べながら、観察するようにガーデンを見渡した。眼光は鋭く、身のこなしにも隙がない。どことなくレクオンに似た雰囲気を感じ、シーナはふと首をかしげた。外見はまったく似ていないのに不思議だ。

「ひどいものだな。ディレイムの民が困窮しているとは聞いていたが、まさかここまでとは……。この国の王侯貴族たちは何をしているんだ。どうしてここまで放置したのでしょうね」

「…………」

 どうやらこの男性は別の国からやって来たらしい。まるで他人事のように詰問する口調だが、シーナは反論することもなく黙り込んだ。王子の妃としてなに不自由なく暮らす自分に、言い訳する権利なんてない。

 シーナだって分かっている。バザーなんて開いてもその場しのぎになるだけで、根本的な解決には繋がらない。回を重ねるたびに、自分がやっていることはただの偽善ではないのか、自己満足に過ぎないのではないかと疑問を感じてしまう。

 うつむいて唇を噛むシーナを見て、男性はかすかに笑ったようだった。

「ああ、失礼。レクオン殿下の妃であるあなたに尋ねるのは、すこし酷だったかな。あなたは自分に出来ることを必死にやっている。悪いのは弱体化した王族だ」

「……もうやめてください。あなたは誰なんですか? なにも事情を知らない人に、レクオン様たちのことを悪く言われるのは不快です」

「何の事情があろうと、民を守るのは王族の義務だ。そうでしょう? イザイアスも情けないことだな……。貴族がまとまっていない今のディレイムなら、戦争を起こしたところで負けるでしょうね。他の国も今がチャンスと狙っているのではないかな」

「……!?」

(どうして戦争のことを知ってるの?)

 シーナは顔をあげ、まじまじと男性を見つめた。発言の内容から推測しても、この男性がギルートから来たのは間違いなさそうだ。王の側近かもしれない。ギルート側も戦争が近づいているのを察知し、ディレイムに潜り込んで情報を集めているのだろう。

「あなたは結婚してまだ一年も経っていないでしょうが、戦争が起これば未亡人になる可能性だってあるわけだ。もしそうなったら私の国に来ませんか? あなたのように美しく聡い人が後宮に入ってくれたら嬉しいものだが」

 男性は不適な笑みを浮かべながら、シーナに向かって誘うように手を伸ばしてくる。シーナはその手をばしりとはたき落とした。

「冗談でもそんなこと言わないで! わたしはレクオン様の妻です。絶対に彼を死なせるような真似はしません!」

「ほほう。それはつまりレクオン殿下をやる気にさせて、戦争を防いでみせるという事かな?」

「……そっ……それ、は…………」

「さっきの勢いはどうしたのだ。しっかりしなさい、シーナ妃よ。私が思うに、レクオンを動かせるのはあなただけだ。私だって戦争など望んでいないのだから」

 シーナの異変に気づいたのか、騎士が数人こちらへ向かってくる。男性はひらりと身をひるがえし、雑踏のなかへ消えてしまった。
感想 6

あなたにおすすめの小説

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして

Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。 公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。 周囲にそう期待されて育って来た。 だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。 そんなある日、 殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。 決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう── 婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。 しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、 リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に…… ※先日、完結した、 『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』 に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

【完結】ありのままのわたしを愛して

彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。 そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。  私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?  自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?