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54 不思議な男
バザーは回を増すごとに人もふえていった。三度目の今日は粥の配給も同時に行うことにしたので、ガーデンはひどく混雑している。見回りの騎士も大変そうだ。
料理が得意なシーナは粥のほうを担当し、バザーはクレアたちに任せておいた。三回目ともなると遠方から噂を聞きつけて来た人もいるようだ。ダゥゼンからわざわざ来たという家族は粥を受け取ると嬉しそうな顔をした。
「うちの領主様は、用なく領地から出てはならんという人で……。税金が高いからって逃げ出そうとしたら、捕まって鞭打ちの刑だなんていうんですよ。ひどいもんでしょ? だから夜中のうちに、家族でこっそり逃げてきたんです。これからどこへ行こうかなぁ」
「それは大変でしたね……」
「でも王都もひどいもんですね。このバザーがなけりゃ、とっくに死人が出てるかもなぁ。オレたちみたいな平民からすると、不思議なもんですよ。高い税金を取り立てるのも貴族さまだし、こうして安く品物を売ってくださる方も貴族さまで……。貴族さまって、仲が悪いんですか?」
「え、ええ……。まぁちょっと、複雑な事情があって……」
「あ、失礼なことを言っちゃったかな。スンマセン」
貴族相手に失言だったと思ったのか、父親はこそこそと去っていった。確かにシェリアンヌあたりだったら無礼者とでも叫んでいそうだ。でもシーナには、彼の言葉はその通りだとしか思えない。
平民の上に立って導くのが貴族なのに、その貴族が仲違いをして彼らを苦しめているなんて恥ずべきことだ。バザーに来ている民たちも、きっと同じように思っていることだろう。本当に申し訳ない。
「私にも粥をくださるかな」
うつむいて粥をかき回していると、一人の男性に声を掛けられた。三十歳ぐらいで、古く粗末な服の上にボロボロのマントを羽織っている。しかし服装に比べて顔や体に汚れはなく、マントの下からのぞく髪の毛も不潔な感じはなかった。ふさふさして獅子のようだ。わざと平民に変装しているかのようである。
この男性はなにか訳ありの貴人に違いない――シーナは違和感をおぼえたものの、何も訊かずに一杯の粥を差し出した。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。私は旅行者なのだが、歩いているうちに腹が減ってしまってね。ちょうどいい所にバザーがあって良かったよ」
男性は粥を食べながら、観察するようにガーデンを見渡した。眼光は鋭く、身のこなしにも隙がない。どことなくレクオンに似た雰囲気を感じ、シーナはふと首をかしげた。外見はまったく似ていないのに不思議だ。
「ひどいものだな。ディレイムの民が困窮しているとは聞いていたが、まさかここまでとは……。この国の王侯貴族たちは何をしているんだ。どうしてここまで放置したのでしょうね」
「…………」
どうやらこの男性は別の国からやって来たらしい。まるで他人事のように詰問する口調だが、シーナは反論することもなく黙り込んだ。王子の妃としてなに不自由なく暮らす自分に、言い訳する権利なんてない。
シーナだって分かっている。バザーなんて開いてもその場しのぎになるだけで、根本的な解決には繋がらない。回を重ねるたびに、自分がやっていることはただの偽善ではないのか、自己満足に過ぎないのではないかと疑問を感じてしまう。
うつむいて唇を噛むシーナを見て、男性はかすかに笑ったようだった。
「ああ、失礼。レクオン殿下の妃であるあなたに尋ねるのは、すこし酷だったかな。あなたは自分に出来ることを必死にやっている。悪いのは弱体化した王族だ」
「……もうやめてください。あなたは誰なんですか? なにも事情を知らない人に、レクオン様たちのことを悪く言われるのは不快です」
「何の事情があろうと、民を守るのは王族の義務だ。そうでしょう? イザイアスも情けないことだな……。貴族がまとまっていない今のディレイムなら、戦争を起こしたところで負けるでしょうね。他の国も今がチャンスと狙っているのではないかな」
「……!?」
(どうして戦争のことを知ってるの?)
シーナは顔をあげ、まじまじと男性を見つめた。発言の内容から推測しても、この男性がギルートから来たのは間違いなさそうだ。王の側近かもしれない。ギルート側も戦争が近づいているのを察知し、ディレイムに潜り込んで情報を集めているのだろう。
「あなたは結婚してまだ一年も経っていないでしょうが、戦争が起これば未亡人になる可能性だってあるわけだ。もしそうなったら私の国に来ませんか? あなたのように美しく聡い人が後宮に入ってくれたら嬉しいものだが」
男性は不適な笑みを浮かべながら、シーナに向かって誘うように手を伸ばしてくる。シーナはその手をばしりとはたき落とした。
「冗談でもそんなこと言わないで! わたしはレクオン様の妻です。絶対に彼を死なせるような真似はしません!」
「ほほう。それはつまりレクオン殿下をやる気にさせて、戦争を防いでみせるという事かな?」
「……そっ……それ、は…………」
「さっきの勢いはどうしたのだ。しっかりしなさい、シーナ妃よ。私が思うに、レクオンを動かせるのはあなただけだ。私だって戦争など望んでいないのだから」
シーナの異変に気づいたのか、騎士が数人こちらへ向かってくる。男性はひらりと身をひるがえし、雑踏のなかへ消えてしまった。
料理が得意なシーナは粥のほうを担当し、バザーはクレアたちに任せておいた。三回目ともなると遠方から噂を聞きつけて来た人もいるようだ。ダゥゼンからわざわざ来たという家族は粥を受け取ると嬉しそうな顔をした。
「うちの領主様は、用なく領地から出てはならんという人で……。税金が高いからって逃げ出そうとしたら、捕まって鞭打ちの刑だなんていうんですよ。ひどいもんでしょ? だから夜中のうちに、家族でこっそり逃げてきたんです。これからどこへ行こうかなぁ」
「それは大変でしたね……」
「でも王都もひどいもんですね。このバザーがなけりゃ、とっくに死人が出てるかもなぁ。オレたちみたいな平民からすると、不思議なもんですよ。高い税金を取り立てるのも貴族さまだし、こうして安く品物を売ってくださる方も貴族さまで……。貴族さまって、仲が悪いんですか?」
「え、ええ……。まぁちょっと、複雑な事情があって……」
「あ、失礼なことを言っちゃったかな。スンマセン」
貴族相手に失言だったと思ったのか、父親はこそこそと去っていった。確かにシェリアンヌあたりだったら無礼者とでも叫んでいそうだ。でもシーナには、彼の言葉はその通りだとしか思えない。
平民の上に立って導くのが貴族なのに、その貴族が仲違いをして彼らを苦しめているなんて恥ずべきことだ。バザーに来ている民たちも、きっと同じように思っていることだろう。本当に申し訳ない。
「私にも粥をくださるかな」
うつむいて粥をかき回していると、一人の男性に声を掛けられた。三十歳ぐらいで、古く粗末な服の上にボロボロのマントを羽織っている。しかし服装に比べて顔や体に汚れはなく、マントの下からのぞく髪の毛も不潔な感じはなかった。ふさふさして獅子のようだ。わざと平民に変装しているかのようである。
この男性はなにか訳ありの貴人に違いない――シーナは違和感をおぼえたものの、何も訊かずに一杯の粥を差し出した。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。私は旅行者なのだが、歩いているうちに腹が減ってしまってね。ちょうどいい所にバザーがあって良かったよ」
男性は粥を食べながら、観察するようにガーデンを見渡した。眼光は鋭く、身のこなしにも隙がない。どことなくレクオンに似た雰囲気を感じ、シーナはふと首をかしげた。外見はまったく似ていないのに不思議だ。
「ひどいものだな。ディレイムの民が困窮しているとは聞いていたが、まさかここまでとは……。この国の王侯貴族たちは何をしているんだ。どうしてここまで放置したのでしょうね」
「…………」
どうやらこの男性は別の国からやって来たらしい。まるで他人事のように詰問する口調だが、シーナは反論することもなく黙り込んだ。王子の妃としてなに不自由なく暮らす自分に、言い訳する権利なんてない。
シーナだって分かっている。バザーなんて開いてもその場しのぎになるだけで、根本的な解決には繋がらない。回を重ねるたびに、自分がやっていることはただの偽善ではないのか、自己満足に過ぎないのではないかと疑問を感じてしまう。
うつむいて唇を噛むシーナを見て、男性はかすかに笑ったようだった。
「ああ、失礼。レクオン殿下の妃であるあなたに尋ねるのは、すこし酷だったかな。あなたは自分に出来ることを必死にやっている。悪いのは弱体化した王族だ」
「……もうやめてください。あなたは誰なんですか? なにも事情を知らない人に、レクオン様たちのことを悪く言われるのは不快です」
「何の事情があろうと、民を守るのは王族の義務だ。そうでしょう? イザイアスも情けないことだな……。貴族がまとまっていない今のディレイムなら、戦争を起こしたところで負けるでしょうね。他の国も今がチャンスと狙っているのではないかな」
「……!?」
(どうして戦争のことを知ってるの?)
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「……そっ……それ、は…………」
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