虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
57 / 71

57 夫婦喧嘩

しおりを挟む
 その日の晩餐は剣呑な空気のまま始まり、終始だれも喋らなかった。マリベルはアルマから事情をきいたのか、なにを言うこともなくシーナの給仕をしている。
 シーナはむっつりと押し黙る夫を見た。

(なによ。わたしのときはカンカンに怒っていたくせに、自分の事になったらもういいだなんて……)

 レクオンの気持ちが分からないでもない。今さら母親が自殺してしまった原因なんて知っても心の傷が治るわけではないし、「手紙を見たぐらいで」と軽んじる貴族がいないとは言い切れないのだ。

 でも、だからといって黙っている訳にはいかない。何しろ犯人は国王をかたってレクオンの母を死に追いやったのだから、これは殺人も同然である。絶対に許せない。エイメルダ妃の死から何年たとうと、許されるものではない。

 シーナはバザーで出会った不思議な男性のことは忘れることにした。いや、忘れるというより、レクオンに報告するのはやめたのだ。

 あの男性が本当にギルートの人間だったかどうかも怪しいし、今のレクオンに「ギルートも戦争を望んでいないようですよ」と報告しても効果がないような気がする。男性も言っていたが、レクオンにもっとも身近な人間が彼を奮い立たせるしかないのだ。それはシーナ自身である。

 寝室に戻ったシーナは、さっさと寝ようとするレクオンの体を揺さぶった。

「レクオン様、あの手紙をどこにやったんですか」

「まだ言ってるのか。あんなもの、もう捨て――」

「捨てちゃったんですか!?」

 シーナは慌てて寝室のくず籠を見た。入ってない。他の部屋だろうか? おお慌てで寝室を出ようとすると、レクオンも慌てた声を出す。

「嘘だ! すまん、こっちにある」

 レクオンは隣の執務室に入り、机の引き出しから例の手紙を出した。良かった、ちゃんとあった。ホッとして手紙を取ろうとしたら、ひょいと高い位置に手紙が動く。掴もうとするたびに、ひょいひょいと手紙が逃げた。レクオンが動かしているのだ。

「ちょ、ちょっと……レクオン様!」

「手紙をどうする気だ?」

「マシュウ様に頼んで、誰が書いたものか調べます」

「やっぱりか……そんな事はしなくていい」

「じゃあレクオン様はゆっくり休んでいてください。わたし達で勝手に調べますから」

「もういいって言ってるだろ!」

「よくないでしょ!」

 大声を出したレクオンに向かって、シーナも怒鳴り返した。シーナが怒鳴ったのは初めてで、レクオンは驚いたように目を見張る。

「あなたは前に、わたしに憎んでもいいはずだと言ったじゃないですか。あなただって憎んでいいんです。むしろ怒るべきです! お母さまの尊厳を、誰かが踏みにじったんですよ!?」

「でもきみは、俺がケルホーン伯を八つ裂きにしてやりたいと言ったらもういいと――」

「あなたとわたしじゃ、背負ってるものが全然ちがうでしょ! 義父はほっといても大した害はありませんけど、ダゥゼン公爵は大勢の人を死なせるかも知れないんです!」

「…………」

 レクオンは何か言いかけたが、口をつぐんで俯いた。シーナの胸がちくちくと痛む。レクオンにとって古傷をほじくり返されるのはつらいことだろう。ほっといて欲しいと思う気持ちは分かる。でもこの機会を逃したら、もうダゥゼン公爵を止める方法はないかもしれない。

(怒って、レクオン様。つらいだろうけど、諦めないでください……!)

 レクオンが怒りと悔しさを糧に、何とか自分を奮い立たせてきたのは知っている。絶望によってそれらを封じ込めたことも。
 今の彼は、怒ることに意義を見出せないのだ。怒ったところで自分に出来ることはないと諦めてしまったのだろう。

 シーナは祈るような気持ちでレクオンを見つめたが、彼の顔が上がることはなかった。どうしてよ。お母さまが誰かに殺されたというのに、まだ黙って耐えるつもりなの?
 シーナのなかに長いあいだ蓄積された怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。

「れ、レクオン様が……こんなに不甲斐ない方だとは、思いませんでしたっ!」

 本当はこんなこと言いたくない。口が勝手に動き、潤んだ目から涙が出てくる。シーナは怒りに身を任せた。

「シーナ……」

「わたしにだって、あなたの苦しみは分かってるつもりです。でもいま諦めたら、戦争が始まっちゃうかもしれないのよ! たくさんの人が死ぬかもしれないのに……。きっとお姉さまだって、今のレクオン様を見たらがっかりすると思います!」

 叫んだ瞬間、部屋にひゅうっと冷たい風が吹き込んだ。風はロウソクの炎を揺らし、明かりをひとつ消してしまう。急に部屋が暗くなった。

「な、なんだ……? 窓も開いてないのに」

「まさか……お姉さま? ああ、お姉さまが出てきてくれたんだわ! きっと怒ってるんですよ!」

「ば――」

 レクオンは「馬鹿な」と言いたかったのだろう。しかし口は「ば」の状態で固まり、見開かれた目がシーナの首のあたりを見ている。

「シーナ……。首の、指輪が」

「え?」

 シーナの鎖骨のあたりで、翡翠の指輪が怪しい光をはなっていた。光が明滅するたびに部屋に風がふき、ロウソクの炎を揺らす。

「やっぱりそうだわ! お姉さまもレクオン様に何か言いたいんですよ」

「そんな……」

 レクオンが呆然と呟いたとき、もう一つロウソクが消えた。部屋がさらに暗くなる。

「分かった! ルターナ、もうやめてくれ。シーナの邪魔をしないと誓うから……!」

 焦ったように叫ぶと、ようやく妙な風はおさまった。ルターナの指輪も嘘のように、ただの翡翠に戻ったようだ。

「なんだったんだ、今のは……」

「わたし、何もしてませんからね」

「分かってるよ。あんな事は人間には出来ないから……。はは、まさかもう一度ルターナに会えるなんてな……。しかも彼女は俺を見張ってるわけか」

「そうですよ。また不甲斐ないこと言ったら、怒って出てきてくれるかも」

「嬉しそうに言わないでくれ……」

 レクオンはげっそりした顔で呟いたが、彼だってどことなく嬉しそうだ。満足のいく結果が得られたので、シーナは上機嫌でベッドに横たわる。
 あぁでも、まだ夫に伝えたい事があった。もうこの際だから、勢いに任せて言ってしまおう。

「レクオン様」

「なんだよ、もう手紙の件については納得したぞ。俺も調べてみようと思ってるから……」

「そうじゃなくて、子供のことです」

 寝ようとしていたレクオンは、ぴたりと動きをとめて妻を見た。なにを言い出すのかと警戒しているようだ。

「あなたとの間にどんな子供が生まれても、わたしはうんと可愛がって立派に育ててみせますから。じゃあ、おやすみなさい!」

 捨て台詞のようにさけんで、ばふっと毛布をかぶる。ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった。どきどきして眠れないかも――と思いきや、初めて激怒した疲れが出ていつの間にか寝てしまった。

「この状況で寝るのか……」

 呆れたようにいうレクオンの声も、熟睡する妻の耳には届かなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

【完結】悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

鏑木 うりこ
恋愛
アリシアは6歳でどハマりした乙女ゲームの悪役令嬢になったことに気がついた。 楽しみながらゆるっと断罪、ゆるっと領地で引き篭もりを目標に邁進するも一家揃って病弱設定だった。  皆、寝込んでるから入学式も来れなかったんだー納得!  ゲームの裏設定に一々納得しながら進んで行くも攻略対象者が仲間になりたそうにこちらを見ている……。  聖女はあちらでしてよ!皆様!

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...