56 / 71
56 手紙
しおりを挟む
室内に沈黙が落ち、シーナは思わず隣に座る夫の顔をみた。レクオンは一瞬だけ目を見張ったが、やがて怪訝な顔になる。
「命を狙われた? 誰にだ?」
「サントス様が誰かに命令して、私を殺そうとなさったんです。エイメルダ様が亡くなったあと、サントス様の尋問を受けたんですけど……側妃が死ぬ前に不審なものを見なかったか、部屋になにか落ちていなかったかとしつこく訊かれました。それで何も知らないと答えたら、階段を降りてるときに誰かに突き飛ばされました。落ちた場所には槍が置いてあって、もう少し落ちる場所がズレてたら刺さって死んでいたと思います」
「それで王宮を出たのか。母上の死に、なにか不審な点でもあったんだろうか……。俺は亡くなった母の体を見たが、抵抗したあとはなかったぞ。母は自分から死んだのだと思うが」
「エイメルダ様が、自分から身を投げたのは事実です。でも、亡くなる直前にこの手紙を見たから……絶望して、身投げなさったんですよ……!」
アルマは心底くやしそうな表情で、涙まじりに言葉を吐いた。レクオンは彼女からテーブルに視線をうつし、手紙を手に取る。
「これは……母上あての手紙のようだな」
レクオンが手紙を広げてテーブルに置いたので、シーナも彼とおなじように文面に目を走らせた。が、最初の行を読んだだけで気分が悪くなる。
――『エイメルダよ。おまえはいつまで王宮にいすわる気だ? 余はすでにおまえを愛していない。おまえのこともレクオンのことも、目障りでならぬ。余にとって必要なのはマシュウだけだ。レクオンを連れて王宮を出て行くがいい』
「ひどい……。誰が書いた手紙なんでしょう」
「この書き方――父上かもしれない。内容からしても、父上だと考えるのが妥当だ」
レクオンがぽつりと呟くと、アルマは激しく泣き出した。
「ああ、やっぱりそうなんですか……! エイメルダ様はこの手紙を見たあとに、バルコニーから身投げなさいました。私が目を離したすきに、誰かが手紙を部屋に投げ入れたみたいで……私が部屋に戻ったときにはすでに……!」
部屋のなかにアルマの嗚咽がひびく。シーナはどうすることも出来ず、すがるようにレクオンの顔を見た。レクオンは青ざめた顔で手紙を眺めていたが、ふいに首をかしげる。
「少し違和感があるな」
「えっ、どの辺りにですか?」
「俺はなんどか父上の筆跡を目にしたが、このWとDの字……クセがある。こんなクセは父上には無かったはずだ」
「じゃあ誰かが、国王の振りをして手紙を書いたということですか?」
「その可能性があるというだけだ。もう母上は亡くなったんだし、今さらこんなもの見つけても……」
「あ……分かりました!」
アルマが涙で濡れた顔をあげ、何かに気づいたように叫んだ。
「サントス様はこの手紙を探してたんですよ! だからエイメルダ様が亡くなった直後に、急に部屋を閉鎖したんだわ……。私に何か見なかったかとしつこく訊いたのも、きっと手紙のことだったんです。レクオン様に渡そうと隠し持ってましたけど、まさかこれのせいで命を狙われてたなんて……」
「この手紙、ダゥゼン公爵に関係があるんじゃないでしょうか。部屋を封鎖したのもダゥゼン公爵なんでしょう? 手紙を書いた人物は彼の配下かもしれません。犯人を突き止めて――」
「もういい」
シーナが言い終えるまえに、レクオンは手紙を持ってソファから立ち上がった。
「今さら母上の死なんか蒸し返さなくてもいい。それに、自分から身を投げたのは母上なんだから……手紙を見たぐらいで死ぬなんてと、笑われておしまいだ」
「そんなの分からないでしょ。国王の振りをして手紙を書いたんだから、罪に問えるはずです! これは立派な偽造です!」
戦争を止めたいと願うシーナにとって、アルマが届けてくれた手紙は神からの贈り物である。絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。しかしレクオンは反論する妻から視線をそらした。
「俺がいいと言ってるんだ。きみには関係ないだろ」
「関係あります! わたしのときは義父を捕まえてくれたでしょう? わたしだって、あなたをつらい目に会わせた犯人を許せないんです!」
「あ、あの……レクオン様も奥様も、どうか落ち着いて……」
立ったままにらみ合う夫婦を、アルマが心配そうに見ている。でもシーナに彼女を気遣う余裕はなかった。
「命を狙われた? 誰にだ?」
「サントス様が誰かに命令して、私を殺そうとなさったんです。エイメルダ様が亡くなったあと、サントス様の尋問を受けたんですけど……側妃が死ぬ前に不審なものを見なかったか、部屋になにか落ちていなかったかとしつこく訊かれました。それで何も知らないと答えたら、階段を降りてるときに誰かに突き飛ばされました。落ちた場所には槍が置いてあって、もう少し落ちる場所がズレてたら刺さって死んでいたと思います」
「それで王宮を出たのか。母上の死に、なにか不審な点でもあったんだろうか……。俺は亡くなった母の体を見たが、抵抗したあとはなかったぞ。母は自分から死んだのだと思うが」
「エイメルダ様が、自分から身を投げたのは事実です。でも、亡くなる直前にこの手紙を見たから……絶望して、身投げなさったんですよ……!」
アルマは心底くやしそうな表情で、涙まじりに言葉を吐いた。レクオンは彼女からテーブルに視線をうつし、手紙を手に取る。
「これは……母上あての手紙のようだな」
レクオンが手紙を広げてテーブルに置いたので、シーナも彼とおなじように文面に目を走らせた。が、最初の行を読んだだけで気分が悪くなる。
――『エイメルダよ。おまえはいつまで王宮にいすわる気だ? 余はすでにおまえを愛していない。おまえのこともレクオンのことも、目障りでならぬ。余にとって必要なのはマシュウだけだ。レクオンを連れて王宮を出て行くがいい』
「ひどい……。誰が書いた手紙なんでしょう」
「この書き方――父上かもしれない。内容からしても、父上だと考えるのが妥当だ」
レクオンがぽつりと呟くと、アルマは激しく泣き出した。
「ああ、やっぱりそうなんですか……! エイメルダ様はこの手紙を見たあとに、バルコニーから身投げなさいました。私が目を離したすきに、誰かが手紙を部屋に投げ入れたみたいで……私が部屋に戻ったときにはすでに……!」
部屋のなかにアルマの嗚咽がひびく。シーナはどうすることも出来ず、すがるようにレクオンの顔を見た。レクオンは青ざめた顔で手紙を眺めていたが、ふいに首をかしげる。
「少し違和感があるな」
「えっ、どの辺りにですか?」
「俺はなんどか父上の筆跡を目にしたが、このWとDの字……クセがある。こんなクセは父上には無かったはずだ」
「じゃあ誰かが、国王の振りをして手紙を書いたということですか?」
「その可能性があるというだけだ。もう母上は亡くなったんだし、今さらこんなもの見つけても……」
「あ……分かりました!」
アルマが涙で濡れた顔をあげ、何かに気づいたように叫んだ。
「サントス様はこの手紙を探してたんですよ! だからエイメルダ様が亡くなった直後に、急に部屋を閉鎖したんだわ……。私に何か見なかったかとしつこく訊いたのも、きっと手紙のことだったんです。レクオン様に渡そうと隠し持ってましたけど、まさかこれのせいで命を狙われてたなんて……」
「この手紙、ダゥゼン公爵に関係があるんじゃないでしょうか。部屋を封鎖したのもダゥゼン公爵なんでしょう? 手紙を書いた人物は彼の配下かもしれません。犯人を突き止めて――」
「もういい」
シーナが言い終えるまえに、レクオンは手紙を持ってソファから立ち上がった。
「今さら母上の死なんか蒸し返さなくてもいい。それに、自分から身を投げたのは母上なんだから……手紙を見たぐらいで死ぬなんてと、笑われておしまいだ」
「そんなの分からないでしょ。国王の振りをして手紙を書いたんだから、罪に問えるはずです! これは立派な偽造です!」
戦争を止めたいと願うシーナにとって、アルマが届けてくれた手紙は神からの贈り物である。絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。しかしレクオンは反論する妻から視線をそらした。
「俺がいいと言ってるんだ。きみには関係ないだろ」
「関係あります! わたしのときは義父を捕まえてくれたでしょう? わたしだって、あなたをつらい目に会わせた犯人を許せないんです!」
「あ、あの……レクオン様も奥様も、どうか落ち着いて……」
立ったままにらみ合う夫婦を、アルマが心配そうに見ている。でもシーナに彼女を気遣う余裕はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さくら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる