虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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56 手紙

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 室内に沈黙が落ち、シーナは思わず隣に座る夫の顔をみた。レクオンは一瞬だけ目を見張ったが、やがて怪訝な顔になる。

「命を狙われた? 誰にだ?」

「サントス様が誰かに命令して、私を殺そうとなさったんです。エイメルダ様が亡くなったあと、サントス様の尋問を受けたんですけど……側妃が死ぬ前に不審なものを見なかったか、部屋になにか落ちていなかったかとしつこく訊かれました。それで何も知らないと答えたら、階段を降りてるときに誰かに突き飛ばされました。落ちた場所には槍が置いてあって、もう少し落ちる場所がズレてたら刺さって死んでいたと思います」

「それで王宮を出たのか。母上の死に、なにか不審な点でもあったんだろうか……。俺は亡くなった母の体を見たが、抵抗したあとはなかったぞ。母は自分から死んだのだと思うが」

「エイメルダ様が、自分から身を投げたのは事実です。でも、亡くなる直前にこの手紙を見たから……絶望して、身投げなさったんですよ……!」

 アルマは心底くやしそうな表情で、涙まじりに言葉を吐いた。レクオンは彼女からテーブルに視線をうつし、手紙を手に取る。

「これは……母上あての手紙のようだな」

 レクオンが手紙を広げてテーブルに置いたので、シーナも彼とおなじように文面に目を走らせた。が、最初の行を読んだだけで気分が悪くなる。

――『エイメルダよ。おまえはいつまで王宮にいすわる気だ? 余はすでにおまえを愛していない。おまえのこともレクオンのことも、目障りでならぬ。余にとって必要なのはマシュウだけだ。レクオンを連れて王宮を出て行くがいい』

「ひどい……。誰が書いた手紙なんでしょう」

「この書き方――父上かもしれない。内容からしても、父上だと考えるのが妥当だ」

 レクオンがぽつりと呟くと、アルマは激しく泣き出した。

「ああ、やっぱりそうなんですか……! エイメルダ様はこの手紙を見たあとに、バルコニーから身投げなさいました。私が目を離したすきに、誰かが手紙を部屋に投げ入れたみたいで……私が部屋に戻ったときにはすでに……!」

 部屋のなかにアルマの嗚咽がひびく。シーナはどうすることも出来ず、すがるようにレクオンの顔を見た。レクオンは青ざめた顔で手紙を眺めていたが、ふいに首をかしげる。

「少し違和感があるな」

「えっ、どの辺りにですか?」

「俺はなんどか父上の筆跡を目にしたが、このWとDの字……クセがある。こんなクセは父上には無かったはずだ」

「じゃあ誰かが、国王の振りをして手紙を書いたということですか?」

「その可能性があるというだけだ。もう母上は亡くなったんだし、今さらこんなもの見つけても……」

「あ……分かりました!」

 アルマが涙で濡れた顔をあげ、何かに気づいたように叫んだ。

「サントス様はこの手紙を探してたんですよ! だからエイメルダ様が亡くなった直後に、急に部屋を閉鎖したんだわ……。私に何か見なかったかとしつこく訊いたのも、きっと手紙のことだったんです。レクオン様に渡そうと隠し持ってましたけど、まさかこれのせいで命を狙われてたなんて……」

「この手紙、ダゥゼン公爵に関係があるんじゃないでしょうか。部屋を封鎖したのもダゥゼン公爵なんでしょう? 手紙を書いた人物は彼の配下かもしれません。犯人を突き止めて――」

「もういい」

 シーナが言い終えるまえに、レクオンは手紙を持ってソファから立ち上がった。

「今さら母上の死なんか蒸し返さなくてもいい。それに、自分から身を投げたのは母上なんだから……手紙を見たぐらいで死ぬなんてと、笑われておしまいだ」

「そんなの分からないでしょ。国王の振りをして手紙を書いたんだから、罪に問えるはずです! これは立派な偽造です!」

 戦争を止めたいと願うシーナにとって、アルマが届けてくれた手紙は神からの贈り物である。絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。しかしレクオンは反論する妻から視線をそらした。

「俺がいいと言ってるんだ。きみには関係ないだろ」

「関係あります! わたしのときは義父ちちを捕まえてくれたでしょう? わたしだって、あなたをつらい目に会わせた犯人を許せないんです!」

「あ、あの……レクオン様も奥様も、どうか落ち着いて……」

 立ったままにらみ合う夫婦を、アルマが心配そうに見ている。でもシーナに彼女を気遣う余裕はなかった。
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