虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

文字の大きさ
62 / 71

62 開戦

しおりを挟む
 とうとう開戦することになり、シーナは自分の部屋でハンカチに刺繍をしていた。昔あった戦争のときも、貴婦人たちは刺繍したハンカチを大切なひとに贈ったらしい。それを剣の柄に結んで戦うのだそうだ。今ごろクレアとブリジットも家で父親のために刺繍しているのだろう。

 開戦が決まった直後、クレアとブリジットは大慌てでレクオンの古城へやって来た。青ざめた顔でどうしましょうと尋ねられても、シーナはお父様を信じてあげてとしか答えられなかった。

 半信半疑でクレアとブリジットは帰って行ったが、恐らく家でも父親に同じことを言われたはずだ。必ず戦争は止めてみせる。だから今は信じて待ってほしい――シーナもレクオンからそう言われた。だから今こうして刺繍をしている。まるで、本当に戦争に行く準備のように。

(ダゥゼン公爵を騙すには、嘘のことでも本当のように見せかけなきゃならないんだわ……)

 マシュウは首尾よくサントスの署名を手に入れたようだが、まだサントスを追い詰める用意は整っていない。時間を稼ぐ必要がある。

 でも開戦が決まった以上もたもたしてたら不審に思われるので、戦争に行く振りだけはしなければならないのだ。それも、なるべく真実味があったほうがいい。適当な装備ではどこから嘘が漏れるか分からないから、貴婦人たちは悲しくても刺繍するしかないのである。

 計画の全てを知る人間はひと握りなので、他の者は本当に戦争になってしまったと悲嘆に暮れていることだろう。でもだからこそサントスの目を欺くことができる。いわば国全体を巻き込んだ、大掛かりな詐欺なのだった。

 レクオンが古城を発つ日がやってきた。軍隊の駐屯地となるケリガンまでは軽装で移動し、到着後に武装するらしい。いつものように質素な服を身にまとった彼は、馬に乗る直前にシーナから刺繍されたハンカチを受けとった。

「ありがとう」

「絶っっ対に帰ってきてくださいね。帰って来なかったら、お姉さまに頼んで怒ってもらいますから」

「ははっ、それは怖いな。でもルターナが側にいるのかと思うと不思議な気分だ。彼女はきっと、全てを見届けてくれるだろう」

 レクオンは剣の柄にハンカチを結ぶとシーナの額に軽くキスをした。そして愛馬にまたがる。

「では行ってくる」

「ご武運を!」

 レクオンが騎士たちを連れて城を離れたあと、シーナはすぐに城壁へのぼった。ここからなら遠くまで見渡せる。古城の門が開くと、道の両脇につめかけた人々が悲痛な声を上げた。

「レクオン様、どうかご無事で……!」

「必ず帰って来てください!」

 泣きながら手をふる姿が見え、シーナは胸が苦しくなった。本当は彼らに何もかも話してしまいたい。この戦争はただの見せ掛けだ、心配しなくてもレクオンは帰ってくるのだと教えてあげたい。

(でも、今だけは我慢しなくちゃ……!)

 シーナは首元で揺れる指輪をぎゅっと握りながら夫を見送った。出征するレクオンを見送る行列は王都の端まで続いており、彼の人気振りが伝わってくるようだ。

「レクオン様は皆に愛されてるのね……」

「シーナのお陰でもあるのよ。何度もバザーを開いてあの人たちを助けたからこそ、レクオン様はますます人気者になったんでしょう」

 シーナの呟きにマリベルが答えた。本当なら嬉しい事だし、光栄だと思う。こぼれそうになった涙を拭き、マリベルの顔を見つめた。

「マリベルも気をつけて行ってきてね。必ず帰ってきて」

「任せてちょうだい。女の底力を見せてやるわよ」

 マリベルは得意げにウィンクして城壁を降りていった。今回の計画ではマリベルにも重要な役目があるのだ。シーナも行きたかったが、レクオンが不在となった以上は城を守らねばならないし、夫がいなくなった途端に妻まで城を出たら怪しまれる。だからシーナはアルマと一緒にレクオンの帰りを待つことにした。

 一日、二日と時は過ぎていった。一日がとても長く感じ、レクオンがいなくなった城は火が消えたようだ。シーナはひたすらレクオンの帰りを待った。
 そして彼が古城を出てから15日後、レクオン王子が姿をくらましたという一報を受けたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

完 独身貴族を謳歌したい男爵令嬢は、女嫌い公爵さまと結婚する。

水鳥楓椛
恋愛
 男爵令嬢オードリー・アイリーンはある日父が負った借金により、大好きな宝石だけでは食べていけなくなってしまった。そんな時、オードリーの前に現れたのは女嫌いと有名な公爵エドワード・アーデルハイトだった。愛する家族を借金苦から逃すため、オードリーは悪魔に嫁ぐ。結婚の先に待ち受けるのは不幸か幸せか。少なくとも、オードリーは自己中心的なエドワードが大嫌いだった………。  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。 新聞と涙 それでも恋をする  あなたの照らす道は祝福《コーデリア》 君のため道に灯りを点けておく 話したいことがある 会いたい《クローヴィス》  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...