虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま

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61 ダゥゼン公爵2

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「他に意見はありませんか」

 マシュウが呼びかけても、誰も返答しなかった。国王でさえ黙したまま様子を見ている。反論がないと確認したマシュウは一枚の紙を取り出した。

「反対する者もいないようですね。では皆さんに、開戦に反対しない証としてサインをお願いしたいと思います。議長席に置きますので、お一人ずつ壇に出て書いてください」

(――何だと?)

 突然のマシュウの提案に、サントスはぎょっとして目を見張った。周囲から「なぜサインする必要が?」だの「これで開戦するなら構わないではないか」だの呟く配下たちの声が聞こえるが、表立って反対する者はいないようだ。
 当然だ、サインしたら自分は戦争に行かなくて済むのだから。サントスは思わず立ち上がり、議場に集まった貴族たちに向けて言い放った。

「待ちたまえ! どうしてサインの必要があるのだ? 今までも議事は開いてきたが、サインした事などないはずだ」

「今回の決定に関しては、人の生死が関わっています。大勢の死人が出る可能性があるのです。僕は過去の議事をさかのぼって調べましたが、107年前に開戦が決まったときも今のように署名したそうです。記録に残っていました」

「レクオン殿下はすでにサインされてますね。やっぱり納得したという事か……。残念ですが、こうして証拠を見たら諦めるしかありません」

 マシュウが伯父の疑問に答えると同時に、議長席に並んでいたオーランドが残念そうに呟きながらサインする。彼の後ろにいたハビエルまで異論なくサインすると、列に並ぶ貴族は一気に増えた。サントスの配下たちも先を争うようにして並んでいる。さっさとサインを済ませてしまいたいのだ。

 とうとう最後にサントスだけが残り、彼は重い足取りで議長席へ向かった。普段は側近にサインさせているが、こうも人目があっては誰かに代理で書かせるのは不可能だ。

(まさか、な……)

 サントスは議長席に立つ甥の顔を見つめた。いつもと同じように優しげな顔で微笑んでいるが、今ばかりは食えない笑顔だと思ってしまう。
 こいつは何か知っているんじゃないのか、レクオンから何か聞いたんじゃないのか――そう思わずにいられない。サントスの脳裏には11年前の出来事がよみがえっていた。

 イザイアスを真似て書いた手紙はいくら探しても見つからなかった。手紙を届けさせたメイドは事故に見せかけて殺したが、手紙が見つからない事はサントスをいつまでもイラつかせた。

 やはり侍女が持っていたのだろうが、あの女は死に掛けたときの恐怖で王宮から逃げたはずだ。レクオンは何も言ってこないから、手紙の存在さえ知らないのだろう。11年もたった今では侍女も死んでいるかもしれない。

「伯父上? どうされました?」

 議長席の前で硬直した伯父に、マシュウが気遣うように声を掛けた。議場に集まった貴族たちの視線がサントスへ集中している。誤魔化しようがない。

「サントスきょうはどうされたんだ。サインしないおつもりなのかな?」

「まさか。サントス卿にとっては何の不利益もない書類ですよ。我等を一掃できるチャンスなのだから、きっとサインするでしょう」

 オーランドとハビエルが囁きあう声。確かに彼らの言うとおりだ。開戦すれば戦いのさなかにレクオンが死ぬ可能性もあるし、鬱陶しい反対勢力を一気に消せるかもしれない。

(――この上なく魅力的な戦争だ。私のデメリットは一つもない)

 サントスはペンを手に取り、さらさらと軽やかにサインした。

「では本日の議事はこれまでとします」

 解散を告げる甥の声はいつも以上に晴々としていたが、極度に緊張していたサントスは気づかなかった。
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