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64 断罪1
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何故ここにレクオン王子が――サントスを始めとして、彼の配下たちは皆おなじ事を思っただろう。しかしレクオンは気にする風もなくつかつかと歩き、議長席にいるマシュウの隣に立った。
「諸侯たちは恐らく、俺が前線から姿を消した責任を問おうとしていたのだろうが……」
レクオンが話しながら前列の席を睨むと、彼らは気まずそうに顔をそらした。ただ一人サントスだけが真っ向からレクオンの視線を受け止め、王者のように堂々と言い返す。
「実際に戦場から逃げ出したではありませんか。私は配下から確かにそのような報告を受けましたが?」
「逃げたのではなく、ギルートのラサロ陛下に謁見していた。集めた税金でギルートの小麦を買いたいと話したら、喜んで応じるとのことだ。戦争する必要はない」
「――は?」
呆然とするサントスを応援するかのように、周囲の者たちが慌てて騒ぎ出した。
「お……、おかしいではありませんか! そもそも戦争のために集めた税金ですぞ!」
「そ、そうだ! 我等を騙したのですか!」
「先に騙したのはそちらだろう。確かに小麦の収穫量は減っていたが、平等に分け合えば食うに困る事態にはならなかったはずだ。どこかの貴族が不当に独占したから値段が釣りあがり、今の状況に陥った。心当たりがあるんじゃないか?」
レクオンはサントスから視線を外さなかった。“どこかの貴族”はおまえだろう――言外にそう告げているのだ。誰もがレクオンの意図に気づいて視線をそらすなか、マシュウが説明を始める。
「僕は以前からラサロ陛下に親書を送り、小麦を輸入できないか相談していました。今回の謁見でようやく実現することが出来そうです。民の役に立ってこそ、王侯貴族と呼べますからね」
マシュウの口調は柔らかかったが、役立たずは貴族とは呼べないと断言しているようなものである。こいつも言うようになったな――レクオンは妙な感動を覚えた。
サントスはマシュウを侮っていたからこそ、甥が何をしているのか気にも留めずに放置していた。そのツケが回ってきたのだ。
黙ったままの父親を見てシェリアンヌがおろおろしている。やがてサントスは長いため息をついた。
「……馬鹿ばかしい、一体なんの茶番なんだ。小麦を輸入しようとする前に、強制的に貴族の屋敷を調べて押収すれば良かったでしょう。戦争の必要がないと知っていながら、わざわざ国中を巻き込んで開戦するなど……」
「強制的に調べるという提案に、ダゥゼン公爵は賛成していたか? どうせ派閥の力を使って握りつぶしていただろう。この国はサントスが支配しているも同然だ……。その支配を壊すために、戦争を起こす必要があった」
レクオンはそう言って、一枚の紙を掲げるように上げた。
「ここにいる者たちは、全員この紙――開戦に反対しないという紙に署名したことと思う。宰相のサントスを始めとして、大臣のオーランド、ハビエル……紙にサインした貴族たちの顔ぶれは、11年前となんら変わりない」
11年前――サントスは弾かれたように顔を上げた。しかし周囲の者たちは彼の動揺に気づかず、「確かにサインしたが」だの「11年前と今でなんの繋がりがあるんだ?」だの不思議そうだ。彼らにとって、11年という数字は何の変哲もないものなのだ……サントス以外には。
(なにを言い出す気だ。余計なことをするな……!)
サントスは殺気混じりの視線でレクオンを睨んだが、王子は楽しげに口角を上げるのみだ。やがて彼は、もう一枚なにかの紙を取り出した。折り目がついた古そうな紙である。
「なぁに、あれ。ゴミみたいにボロボロの紙だわ」
隣に座った娘がひどくのんびりした口調で言っても、サントスの耳には入らない。馬鹿な。なぜあれがここに……!?
「この手紙は11年前に、俺の母であるエイメルダ妃の部屋へ届けられたものだ。内容だけを読むと父上が書いたように見えるが……父上、この手紙を書きましたか?」
レクオンは一段高い位置に座っていたイザイアスに手紙を見せた。内容に目を通したイザイアスは顔を青ざめさせ、しきりに首をよこに振る。
「なんてひどい手紙だ……! 余はこんな手紙を書いた覚えはない。一体だれが書いたものだ?」
「それを今から調べるのです。父上の字を真似て書かれた手紙ですから、国王の字を知っている者でなければ書けません。つまり――ここにいる誰かが、この手紙を書いたことになる」
ざわっと議場がどよめいた。イザイアスがほとんど字を書かないことは、議場に集まった貴族なら誰もが知ることである。
「国王を騙って手紙を書くなど重罪ではないか!」
「誰がそんな事をしたんだ?」
「議長席にサインした紙と手紙を並べてみよう。貴殿たちは自分の目で筆跡を確かめるといい」
レクオンがいうと、一人、また一人と好奇心に駆られた者が集まって行く。だがサントスは動けなかった。自分と似た字を書く者がいるようにと、祈ることしか出来ない。
だが祈りは虚しく、オーランドが高らかに言った。
「手紙に書かれたWとDはかなり特徴的ですな。Wは左側の三角が大きめだし、Dは下のほうが膨れている。この字ならサインの中にあるのでは?」
「――あ、このサインは似ているな」
「これか……」
一人が気づくと、他の人間も気づいたようだ。議場はしんと静まり返り、サントスのほうへ皆の視線が集まる。
「筆跡鑑定の結果も出ている。ラサロ陛下に鑑定士を紹介してもらったが、手紙の字とサントスの字は同一であると結果が出た。念のためラトヴィアでも鑑定を行ったが、同じ結果になった。国内の鑑定士は当てにならないから、別の国で鑑定したんだ」
国内の鑑定士はダゥゼン公爵を恐れるあまり、嘘の鑑定結果を出す可能性がある。信頼性を高めるためにも、別々の国でふたつの鑑定結果がほしかった。
だからレクオンはマシュウに指示して、サインする紙の下に複写できる特殊な紙を仕込んでおいたのだ。そして一枚はレクオンがギルートに持ち込み、もう一枚はマリベルがラトヴィアで鑑定した。
これはレクオンにとっても国にとっても大きな賭けだった。ラサロは鑑定士を紹介する代わりに、月の半ばまでに軍を撤退させろと要求してきたのだ。絶対にこの場でサントスを断罪しなければならない。
「諸侯たちは恐らく、俺が前線から姿を消した責任を問おうとしていたのだろうが……」
レクオンが話しながら前列の席を睨むと、彼らは気まずそうに顔をそらした。ただ一人サントスだけが真っ向からレクオンの視線を受け止め、王者のように堂々と言い返す。
「実際に戦場から逃げ出したではありませんか。私は配下から確かにそのような報告を受けましたが?」
「逃げたのではなく、ギルートのラサロ陛下に謁見していた。集めた税金でギルートの小麦を買いたいと話したら、喜んで応じるとのことだ。戦争する必要はない」
「――は?」
呆然とするサントスを応援するかのように、周囲の者たちが慌てて騒ぎ出した。
「お……、おかしいではありませんか! そもそも戦争のために集めた税金ですぞ!」
「そ、そうだ! 我等を騙したのですか!」
「先に騙したのはそちらだろう。確かに小麦の収穫量は減っていたが、平等に分け合えば食うに困る事態にはならなかったはずだ。どこかの貴族が不当に独占したから値段が釣りあがり、今の状況に陥った。心当たりがあるんじゃないか?」
レクオンはサントスから視線を外さなかった。“どこかの貴族”はおまえだろう――言外にそう告げているのだ。誰もがレクオンの意図に気づいて視線をそらすなか、マシュウが説明を始める。
「僕は以前からラサロ陛下に親書を送り、小麦を輸入できないか相談していました。今回の謁見でようやく実現することが出来そうです。民の役に立ってこそ、王侯貴族と呼べますからね」
マシュウの口調は柔らかかったが、役立たずは貴族とは呼べないと断言しているようなものである。こいつも言うようになったな――レクオンは妙な感動を覚えた。
サントスはマシュウを侮っていたからこそ、甥が何をしているのか気にも留めずに放置していた。そのツケが回ってきたのだ。
黙ったままの父親を見てシェリアンヌがおろおろしている。やがてサントスは長いため息をついた。
「……馬鹿ばかしい、一体なんの茶番なんだ。小麦を輸入しようとする前に、強制的に貴族の屋敷を調べて押収すれば良かったでしょう。戦争の必要がないと知っていながら、わざわざ国中を巻き込んで開戦するなど……」
「強制的に調べるという提案に、ダゥゼン公爵は賛成していたか? どうせ派閥の力を使って握りつぶしていただろう。この国はサントスが支配しているも同然だ……。その支配を壊すために、戦争を起こす必要があった」
レクオンはそう言って、一枚の紙を掲げるように上げた。
「ここにいる者たちは、全員この紙――開戦に反対しないという紙に署名したことと思う。宰相のサントスを始めとして、大臣のオーランド、ハビエル……紙にサインした貴族たちの顔ぶれは、11年前となんら変わりない」
11年前――サントスは弾かれたように顔を上げた。しかし周囲の者たちは彼の動揺に気づかず、「確かにサインしたが」だの「11年前と今でなんの繋がりがあるんだ?」だの不思議そうだ。彼らにとって、11年という数字は何の変哲もないものなのだ……サントス以外には。
(なにを言い出す気だ。余計なことをするな……!)
サントスは殺気混じりの視線でレクオンを睨んだが、王子は楽しげに口角を上げるのみだ。やがて彼は、もう一枚なにかの紙を取り出した。折り目がついた古そうな紙である。
「なぁに、あれ。ゴミみたいにボロボロの紙だわ」
隣に座った娘がひどくのんびりした口調で言っても、サントスの耳には入らない。馬鹿な。なぜあれがここに……!?
「この手紙は11年前に、俺の母であるエイメルダ妃の部屋へ届けられたものだ。内容だけを読むと父上が書いたように見えるが……父上、この手紙を書きましたか?」
レクオンは一段高い位置に座っていたイザイアスに手紙を見せた。内容に目を通したイザイアスは顔を青ざめさせ、しきりに首をよこに振る。
「なんてひどい手紙だ……! 余はこんな手紙を書いた覚えはない。一体だれが書いたものだ?」
「それを今から調べるのです。父上の字を真似て書かれた手紙ですから、国王の字を知っている者でなければ書けません。つまり――ここにいる誰かが、この手紙を書いたことになる」
ざわっと議場がどよめいた。イザイアスがほとんど字を書かないことは、議場に集まった貴族なら誰もが知ることである。
「国王を騙って手紙を書くなど重罪ではないか!」
「誰がそんな事をしたんだ?」
「議長席にサインした紙と手紙を並べてみよう。貴殿たちは自分の目で筆跡を確かめるといい」
レクオンがいうと、一人、また一人と好奇心に駆られた者が集まって行く。だがサントスは動けなかった。自分と似た字を書く者がいるようにと、祈ることしか出来ない。
だが祈りは虚しく、オーランドが高らかに言った。
「手紙に書かれたWとDはかなり特徴的ですな。Wは左側の三角が大きめだし、Dは下のほうが膨れている。この字ならサインの中にあるのでは?」
「――あ、このサインは似ているな」
「これか……」
一人が気づくと、他の人間も気づいたようだ。議場はしんと静まり返り、サントスのほうへ皆の視線が集まる。
「筆跡鑑定の結果も出ている。ラサロ陛下に鑑定士を紹介してもらったが、手紙の字とサントスの字は同一であると結果が出た。念のためラトヴィアでも鑑定を行ったが、同じ結果になった。国内の鑑定士は当てにならないから、別の国で鑑定したんだ」
国内の鑑定士はダゥゼン公爵を恐れるあまり、嘘の鑑定結果を出す可能性がある。信頼性を高めるためにも、別々の国でふたつの鑑定結果がほしかった。
だからレクオンはマシュウに指示して、サインする紙の下に複写できる特殊な紙を仕込んでおいたのだ。そして一枚はレクオンがギルートに持ち込み、もう一枚はマリベルがラトヴィアで鑑定した。
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