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65 断罪2
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そのとき、議場の扉が開いて一人の女性が入ってきた。女性はおどおどしながら議長席へ歩き、レクオンの隣に立つ。
「この者は母の侍女をしていたアルマという。アルマ、この手紙はいつ届けられたものだ?」
「あの……エイメルダ様が亡くなった日でございます。私は部屋を少し離れていたのですが、その間に誰かが手紙をドアの隙間から投げ入れたみたいで……。私が部屋に戻ったときには、すでにエイメルダ様が身投げされた後でございました」
「つまり、手紙を見たことによってエイメルダ妃は身投げした――そういう事ですね?」
「はい」
マシュウの問いかけにアルマが頷くと、イザイアスが勢いよく立ち上がった。
「なんだと!? サントスよ、そなたは余にエイメルダは事故で死んだのだと説明したではないか! あれは嘘だったのか? おまえが書いた手紙のせいで、エイメルダは……!」
「……嘘ではありません。その侍女の記憶は確かですか? 手紙が届いた日とエイメルダ妃が亡くなった日は、本当に同じだったのか――」
「そういえば伯父上は、僕が子供のころから字を書かなくなりましたね。なぜですか?」
マシュウの声は穏やかで、伯父を責める響きはなかった。ただ純粋な疑問をぶつけているだけだ。ぐっと言葉に詰まったサントスの周囲で誰かがぼそりとつぶやく。
「確かにそうだったな……」
「閣下が側近に字を書かせるようになったのはいつだったか……マシュウ殿下が六つか七つの頃か?」
「だいたい11年前だろうな」
もはやサントスの味方は誰もいなかった。配下の者たちでさえ、サントスが書いた手紙のせいでエイメルダが死んだのだと認識している。
「サントス、説明しろ。なぜ11年前から字を書かなくなったんだ? おまえは知っていたんだろう――自分が書いた手紙によって、母上が死んだことを。自分の罪が暴かれるのを恐れて、字を書かなくなったんだろう!」
(ここまでか……)
レクオンの厳しい詰問に答えることができず、サントスは天を向いて息を吐き出した。吐息と一緒に体から力まで抜けていくようだ。隣ではシェリアンヌが「お父様、お父様」と必死にサントスの袖を引いている。独り言のように、勝手に口が動いた。
「まさか死ぬとは思わなかったんだ……。ただレクオン殿下を連れて王宮から出てくれたら、それで良かった……」
「だからなんだ。死なせるつもりはなかったから、自分に罪は無いとでもいう気か? おまえが書いた手紙を読んだせいで、母上は……自分は要らない人間だと思い込み、絶望して死んだんだ! 俺は絶対におまえを許さない」
「――余もレクオンと同じ気持ちだ」
イザイアスの声は、誰もが驚くほど凄まじい怒気に満ちていた。サントスでさえ国王のこんな声を聞くのは初めてだ。イザイアスは段上からサントスに向かって射殺すような視線を向けている。彼がサントスを憎んでいるのは明らかだった。
「サントスよ、最後の命令だ。宰相の任を解き、爵位と領地を没収する。平民となって静かな余生を過ごすがいい」
貴族にとって爵位と領地を失うのは社会的な死と同義である。イザイアスは私に死ねと命じている――サントスは愕然とした。
(もう少しで、全てが手に入ったのに……)
ダゥゼン公爵家は祖父の代で大きく傾き、父とサントスで必死に立て直してきた。無理がたたって父は早くに亡くなり、サントスはわずか15歳で当主となったのだ。年若い彼を軽んじる貴族は多く、辛酸を舐めることも多かった。
とにかく家を大きくしよう、誰にも馬鹿にされないぐらい立派になってみせよう――それだけが望みだったが、いつしか善悪の区別さえ曖昧になっていたらしい。
「私は……失礼させていただく……」
サントスはのろのろと立ち上がり、議場の出口へ向かった。騎士に囲まれて退場する父の姿に、シェリアンヌは口をあわあわと動かしている。
「えっ、ちょっと……お父様ぁ!」
「あ、そうだ。僕からも一ついいですか?」
場の空気を読まないのんびりした声だった。こいつは本当に馬鹿だわ――シェリアンヌはイライラしながら婚約者を睨みつける。お父様がいつも馬鹿だ、馬鹿だと言っていたけれど、ここまでひどいなんて。
「僕はシェリアンヌとの婚約を破棄します。その責任をとって、王太子の座から退きます」
「はぁあ!?」
「おい、マシュウ―――いてっ!」
マシュウは何か言いかけた兄のわき腹に肘鉄を食らわせ、強制的に黙らせた。腹に手を当てて呻くレクオンを押しのけ、シェリアンヌがずかずかと議長席へやって来る。
「この恥知らず! ダゥゼン公爵家のお陰で王太子になれたくせに、婚約を破棄するだなんて……わたくしに失礼だと思わないの!?」
「あなたはもう公爵令嬢じゃないでしょう。それに僕だって、兄上のように好きな人を妻にしたいんですよね。他の貴族に頭を下げて、嫁がせてくれと頼んだらどうですか?」
つまりシェリアンヌのことは好きではないわけだ。それもそうか――マシュウの言葉に貴族たちは深く頷いたが、シェリアンヌがぎろりと彼らを睨んだ瞬間さっと顔を背けた。
シェリアンヌの我が儘ぶりは国中に知れ渡っているので、彼女に嫁いでほしいと望む貴族など一人もいない。大事な息子を傷物にするようなものである。
誰もかれも自分から目をそむけるので、シェリアンヌの顔は屈辱で真っ赤に染まった。
「そんなのっ……そんなの絶対に許さないわ! わたくしが王太子妃になるのは、生まれた瞬間から決まっていたことなのよ! たとえ誰が反対しても、わたくしは王太子妃になるんだから!!」
「あっ――シェリアンヌ!」
「出口を閉鎖しろ!」
シェリアンヌは貴族たちの群れから飛び出し、扉に向かって駆け出した。レクオンは彼女を逃がさないために叫んだが、貴婦人に対する礼儀を叩き込まれた騎士たちは咄嗟に動くことができず、シェリアンヌは議場から出てしまう。
「この者は母の侍女をしていたアルマという。アルマ、この手紙はいつ届けられたものだ?」
「あの……エイメルダ様が亡くなった日でございます。私は部屋を少し離れていたのですが、その間に誰かが手紙をドアの隙間から投げ入れたみたいで……。私が部屋に戻ったときには、すでにエイメルダ様が身投げされた後でございました」
「つまり、手紙を見たことによってエイメルダ妃は身投げした――そういう事ですね?」
「はい」
マシュウの問いかけにアルマが頷くと、イザイアスが勢いよく立ち上がった。
「なんだと!? サントスよ、そなたは余にエイメルダは事故で死んだのだと説明したではないか! あれは嘘だったのか? おまえが書いた手紙のせいで、エイメルダは……!」
「……嘘ではありません。その侍女の記憶は確かですか? 手紙が届いた日とエイメルダ妃が亡くなった日は、本当に同じだったのか――」
「そういえば伯父上は、僕が子供のころから字を書かなくなりましたね。なぜですか?」
マシュウの声は穏やかで、伯父を責める響きはなかった。ただ純粋な疑問をぶつけているだけだ。ぐっと言葉に詰まったサントスの周囲で誰かがぼそりとつぶやく。
「確かにそうだったな……」
「閣下が側近に字を書かせるようになったのはいつだったか……マシュウ殿下が六つか七つの頃か?」
「だいたい11年前だろうな」
もはやサントスの味方は誰もいなかった。配下の者たちでさえ、サントスが書いた手紙のせいでエイメルダが死んだのだと認識している。
「サントス、説明しろ。なぜ11年前から字を書かなくなったんだ? おまえは知っていたんだろう――自分が書いた手紙によって、母上が死んだことを。自分の罪が暴かれるのを恐れて、字を書かなくなったんだろう!」
(ここまでか……)
レクオンの厳しい詰問に答えることができず、サントスは天を向いて息を吐き出した。吐息と一緒に体から力まで抜けていくようだ。隣ではシェリアンヌが「お父様、お父様」と必死にサントスの袖を引いている。独り言のように、勝手に口が動いた。
「まさか死ぬとは思わなかったんだ……。ただレクオン殿下を連れて王宮から出てくれたら、それで良かった……」
「だからなんだ。死なせるつもりはなかったから、自分に罪は無いとでもいう気か? おまえが書いた手紙を読んだせいで、母上は……自分は要らない人間だと思い込み、絶望して死んだんだ! 俺は絶対におまえを許さない」
「――余もレクオンと同じ気持ちだ」
イザイアスの声は、誰もが驚くほど凄まじい怒気に満ちていた。サントスでさえ国王のこんな声を聞くのは初めてだ。イザイアスは段上からサントスに向かって射殺すような視線を向けている。彼がサントスを憎んでいるのは明らかだった。
「サントスよ、最後の命令だ。宰相の任を解き、爵位と領地を没収する。平民となって静かな余生を過ごすがいい」
貴族にとって爵位と領地を失うのは社会的な死と同義である。イザイアスは私に死ねと命じている――サントスは愕然とした。
(もう少しで、全てが手に入ったのに……)
ダゥゼン公爵家は祖父の代で大きく傾き、父とサントスで必死に立て直してきた。無理がたたって父は早くに亡くなり、サントスはわずか15歳で当主となったのだ。年若い彼を軽んじる貴族は多く、辛酸を舐めることも多かった。
とにかく家を大きくしよう、誰にも馬鹿にされないぐらい立派になってみせよう――それだけが望みだったが、いつしか善悪の区別さえ曖昧になっていたらしい。
「私は……失礼させていただく……」
サントスはのろのろと立ち上がり、議場の出口へ向かった。騎士に囲まれて退場する父の姿に、シェリアンヌは口をあわあわと動かしている。
「えっ、ちょっと……お父様ぁ!」
「あ、そうだ。僕からも一ついいですか?」
場の空気を読まないのんびりした声だった。こいつは本当に馬鹿だわ――シェリアンヌはイライラしながら婚約者を睨みつける。お父様がいつも馬鹿だ、馬鹿だと言っていたけれど、ここまでひどいなんて。
「僕はシェリアンヌとの婚約を破棄します。その責任をとって、王太子の座から退きます」
「はぁあ!?」
「おい、マシュウ―――いてっ!」
マシュウは何か言いかけた兄のわき腹に肘鉄を食らわせ、強制的に黙らせた。腹に手を当てて呻くレクオンを押しのけ、シェリアンヌがずかずかと議長席へやって来る。
「この恥知らず! ダゥゼン公爵家のお陰で王太子になれたくせに、婚約を破棄するだなんて……わたくしに失礼だと思わないの!?」
「あなたはもう公爵令嬢じゃないでしょう。それに僕だって、兄上のように好きな人を妻にしたいんですよね。他の貴族に頭を下げて、嫁がせてくれと頼んだらどうですか?」
つまりシェリアンヌのことは好きではないわけだ。それもそうか――マシュウの言葉に貴族たちは深く頷いたが、シェリアンヌがぎろりと彼らを睨んだ瞬間さっと顔を背けた。
シェリアンヌの我が儘ぶりは国中に知れ渡っているので、彼女に嫁いでほしいと望む貴族など一人もいない。大事な息子を傷物にするようなものである。
誰もかれも自分から目をそむけるので、シェリアンヌの顔は屈辱で真っ赤に染まった。
「そんなのっ……そんなの絶対に許さないわ! わたくしが王太子妃になるのは、生まれた瞬間から決まっていたことなのよ! たとえ誰が反対しても、わたくしは王太子妃になるんだから!!」
「あっ――シェリアンヌ!」
「出口を閉鎖しろ!」
シェリアンヌは貴族たちの群れから飛び出し、扉に向かって駆け出した。レクオンは彼女を逃がさないために叫んだが、貴婦人に対する礼儀を叩き込まれた騎士たちは咄嗟に動くことができず、シェリアンヌは議場から出てしまう。
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