転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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夜、レオ様と紅茶とノート

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仕事を終えて電車を降りる頃には、空はすっかり夜の色をしていた。  
商店街のネオンがぼんやりと照らすアスファルトの道を、天満悠翔は人波から一歩引いたような歩幅で進んでいく。どこにも寄り道をせず、コンビニにすら立ち寄らず、まっすぐ自分のアパートへ向かうこの時間が、彼にとっては一番安心できる瞬間だった。

一K、八帖、角部屋。築年数は古いが、掃除は行き届いている。部屋の鍵を回して扉を開けると、ほんのわずかに芳香剤のラベンダーの香りが鼻をかすめた。無意識のうちに深呼吸しながら、玄関の照明を点ける。

まず最初にすることは、スーツを脱ぐことだった。コートをかけ、ネクタイを緩め、ジャケットを丁寧にハンガーへ。シャツのボタンを外しながら、やっと一日分の緊張が抜けていくのを感じた。その後、柔らかいフリース素材の上下に着替え、足元にはもこもこのルームスリッパ。

寒さはもう冬の入り口に差しかかっていた。エアコンを最弱でつけ、窓を少しだけ開けて外の空気を入れる。音のない夜だった。

電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。その間に、キッチンの戸棚から紅茶のティーバッグを取り出す。ベルガモットの香りがする少し高級なタイプ。給料日にまとめ買いしておいたものの一つだ。

湯が沸くまでの時間、彼は机の引き出しを開け、A5サイズのノートを取り出す。布貼りの表紙に、金のマスキングテープでラインがあしらわれ、中央には手書きのタイトル。

『黒星騎士団・尊死日誌』

紅茶を注いだマグカップを机に置き、蓋をして蒸らす。その間にノートの今日のページを開く。ゆっくりとボールペンを握りしめ、息を整える。

202X年 11月14日(火)

今日もレオ様の言葉に生かされた。

ページの左端に、そう丁寧に綴ると、あとは感情の流れに任せるようにペンが進んだ。

P.27の「この剣は、ただの道具じゃない」って台詞、  
今の自分の姿に向けて言われたみたいだった。

…それでも前を向く。  
この一言に何度助けられたか、もう数え切れない。

今日も、生き延びました。  
ありがとう、レオ様。

文字の並びはまっすぐだった。少し癖のある丸文字だが、どの行にも迷いがなかった。書くという行為そのものが祈りに似ていた。言葉にすることでしか、この想いを支えきれなかった。

文章を書き終えると、ノートの右下に、いつものようにレオ様の横顔を描き加える。特徴的な前髪の流れ、涼しげな瞳、真っ直ぐに引かれた鼻筋、そしてわずかに開いた口元。ボールペン一本で描く小さな肖像画は、すでに何十枚もこのノートに存在していた。

紅茶の香りがようやく立ち上ってきた。悠翔は蓋を外し、マグを両手で包み込むようにして口元へ運ぶ。温かさが指先から体内に染み込んでいく感覚に、ほっと息をつく。

この時間だけが、彼にとっての“自由”だった。誰にも遠慮せず、誰にも見せず、ただ自分だけの感情を正直に書ける場所。この部屋と、このノートの中だけが、本当の居場所だった。

今日も、また一歩レオ様に救われた。

仕事でちょっとしたミスをして、先輩に注意されたとき、ふと頭に浮かんだのが第7巻のあの台詞だった。

…「立ち止まってもいい。けれど、背を向けるな」

その言葉が胸に刺さり、顔を上げることができた。冷静を装っていたが、本当は動悸が激しく、手が震えていた。それでも、言葉が支えてくれたのだ。

レオ様は、彼にとって“救い”そのものだった。現実の誰かが与えてくれる共感や優しさよりも、ずっとまっすぐで、ブレないもの。そこに在るというだけで、世界の重力が少しだけ軽くなるような存在だった。

紅茶を飲み終えたマグをキッチンに戻し、湯を捨てる。洗い物は後回しでもよかったが、癖のようにすぐに洗ってしまう。きちんと乾かし、定位置に戻す。

ベッドに腰掛けると、スマホを取り出し、ロックを解除する。壁紙は変わらず、レオ様の笑顔。戦場で血に染まった剣を背に、それでも微笑むあの名シーンだった。

…もし、この人が本当にどこかにいたとしたら。

そんなことを思いながら、彼は画面を見つめる。

話がしてみたかった。  
名前を呼んでみたかった。  
…ありがとうって、伝えたかった。

その気持ちは、今日も変わらないままだった。

ベッドに潜り込む前に、ノートのページをぱたんと閉じた。金のテープが微かに光る。彼は照明を消し、静かに布団に体を預ける。

目を閉じても、瞼の裏にはレオ様の姿が浮かんでいた。

今日も一日、生き延びた。  
それだけで、十分だった。  
…そして、もしも。  
本当にもしも、あの人に会える日が来たなら。  

きっと、全てが変わってしまうだろうと思いながら、悠翔はゆっくりと眠りへ落ちていった。  
静かな夜だった。何も起こらないはずの、いつもの夜。  
ただ一つ違っていたのは、その“もしも”が、このあとすぐに現実になろうとしていたことだった。
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