14 / 67
「推しが“推しカプ”扱いされてた件」保健室逃走劇
しおりを挟む
保健室のドアを閉めた瞬間、外の喧騒がまるで別世界の音に思えた。光を通す白いカーテンが窓辺でふわりと揺れている。午後の陽射しは柔らかく、ベッドに差し込む光の線が、ただ静かだった。
「おかえり」
聞き慣れた声が、部屋の奥から聞こえた。
鶴見先生は、処置棚の前でハーブティーのカップを手にしていた。白衣の下に着ているゆったりとしたシャツが、ほんのり花の香りを連れてくる。
「顔、真っ青ってわけじゃないけど、目が泳いでる。どうする?寝転ぶ?」
悠翔は、うなずくだけで何も言えなかった。ベッドの端に腰を下ろし、背中を丸めた。何もかもが崩れそうで、けれど崩れるには少しだけ余裕があった。だから、こうして保健室までたどり着けた。
「ちょっと待ってて。まずはお冷やとチョコね。はい、うちの定番コース」
手渡されたのは、ひんやりしたタオルと、小さな包みに入ったミルクチョコレート。冷たさが額をじわりと冷やし、指先の震えが少しずつ落ち着いていく。
チョコを口に入れる。甘さが喉を通り過ぎるころ、ようやく言葉が漏れた。
「…自分が…“推されてる”って…なんか、ちがうんです」
鶴見先生は、すぐに何も言わなかった。カップを机に置き、少しだけ首をかしげる。
「ちがうって、何と?」
「…俺が、推す側だったから。レオ様って…あの、前世っていうか、あっちでは俺が、見てる側だったんです。推しがいて、だから毎日、生きてこれて…」
「うんうん」
「でも今、なんか、俺が“推されてる”みたいになってて、それも“推しカプ”で…。いやいやいや、だって、それは、ちがくて」
言いながら、頭がぐるぐる回った。言葉にすればするほど、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
「俺が、好きだったのは、あっちの…その、“キャラ”で…でも今、京橋くんが…いて、で、俺もそこにいて…」
鶴見先生は、うんうんと頷きながら、そっと悠翔の隣に座った。白衣がすれる音がして、先生はおもむろに胸ポケットから小さなパルスオキシメーターを取り出す。
「はいはい、指貸して。心拍数測っとくね」
「えっ?」
「尊死レベル、いまどれくらいか見ないと。ほら、これは学園標準だから」
「そんな基準ないですよ…!」
「あるのよ、うちには。尊死レベル:中、ってとこかな。脈は安定してるけど、顔がやや赤い。言葉も混線中。はい、要注意」
さらりと断言されて、悠翔は思わず笑ってしまいそうになった。だけど、笑えなかった。笑おうとしたら、何かがこぼれそうだった。
「…俺の役目って、推す側だったんです」
ぽつりと出た言葉に、先生は頷いた。
「うん。そうだったね。でもさ、推すってことは、相手を見てるってことでしょう?」
「…はい」
「じゃあ、推されるってことは?」
答えが出ない。出せない。喉の奥が詰まり、言葉にならなかった。
「見られてるんだよ、ちゃんと」
鶴見先生の声は、あくまで穏やかだった。
「天満くんが、どんなふうにノートを取るか、どんなふうに顔が赤くなるか、どうやって京橋くんを見てるか。全部、見てる人がいたってこと」
「でも、それって…」
「恥ずかしい?怖い?苦しい?」
悠翔は、こくんと頷いた。涙は出ないのに、まぶたの奥がじんとする。
「でも、私は思うよ。青春って、そうやってぶつけ合うもんだって」
「ぶつけ合う…」
「うん。あんたら、青春で悩むくらいなら、青春ぶつけ合いなさいよって、思うわけ」
タオルの冷たさが、少しずつ和らいできた。呼吸が、ほんの少しだけ深くなる。
「…俺、どうしたらいいんですか」
ようやく出た問いかけは、空気を切るような弱い声だった。
鶴見先生はしばらく考えるふりをして、それからいたずらっぽく笑った。
「まずは、推しが目の前にいるって現実を、しっかり受け止めることじゃない?」
「……無理です…」
「うん、無理って言う子に限って、一番先に気づいちゃうの。恋ってやつにね」
悠翔は、もう何も言えなかった。タオルを握りしめた手の中に、甘いチョコの香りがほんのりと残っていた。
まるで、それがこの部屋で許された唯一の逃げ場のように思えた。
「おかえり」
聞き慣れた声が、部屋の奥から聞こえた。
鶴見先生は、処置棚の前でハーブティーのカップを手にしていた。白衣の下に着ているゆったりとしたシャツが、ほんのり花の香りを連れてくる。
「顔、真っ青ってわけじゃないけど、目が泳いでる。どうする?寝転ぶ?」
悠翔は、うなずくだけで何も言えなかった。ベッドの端に腰を下ろし、背中を丸めた。何もかもが崩れそうで、けれど崩れるには少しだけ余裕があった。だから、こうして保健室までたどり着けた。
「ちょっと待ってて。まずはお冷やとチョコね。はい、うちの定番コース」
手渡されたのは、ひんやりしたタオルと、小さな包みに入ったミルクチョコレート。冷たさが額をじわりと冷やし、指先の震えが少しずつ落ち着いていく。
チョコを口に入れる。甘さが喉を通り過ぎるころ、ようやく言葉が漏れた。
「…自分が…“推されてる”って…なんか、ちがうんです」
鶴見先生は、すぐに何も言わなかった。カップを机に置き、少しだけ首をかしげる。
「ちがうって、何と?」
「…俺が、推す側だったから。レオ様って…あの、前世っていうか、あっちでは俺が、見てる側だったんです。推しがいて、だから毎日、生きてこれて…」
「うんうん」
「でも今、なんか、俺が“推されてる”みたいになってて、それも“推しカプ”で…。いやいやいや、だって、それは、ちがくて」
言いながら、頭がぐるぐる回った。言葉にすればするほど、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
「俺が、好きだったのは、あっちの…その、“キャラ”で…でも今、京橋くんが…いて、で、俺もそこにいて…」
鶴見先生は、うんうんと頷きながら、そっと悠翔の隣に座った。白衣がすれる音がして、先生はおもむろに胸ポケットから小さなパルスオキシメーターを取り出す。
「はいはい、指貸して。心拍数測っとくね」
「えっ?」
「尊死レベル、いまどれくらいか見ないと。ほら、これは学園標準だから」
「そんな基準ないですよ…!」
「あるのよ、うちには。尊死レベル:中、ってとこかな。脈は安定してるけど、顔がやや赤い。言葉も混線中。はい、要注意」
さらりと断言されて、悠翔は思わず笑ってしまいそうになった。だけど、笑えなかった。笑おうとしたら、何かがこぼれそうだった。
「…俺の役目って、推す側だったんです」
ぽつりと出た言葉に、先生は頷いた。
「うん。そうだったね。でもさ、推すってことは、相手を見てるってことでしょう?」
「…はい」
「じゃあ、推されるってことは?」
答えが出ない。出せない。喉の奥が詰まり、言葉にならなかった。
「見られてるんだよ、ちゃんと」
鶴見先生の声は、あくまで穏やかだった。
「天満くんが、どんなふうにノートを取るか、どんなふうに顔が赤くなるか、どうやって京橋くんを見てるか。全部、見てる人がいたってこと」
「でも、それって…」
「恥ずかしい?怖い?苦しい?」
悠翔は、こくんと頷いた。涙は出ないのに、まぶたの奥がじんとする。
「でも、私は思うよ。青春って、そうやってぶつけ合うもんだって」
「ぶつけ合う…」
「うん。あんたら、青春で悩むくらいなら、青春ぶつけ合いなさいよって、思うわけ」
タオルの冷たさが、少しずつ和らいできた。呼吸が、ほんの少しだけ深くなる。
「…俺、どうしたらいいんですか」
ようやく出た問いかけは、空気を切るような弱い声だった。
鶴見先生はしばらく考えるふりをして、それからいたずらっぽく笑った。
「まずは、推しが目の前にいるって現実を、しっかり受け止めることじゃない?」
「……無理です…」
「うん、無理って言う子に限って、一番先に気づいちゃうの。恋ってやつにね」
悠翔は、もう何も言えなかった。タオルを握りしめた手の中に、甘いチョコの香りがほんのりと残っていた。
まるで、それがこの部屋で許された唯一の逃げ場のように思えた。
12
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる