転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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「推しが“推しカプ”扱いされてた件」保健室逃走劇

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保健室のドアを閉めた瞬間、外の喧騒がまるで別世界の音に思えた。光を通す白いカーテンが窓辺でふわりと揺れている。午後の陽射しは柔らかく、ベッドに差し込む光の線が、ただ静かだった。

「おかえり」

聞き慣れた声が、部屋の奥から聞こえた。

鶴見先生は、処置棚の前でハーブティーのカップを手にしていた。白衣の下に着ているゆったりとしたシャツが、ほんのり花の香りを連れてくる。

「顔、真っ青ってわけじゃないけど、目が泳いでる。どうする?寝転ぶ?」

悠翔は、うなずくだけで何も言えなかった。ベッドの端に腰を下ろし、背中を丸めた。何もかもが崩れそうで、けれど崩れるには少しだけ余裕があった。だから、こうして保健室までたどり着けた。

「ちょっと待ってて。まずはお冷やとチョコね。はい、うちの定番コース」

手渡されたのは、ひんやりしたタオルと、小さな包みに入ったミルクチョコレート。冷たさが額をじわりと冷やし、指先の震えが少しずつ落ち着いていく。

チョコを口に入れる。甘さが喉を通り過ぎるころ、ようやく言葉が漏れた。

「…自分が…“推されてる”って…なんか、ちがうんです」

鶴見先生は、すぐに何も言わなかった。カップを机に置き、少しだけ首をかしげる。

「ちがうって、何と?」

「…俺が、推す側だったから。レオ様って…あの、前世っていうか、あっちでは俺が、見てる側だったんです。推しがいて、だから毎日、生きてこれて…」

「うんうん」

「でも今、なんか、俺が“推されてる”みたいになってて、それも“推しカプ”で…。いやいやいや、だって、それは、ちがくて」

言いながら、頭がぐるぐる回った。言葉にすればするほど、自分でも何を言っているのかわからなくなる。

「俺が、好きだったのは、あっちの…その、“キャラ”で…でも今、京橋くんが…いて、で、俺もそこにいて…」

鶴見先生は、うんうんと頷きながら、そっと悠翔の隣に座った。白衣がすれる音がして、先生はおもむろに胸ポケットから小さなパルスオキシメーターを取り出す。

「はいはい、指貸して。心拍数測っとくね」

「えっ?」

「尊死レベル、いまどれくらいか見ないと。ほら、これは学園標準だから」

「そんな基準ないですよ…!」

「あるのよ、うちには。尊死レベル:中、ってとこかな。脈は安定してるけど、顔がやや赤い。言葉も混線中。はい、要注意」

さらりと断言されて、悠翔は思わず笑ってしまいそうになった。だけど、笑えなかった。笑おうとしたら、何かがこぼれそうだった。

「…俺の役目って、推す側だったんです」

ぽつりと出た言葉に、先生は頷いた。

「うん。そうだったね。でもさ、推すってことは、相手を見てるってことでしょう?」

「…はい」

「じゃあ、推されるってことは?」

答えが出ない。出せない。喉の奥が詰まり、言葉にならなかった。

「見られてるんだよ、ちゃんと」

鶴見先生の声は、あくまで穏やかだった。

「天満くんが、どんなふうにノートを取るか、どんなふうに顔が赤くなるか、どうやって京橋くんを見てるか。全部、見てる人がいたってこと」

「でも、それって…」

「恥ずかしい?怖い?苦しい?」

悠翔は、こくんと頷いた。涙は出ないのに、まぶたの奥がじんとする。

「でも、私は思うよ。青春って、そうやってぶつけ合うもんだって」

「ぶつけ合う…」

「うん。あんたら、青春で悩むくらいなら、青春ぶつけ合いなさいよって、思うわけ」

タオルの冷たさが、少しずつ和らいできた。呼吸が、ほんの少しだけ深くなる。

「…俺、どうしたらいいんですか」

ようやく出た問いかけは、空気を切るような弱い声だった。

鶴見先生はしばらく考えるふりをして、それからいたずらっぽく笑った。

「まずは、推しが目の前にいるって現実を、しっかり受け止めることじゃない?」

「……無理です…」

「うん、無理って言う子に限って、一番先に気づいちゃうの。恋ってやつにね」

悠翔は、もう何も言えなかった。タオルを握りしめた手の中に、甘いチョコの香りがほんのりと残っていた。  
まるで、それがこの部屋で許された唯一の逃げ場のように思えた。
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