15 / 67
詩を書いたら、少しだけ呼吸ができた
しおりを挟む
机の上に、ノートが開いたまま置かれていた。書きかけの文字が、ところどころに擦れている。シャーペンの芯が途中で折れ、指の力加減が不安定だったことを物語っていた。
天満悠翔は、何度目かの深呼吸をして、それからスマートフォンを手に取った。画面を開く指先が、ほんの少しだけ震えている。時間は、もうすぐ日付が変わろうとしていた。寝るには中途半端で、起きているには心が重すぎる、そんな時間帯。
ふと、ホーム画面の端にあるアイコンに視線が止まる。
「なにスタ」
浪速星学園の生徒たちの間で広く使われている非公式SNS。正式名称は「Naniwa Stars SNS」だが、誰もそうは呼ばない。あだ名のようにして「なにスタ」と定着していた。生徒同士が匿名で感情や創作、観察記録などを投稿するこの空間は、いわば現代の部活裏ノートであり、恋バナ掲示板であり、詩集でもあった。
阿波座が言っていた。
「感情、ネットに書き捨ててからが本番よ」
その言葉が、何度も頭の中でリピートされていた。書き捨てる。自分の内側にこもるものを、誰にも向けず、誰にも明かさず、ただそこに置いていくこと。届かなくてもいい。誰かに読まれなくてもいい。ただ、自分のために書くこと。
そのつもりだった。だったのに、指が進まない。
画面を開いて、ログイン。新規投稿の欄にカーソルを合わせたところで、思わず深呼吸をした。名前を聞かれる。投稿者名。
しばらく迷った末に、ひとつの言葉を打ち込む。
「星屑の騎士」
心のどこかにずっとあった言葉。レオ様の存在と重ねながら、自分自身を見失わないようにするための仮の名だった。
投稿欄に、詩のような言葉を入力していく。思考を止めて、ただ感じたままに。誰にも届かなくても、これは自分の気持ちを、少しでも静かにしてくれるための儀式だった。
投稿文:
「推しに手が届く距離は、罪。
でも、声を聞いた瞬間、また好きになった自分がいる。
夢じゃない現実に、今日も苦しくなる。
でも、逃げたくない。
願わくば、この胸の痛みが、優しさでありますように」
投稿を終えると、心臓がひとつ大きく跳ねた。画面が一瞬白くなり、「投稿を受け付けました」の文字が表示される。それを確認してから、スマートフォンを伏せるようにして机の上に置いた。
何かが終わった気がした。いや、何かが始まってしまったのかもしれない。どちらにせよ、息を吸うのが少しだけ楽になった。ほんの少しだけ。
椅子にもたれかかり、天井を見上げる。部屋の照明は薄く落とされていて、天井の模様がぼんやりと浮かんでいる。昼間は、あんなに濃く胸を締めつけていた“好き”や“尊さ”の感情が、今はまるで湿った布のように静かに沈んでいた。
スマートフォンが震えた。画面をつけると、なにスタの通知が並んでいた。
「いいねがつきました」
「コメントがあります」
「フォローされました」
瞬間、胸がぎゅっと縮こまった。こんなにも早く、誰かが見たという事実に、身体が反応する。
誰にも見られない前提だったはずだった。なのに、誰かが見た。読んだ。何かを感じた。そして、反応を返してくれた。
怖い。けれど、それ以上に、驚いていた。
コメント欄を開いてみる。
「わかります、この感情。すごくきれいです」
「胸がぎゅっとしました。続きが読みたい」
「まさかの新人?文体が素敵です。タグ追います」
言葉のひとつひとつが、どこか遠くの世界から届いた手紙のように感じられた。匿名で書いたはずの言葉に、こんなにも真剣に返事がくるなんて、思ってもみなかった。
不思議だった。
自分の中の、ぐちゃぐちゃになった感情たちが、たった数行の文章で誰かと共有される。それによって、少しだけ、形が与えられていく。
誰にも知られず、誰にも届かなくていいと思っていた言葉が、こうして他人の心に何かを残すことがあるのなら。
もしかして、書くことって、ひとりになるためじゃなくて、誰かと繋がるためにあるのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えた。
机の上のノートが、静かにページをめくった。外から風が吹いたわけでもないのに、何かが変わったような気がした。
心の中で、誰にも届かないと思っていた“想い”が、たしかに息をしていた。そう思えただけで、今日という一日が、少しだけ意味を持った気がした。
天満悠翔は、何度目かの深呼吸をして、それからスマートフォンを手に取った。画面を開く指先が、ほんの少しだけ震えている。時間は、もうすぐ日付が変わろうとしていた。寝るには中途半端で、起きているには心が重すぎる、そんな時間帯。
ふと、ホーム画面の端にあるアイコンに視線が止まる。
「なにスタ」
浪速星学園の生徒たちの間で広く使われている非公式SNS。正式名称は「Naniwa Stars SNS」だが、誰もそうは呼ばない。あだ名のようにして「なにスタ」と定着していた。生徒同士が匿名で感情や創作、観察記録などを投稿するこの空間は、いわば現代の部活裏ノートであり、恋バナ掲示板であり、詩集でもあった。
阿波座が言っていた。
「感情、ネットに書き捨ててからが本番よ」
その言葉が、何度も頭の中でリピートされていた。書き捨てる。自分の内側にこもるものを、誰にも向けず、誰にも明かさず、ただそこに置いていくこと。届かなくてもいい。誰かに読まれなくてもいい。ただ、自分のために書くこと。
そのつもりだった。だったのに、指が進まない。
画面を開いて、ログイン。新規投稿の欄にカーソルを合わせたところで、思わず深呼吸をした。名前を聞かれる。投稿者名。
しばらく迷った末に、ひとつの言葉を打ち込む。
「星屑の騎士」
心のどこかにずっとあった言葉。レオ様の存在と重ねながら、自分自身を見失わないようにするための仮の名だった。
投稿欄に、詩のような言葉を入力していく。思考を止めて、ただ感じたままに。誰にも届かなくても、これは自分の気持ちを、少しでも静かにしてくれるための儀式だった。
投稿文:
「推しに手が届く距離は、罪。
でも、声を聞いた瞬間、また好きになった自分がいる。
夢じゃない現実に、今日も苦しくなる。
でも、逃げたくない。
願わくば、この胸の痛みが、優しさでありますように」
投稿を終えると、心臓がひとつ大きく跳ねた。画面が一瞬白くなり、「投稿を受け付けました」の文字が表示される。それを確認してから、スマートフォンを伏せるようにして机の上に置いた。
何かが終わった気がした。いや、何かが始まってしまったのかもしれない。どちらにせよ、息を吸うのが少しだけ楽になった。ほんの少しだけ。
椅子にもたれかかり、天井を見上げる。部屋の照明は薄く落とされていて、天井の模様がぼんやりと浮かんでいる。昼間は、あんなに濃く胸を締めつけていた“好き”や“尊さ”の感情が、今はまるで湿った布のように静かに沈んでいた。
スマートフォンが震えた。画面をつけると、なにスタの通知が並んでいた。
「いいねがつきました」
「コメントがあります」
「フォローされました」
瞬間、胸がぎゅっと縮こまった。こんなにも早く、誰かが見たという事実に、身体が反応する。
誰にも見られない前提だったはずだった。なのに、誰かが見た。読んだ。何かを感じた。そして、反応を返してくれた。
怖い。けれど、それ以上に、驚いていた。
コメント欄を開いてみる。
「わかります、この感情。すごくきれいです」
「胸がぎゅっとしました。続きが読みたい」
「まさかの新人?文体が素敵です。タグ追います」
言葉のひとつひとつが、どこか遠くの世界から届いた手紙のように感じられた。匿名で書いたはずの言葉に、こんなにも真剣に返事がくるなんて、思ってもみなかった。
不思議だった。
自分の中の、ぐちゃぐちゃになった感情たちが、たった数行の文章で誰かと共有される。それによって、少しだけ、形が与えられていく。
誰にも知られず、誰にも届かなくていいと思っていた言葉が、こうして他人の心に何かを残すことがあるのなら。
もしかして、書くことって、ひとりになるためじゃなくて、誰かと繋がるためにあるのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えた。
机の上のノートが、静かにページをめくった。外から風が吹いたわけでもないのに、何かが変わったような気がした。
心の中で、誰にも届かないと思っていた“想い”が、たしかに息をしていた。そう思えただけで、今日という一日が、少しだけ意味を持った気がした。
22
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる