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“書く”ことで、自分の気持ちに輪郭がつく
朝の教室には、窓から柔らかな光が差し込んでいた。新しい一日が始まったはずなのに、悠翔の胸の奥には、昨日投稿した数行のポエムがまだ重たく残っていた。
「星屑の騎士」。誰にも知られずに投げ込んだはずの名前。その言葉が、まさか自分の教室内で、声に出して語られるとは思ってもみなかった。
阿波座玲奈は、静かにスマートフォンを操作しながらつぶやいた。
「星屑の騎士って、昨日の夜に上がってたあの投稿、見た?」
昭和町紬が、隣でうんうんと頷いている。
「見た見た。あの詩、すごく刺さった。なんか…恋ってこういう苦しさかもって思った」
悠翔は、席に座ったままノートを開いて、無言を貫いていた。けれど、心の中では警報が鳴っていた。
やばい。やばい。ばれてないよな。いや、まさか。いやでも、あの表現、ちょっとクセがあったかも…?
目はノートの罫線を追っているのに、頭の中では昨晩の言葉たちが再生され続けていた。あの投稿は、あくまで“匿名”で、“誰にも見られない前提”で書いたものだ。それでも、反応が返ってきたことがうれしかった。うれしかったけれど、それがこうしてクラスの会話の中で語られると、体が硬直する。
「この人、文章の温度が“ガチ”なんだよね」
阿波座の声は相変わらず淡々としていたが、だからこそ余計に言葉の鋭さが刺さる。悠翔は、シャーペンを持つ手に力を込めた。鉛筆の芯がミシッと音を立てる。
「うん……読むと、なんか胸がぎゅってなる。しかも、“距離感が罪”って言い回しがもう…」
紬の言葉に、悠翔の耳がカッと熱くなる。誰もこちらを見ていないはずなのに、まるで全身にスポットライトを浴びているような気がした。椅子の背もたれが妙に硬く感じられる。
心の中で、必死に否定しようとする。
いや、違う。これは“推し”だから。俺はただ、尊いって思っただけで、恋とかじゃなくて…尊さだから。尊さで生きてきたから。恋とかじゃ、ない。
でも、次の瞬間、頭の中の声がぐらついた。
「……いや、でも、“恋ってこういう苦しさ”って、言われたら、そうかもって思ったんだよな……」
「え、俺、恋してる?」
問いが浮かぶ。すぐさま否定が追いかける。
「違う、違うって。俺は、“推してる”だけ。恋とか、そんなんじゃない」
けれど、その次の瞬間には、全否定の声が弱くなる。
「いや、でも、“好き”って、こういうこと……?」
思考が止まらない。言葉がどんどん自分の中で暴れていく。ノートの罫線がぐにゃりと歪んで見えた。ペン先が震え、もはや何を書いているのかもわからなかった。
気づけば、身体が熱を帯びていた。首筋がじんわりと汗ばんでいて、呼吸がうまくできない。心臓の鼓動が、自分の意思とは無関係に速まっていく。
逃げなきゃ。今すぐ、どこかへ。
悠翔はノートを閉じると、誰にも何も言わずに教室を出た。椅子の音すら聞こえなかった。世界の音が、すべて遠くなった気がした。
廊下を歩きながら、自分の足音だけが耳に残る。喉が詰まって、深く息を吸おうとしても、肺の奥に空気が入ってこない。心のどこかで、また“あの場所”に向かっていることを悟っていた。
保健室のドアが見えると、少しだけ呼吸が落ち着く。いつものように、何も言わずにノックをして、静かに中へ入った。
鶴見先生は、処置棚のあたりで書類を整理していた。顔を上げて悠翔を見るなり、くすっと笑った。
「また来たのね。今日は“尊死レベル”どれくらい?」
悠翔は、息も絶え絶えの声で答えた。
「……レベル…高、です……たぶん…“恋かも疑惑”まできました……」
「はは、いいわね、それ。じゃあ、測定モード入るわよ」
鶴見先生は、タオルとチョコを用意しながら、まるでそれが日常のルーティンであるかのように微笑んだ。
その笑顔が、ほんの少しだけ、悠翔の混乱した心を癒してくれた。
誰にも届かないと思っていた言葉が、誰かに届き、共感されて、そして…揺らされて。
たしかに、悠翔の中で何かが変わり始めていた。名前のつけられない感情に、輪郭がついていく。
それは、まだ“恋”と呼ぶには未完成なものだったけれど、確かに、動き出していた。
「星屑の騎士」。誰にも知られずに投げ込んだはずの名前。その言葉が、まさか自分の教室内で、声に出して語られるとは思ってもみなかった。
阿波座玲奈は、静かにスマートフォンを操作しながらつぶやいた。
「星屑の騎士って、昨日の夜に上がってたあの投稿、見た?」
昭和町紬が、隣でうんうんと頷いている。
「見た見た。あの詩、すごく刺さった。なんか…恋ってこういう苦しさかもって思った」
悠翔は、席に座ったままノートを開いて、無言を貫いていた。けれど、心の中では警報が鳴っていた。
やばい。やばい。ばれてないよな。いや、まさか。いやでも、あの表現、ちょっとクセがあったかも…?
目はノートの罫線を追っているのに、頭の中では昨晩の言葉たちが再生され続けていた。あの投稿は、あくまで“匿名”で、“誰にも見られない前提”で書いたものだ。それでも、反応が返ってきたことがうれしかった。うれしかったけれど、それがこうしてクラスの会話の中で語られると、体が硬直する。
「この人、文章の温度が“ガチ”なんだよね」
阿波座の声は相変わらず淡々としていたが、だからこそ余計に言葉の鋭さが刺さる。悠翔は、シャーペンを持つ手に力を込めた。鉛筆の芯がミシッと音を立てる。
「うん……読むと、なんか胸がぎゅってなる。しかも、“距離感が罪”って言い回しがもう…」
紬の言葉に、悠翔の耳がカッと熱くなる。誰もこちらを見ていないはずなのに、まるで全身にスポットライトを浴びているような気がした。椅子の背もたれが妙に硬く感じられる。
心の中で、必死に否定しようとする。
いや、違う。これは“推し”だから。俺はただ、尊いって思っただけで、恋とかじゃなくて…尊さだから。尊さで生きてきたから。恋とかじゃ、ない。
でも、次の瞬間、頭の中の声がぐらついた。
「……いや、でも、“恋ってこういう苦しさ”って、言われたら、そうかもって思ったんだよな……」
「え、俺、恋してる?」
問いが浮かぶ。すぐさま否定が追いかける。
「違う、違うって。俺は、“推してる”だけ。恋とか、そんなんじゃない」
けれど、その次の瞬間には、全否定の声が弱くなる。
「いや、でも、“好き”って、こういうこと……?」
思考が止まらない。言葉がどんどん自分の中で暴れていく。ノートの罫線がぐにゃりと歪んで見えた。ペン先が震え、もはや何を書いているのかもわからなかった。
気づけば、身体が熱を帯びていた。首筋がじんわりと汗ばんでいて、呼吸がうまくできない。心臓の鼓動が、自分の意思とは無関係に速まっていく。
逃げなきゃ。今すぐ、どこかへ。
悠翔はノートを閉じると、誰にも何も言わずに教室を出た。椅子の音すら聞こえなかった。世界の音が、すべて遠くなった気がした。
廊下を歩きながら、自分の足音だけが耳に残る。喉が詰まって、深く息を吸おうとしても、肺の奥に空気が入ってこない。心のどこかで、また“あの場所”に向かっていることを悟っていた。
保健室のドアが見えると、少しだけ呼吸が落ち着く。いつものように、何も言わずにノックをして、静かに中へ入った。
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「また来たのね。今日は“尊死レベル”どれくらい?」
悠翔は、息も絶え絶えの声で答えた。
「……レベル…高、です……たぶん…“恋かも疑惑”まできました……」
「はは、いいわね、それ。じゃあ、測定モード入るわよ」
鶴見先生は、タオルとチョコを用意しながら、まるでそれが日常のルーティンであるかのように微笑んだ。
その笑顔が、ほんの少しだけ、悠翔の混乱した心を癒してくれた。
誰にも届かないと思っていた言葉が、誰かに届き、共感されて、そして…揺らされて。
たしかに、悠翔の中で何かが変わり始めていた。名前のつけられない感情に、輪郭がついていく。
それは、まだ“恋”と呼ぶには未完成なものだったけれど、確かに、動き出していた。
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