転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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詩を書いたら、少しだけ呼吸ができた

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机の上に、ノートが開いたまま置かれていた。書きかけの文字が、ところどころに擦れている。シャーペンの芯が途中で折れ、指の力加減が不安定だったことを物語っていた。

天満悠翔は、何度目かの深呼吸をして、それからスマートフォンを手に取った。画面を開く指先が、ほんの少しだけ震えている。時間は、もうすぐ日付が変わろうとしていた。寝るには中途半端で、起きているには心が重すぎる、そんな時間帯。

ふと、ホーム画面の端にあるアイコンに視線が止まる。

「なにスタ」

浪速星学園の生徒たちの間で広く使われている非公式SNS。正式名称は「Naniwa Stars SNS」だが、誰もそうは呼ばない。あだ名のようにして「なにスタ」と定着していた。生徒同士が匿名で感情や創作、観察記録などを投稿するこの空間は、いわば現代の部活裏ノートであり、恋バナ掲示板であり、詩集でもあった。

阿波座が言っていた。

「感情、ネットに書き捨ててからが本番よ」

その言葉が、何度も頭の中でリピートされていた。書き捨てる。自分の内側にこもるものを、誰にも向けず、誰にも明かさず、ただそこに置いていくこと。届かなくてもいい。誰かに読まれなくてもいい。ただ、自分のために書くこと。

そのつもりだった。だったのに、指が進まない。

画面を開いて、ログイン。新規投稿の欄にカーソルを合わせたところで、思わず深呼吸をした。名前を聞かれる。投稿者名。

しばらく迷った末に、ひとつの言葉を打ち込む。

「星屑の騎士」

心のどこかにずっとあった言葉。レオ様の存在と重ねながら、自分自身を見失わないようにするための仮の名だった。

投稿欄に、詩のような言葉を入力していく。思考を止めて、ただ感じたままに。誰にも届かなくても、これは自分の気持ちを、少しでも静かにしてくれるための儀式だった。

投稿文:

「推しに手が届く距離は、罪。  
でも、声を聞いた瞬間、また好きになった自分がいる。  
夢じゃない現実に、今日も苦しくなる。  
でも、逃げたくない。  
願わくば、この胸の痛みが、優しさでありますように」

投稿を終えると、心臓がひとつ大きく跳ねた。画面が一瞬白くなり、「投稿を受け付けました」の文字が表示される。それを確認してから、スマートフォンを伏せるようにして机の上に置いた。

何かが終わった気がした。いや、何かが始まってしまったのかもしれない。どちらにせよ、息を吸うのが少しだけ楽になった。ほんの少しだけ。

椅子にもたれかかり、天井を見上げる。部屋の照明は薄く落とされていて、天井の模様がぼんやりと浮かんでいる。昼間は、あんなに濃く胸を締めつけていた“好き”や“尊さ”の感情が、今はまるで湿った布のように静かに沈んでいた。

スマートフォンが震えた。画面をつけると、なにスタの通知が並んでいた。

「いいねがつきました」  
「コメントがあります」  
「フォローされました」

瞬間、胸がぎゅっと縮こまった。こんなにも早く、誰かが見たという事実に、身体が反応する。

誰にも見られない前提だったはずだった。なのに、誰かが見た。読んだ。何かを感じた。そして、反応を返してくれた。

怖い。けれど、それ以上に、驚いていた。

コメント欄を開いてみる。

「わかります、この感情。すごくきれいです」  
「胸がぎゅっとしました。続きが読みたい」  
「まさかの新人?文体が素敵です。タグ追います」

言葉のひとつひとつが、どこか遠くの世界から届いた手紙のように感じられた。匿名で書いたはずの言葉に、こんなにも真剣に返事がくるなんて、思ってもみなかった。

不思議だった。

自分の中の、ぐちゃぐちゃになった感情たちが、たった数行の文章で誰かと共有される。それによって、少しだけ、形が与えられていく。

誰にも知られず、誰にも届かなくていいと思っていた言葉が、こうして他人の心に何かを残すことがあるのなら。

もしかして、書くことって、ひとりになるためじゃなくて、誰かと繋がるためにあるのかもしれない。

そんなことを、ぼんやりと考えた。

机の上のノートが、静かにページをめくった。外から風が吹いたわけでもないのに、何かが変わったような気がした。

心の中で、誰にも届かないと思っていた“想い”が、たしかに息をしていた。そう思えただけで、今日という一日が、少しだけ意味を持った気がした。
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