転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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図書室、ふたりきりの“学習時間”

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放課後の図書室は、静寂そのものだった。重たい扉の開閉音を最後に、生徒たちの声も、窓の外の騒がしさも遠のいて、今はただページをめくる音と、時おり誰かが咳払いする気配だけが漂っている。

窓際の席にふたり分の教科書とノートが広げられ、そのうちの一冊にペンを走らせていたのは天満悠翔だった。隣には、京橋蒼真。

バディ制度のもとで一緒に取り組むことになった課題は、英語の読解。プリントの設問は、二人一組で意見を出し合って答えるようにと指示されている。形式としてはただの学習活動なのに、悠翔の心拍数は最初から非常事態レベルで鳴り響いていた。

「ここの設問……これ、“might”の使い方が問われてるんじゃないかな」

京橋がそう言って、悠翔のノートを覗き込んでくる。

その動作はごく自然だった。けれど、その“自然”さが恐ろしかった。

息が止まった。

文字通り、止まった。

机の上に並んだふたりのノート。その間にある距離は、もはや空白と言っていい。京橋の肩が悠翔の腕に軽く触れそうなほど近くて、息遣いが肌に触れるような錯覚にさえ陥る。

悠翔は、自分の手元を見つめたまま、体を固めていた。動かそうとすると、どこかで何かが壊れてしまいそうなほど緊張していた。

京橋の制服の襟元は、やはり乱れひとつない。シャツのボタンもきっちり閉じられていて、細部にまで手を抜かない美意識がそこにある。その真面目さが、さらに悠翔の心を混乱させる。

「ここ、こういう風に書き直したら、もっと自然になるかも」

京橋が、自分の指を悠翔のノートの一文に添える。その指先は長く、爪の形さえ整っていて、思わず目を奪われる。

「……っ」

顔が一気に熱くなるのを感じた。耳の裏まで真っ赤になっているだろうことが、自分でもわかる。

「この近さは無理。酸素足りない。尊死アラート鳴ってる…!」

心の中で警報が鳴り続ける。だが体は動かない。逃げたくても、この場を離れたくても、息を吸えば彼の気配が胸の奥に届いてしまいそうで、それすらできなかった。

京橋は気づかずに、さらりと笑った。

「悠翔くんって、字がきれいなんだね」

「……えっ」

驚いて顔を向けたその瞬間、至近距離で視線が交差する。思わず息を呑んだ。

瞳の奥に自分が映っていた。鏡でもカメラでもなく、誰かの“目”の中に自分が確かに存在している。その事実が、悠翔の胸を強く打った。

ノートを閉じる。反射的に、動いてしまった。

「ご、ごめん、ちょっと……集中、できなくて」

声が震えていた。ごまかすように、手元のプリントをぐしゃっとまとめて端に寄せる。けれどその行動自体が、かえって自分の狼狽を露呈してしまうようで、余計に苦しくなった。

京橋は、特に咎める様子もなく、優しく笑った。

「無理しなくていいよ。休憩する?」

その言葉に、悠翔はまた心を乱された。

優しすぎる。近すぎる。完璧すぎる。

「こんなはずじゃなかった。  
この人は、俺の“推し”だったはず。  
画面の向こうで眺めていればよかった。  
想像の中でなら、何度だって尊死して構わなかった」

けれど今、隣に座って、自分の名前を呼んで、同じノートを見ている“京橋蒼真”という存在は、まぎれもない現実だった。

幻想ではない。空想でもない。

彼は、ここにいる。

悠翔は、ゆっくりと頷いた。

「うん、ちょっとだけ……休憩、したいかも」

そして、机に伏せた。顔を見せられなかった。目が合ってしまったら、またあの優しさに飲み込まれてしまいそうで。

視線の先には、まだ開きかけたままのノートと、二人分の文字が並ぶページ。

そこには、かつての“推し”とは別の物語が、少しずつ書き加えられようとしていた。

現実の、たったひとりの“彼”と、自分の間にしかない物語。

それがまだ、どんな結末を迎えるのかは、わからなかった。
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