転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

文字の大きさ
31 / 67

夜、ノートにこぼれる新しい感情

しおりを挟む
部屋のカーテンを閉め切ったまま、夜の空気が静かに部屋を満たしている。机の上には白いデスクライトの光が、ぽつりと小さな世界を照らしていた。天満悠翔は、その光の中でオタノートを開いていた。

金のマスキングテープで飾られた表紙。「黒星騎士団・尊死日誌」。  
それは前世からの遺産のような存在で、彼のオタクとしての記憶と感情のすべてが詰め込まれている。

今日もそのページに、新たな一日を記録しようとペンを取った。これまでは自然な作業だった。  
“レオ様”のような言葉遣いで、彼の行動を尊く描き、現実にいない“推し”の幻影を、日々の観察から再構成していく作業。

だが、今日はペン先が紙の上で止まったまま、動かなかった。

書こうとした言葉が、うまく見つからなかった。  
思い返すだけで、息が詰まりそうになる。

図書室でノートを覗き込まれたときの距離感。  
おにぎりを差し出されたときの笑顔。  
そして、何よりも、今日、教室で――名前を呼ばれた。

「悠翔、それ、どう書いたらいい?」

たったそれだけの言葉だった。  
けれど、その声が、耳に焼きついて離れなかった。

「今日、彼が俺の名前を呼んだ」

そう心の中でつぶやいた瞬間、指がわずかに震えた。

その声を、レオ様の台詞の上に重ねようとした。  
でも、できなかった。

“騎士”のような凛々しさも、“推し”としての完璧さもあったはずなのに、  
あの声には、もっと柔らかくて、人間的な体温があった。

「……どこか、違った」

その違いが、嬉しかった。  
でも、同時に戸惑いだった。

レオ様を投影することで、悠翔はこの世界を生き延びていた。  
かつての物語を思い出しながら、今日の一日を解釈することで、自分を守っていた。  
でも、今日の出来事は、その枠に収まらなかった。

ページに書き出そうとする言葉が、すぐに行き詰まる。  
「レオ様」と書いた直後に、違和感が押し寄せる。

それは、レオ様ではない。  
あの笑顔も、あの言葉も、あの距離も。

それは“京橋蒼真”というひとりの高校生が、自分に向けてくれたものだった。

机の前でしばらくじっとしていた。  
ペンは宙に浮いたままで、ページの罫線だけが、変わらずそこにあった。

ようやく、別のページをめくる。

そして、そこに静かに書いた。

「京橋くんの声は、想像の中の声と違う。  
でも、たぶん今、俺がいちばん好きな音だ」

ひと文字、ひと文字、丁寧に書いた。  
書きながら、気づかないうちに呼吸が少しずつ整っていく。

「その笑顔が、“あの人”と違うと気づいたとき、  
俺はほっとしていたのかもしれない。  
だって、それはもう、“誰かの代わり”じゃなかった」

ページの端に、小さく絵を描いた。  
無意識に、京橋の横顔になっていた。

レオ様のように威厳はない。  
でも、柔らかくて、素直で、隣にいる人の顔。

「今の“彼”に、俺の心が動いてる――  
それだけは、どうしても、否定できなかった」

文字を書き終えて、手を止めた。  
ペンを置いて、ノートを見つめる。光がインクの上に反射して、静かに輝いている。

深く、息を吐いた。

心が、少し軽くなっていた。  
言葉にすることで、整理された感情が、形を持ち始めていた。

レオ様の物語は、もう終わったのかもしれない。  
でも、今ここで始まりかけているのは、悠翔自身の物語だった。

彼と、京橋くんの間に流れている、誰にも書かれていない、新しい物語。

ページの最後に、そっと書き添えた。

「今日も、尊死しました。でもたぶん、それは“恋”という名の症状です」

そして、そっとノートを閉じた。  
その音が、小さく部屋に響いた。

窓の外では、星がいくつかまたたいていた。  
その光を見上げながら、悠翔は思った。

きっと、まだこの気持ちは名前がつけられない。  
でも、いつか言葉になるなら――  
それは、彼と話したいと思った瞬間から始まっているのだと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...