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夜、ノートにこぼれる新しい感情
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部屋のカーテンを閉め切ったまま、夜の空気が静かに部屋を満たしている。机の上には白いデスクライトの光が、ぽつりと小さな世界を照らしていた。天満悠翔は、その光の中でオタノートを開いていた。
金のマスキングテープで飾られた表紙。「黒星騎士団・尊死日誌」。
それは前世からの遺産のような存在で、彼のオタクとしての記憶と感情のすべてが詰め込まれている。
今日もそのページに、新たな一日を記録しようとペンを取った。これまでは自然な作業だった。
“レオ様”のような言葉遣いで、彼の行動を尊く描き、現実にいない“推し”の幻影を、日々の観察から再構成していく作業。
だが、今日はペン先が紙の上で止まったまま、動かなかった。
書こうとした言葉が、うまく見つからなかった。
思い返すだけで、息が詰まりそうになる。
図書室でノートを覗き込まれたときの距離感。
おにぎりを差し出されたときの笑顔。
そして、何よりも、今日、教室で――名前を呼ばれた。
「悠翔、それ、どう書いたらいい?」
たったそれだけの言葉だった。
けれど、その声が、耳に焼きついて離れなかった。
「今日、彼が俺の名前を呼んだ」
そう心の中でつぶやいた瞬間、指がわずかに震えた。
その声を、レオ様の台詞の上に重ねようとした。
でも、できなかった。
“騎士”のような凛々しさも、“推し”としての完璧さもあったはずなのに、
あの声には、もっと柔らかくて、人間的な体温があった。
「……どこか、違った」
その違いが、嬉しかった。
でも、同時に戸惑いだった。
レオ様を投影することで、悠翔はこの世界を生き延びていた。
かつての物語を思い出しながら、今日の一日を解釈することで、自分を守っていた。
でも、今日の出来事は、その枠に収まらなかった。
ページに書き出そうとする言葉が、すぐに行き詰まる。
「レオ様」と書いた直後に、違和感が押し寄せる。
それは、レオ様ではない。
あの笑顔も、あの言葉も、あの距離も。
それは“京橋蒼真”というひとりの高校生が、自分に向けてくれたものだった。
机の前でしばらくじっとしていた。
ペンは宙に浮いたままで、ページの罫線だけが、変わらずそこにあった。
ようやく、別のページをめくる。
そして、そこに静かに書いた。
「京橋くんの声は、想像の中の声と違う。
でも、たぶん今、俺がいちばん好きな音だ」
ひと文字、ひと文字、丁寧に書いた。
書きながら、気づかないうちに呼吸が少しずつ整っていく。
「その笑顔が、“あの人”と違うと気づいたとき、
俺はほっとしていたのかもしれない。
だって、それはもう、“誰かの代わり”じゃなかった」
ページの端に、小さく絵を描いた。
無意識に、京橋の横顔になっていた。
レオ様のように威厳はない。
でも、柔らかくて、素直で、隣にいる人の顔。
「今の“彼”に、俺の心が動いてる――
それだけは、どうしても、否定できなかった」
文字を書き終えて、手を止めた。
ペンを置いて、ノートを見つめる。光がインクの上に反射して、静かに輝いている。
深く、息を吐いた。
心が、少し軽くなっていた。
言葉にすることで、整理された感情が、形を持ち始めていた。
レオ様の物語は、もう終わったのかもしれない。
でも、今ここで始まりかけているのは、悠翔自身の物語だった。
彼と、京橋くんの間に流れている、誰にも書かれていない、新しい物語。
ページの最後に、そっと書き添えた。
「今日も、尊死しました。でもたぶん、それは“恋”という名の症状です」
そして、そっとノートを閉じた。
その音が、小さく部屋に響いた。
窓の外では、星がいくつかまたたいていた。
その光を見上げながら、悠翔は思った。
きっと、まだこの気持ちは名前がつけられない。
でも、いつか言葉になるなら――
それは、彼と話したいと思った瞬間から始まっているのだと思った。
金のマスキングテープで飾られた表紙。「黒星騎士団・尊死日誌」。
それは前世からの遺産のような存在で、彼のオタクとしての記憶と感情のすべてが詰め込まれている。
今日もそのページに、新たな一日を記録しようとペンを取った。これまでは自然な作業だった。
“レオ様”のような言葉遣いで、彼の行動を尊く描き、現実にいない“推し”の幻影を、日々の観察から再構成していく作業。
だが、今日はペン先が紙の上で止まったまま、動かなかった。
書こうとした言葉が、うまく見つからなかった。
思い返すだけで、息が詰まりそうになる。
図書室でノートを覗き込まれたときの距離感。
おにぎりを差し出されたときの笑顔。
そして、何よりも、今日、教室で――名前を呼ばれた。
「悠翔、それ、どう書いたらいい?」
たったそれだけの言葉だった。
けれど、その声が、耳に焼きついて離れなかった。
「今日、彼が俺の名前を呼んだ」
そう心の中でつぶやいた瞬間、指がわずかに震えた。
その声を、レオ様の台詞の上に重ねようとした。
でも、できなかった。
“騎士”のような凛々しさも、“推し”としての完璧さもあったはずなのに、
あの声には、もっと柔らかくて、人間的な体温があった。
「……どこか、違った」
その違いが、嬉しかった。
でも、同時に戸惑いだった。
レオ様を投影することで、悠翔はこの世界を生き延びていた。
かつての物語を思い出しながら、今日の一日を解釈することで、自分を守っていた。
でも、今日の出来事は、その枠に収まらなかった。
ページに書き出そうとする言葉が、すぐに行き詰まる。
「レオ様」と書いた直後に、違和感が押し寄せる。
それは、レオ様ではない。
あの笑顔も、あの言葉も、あの距離も。
それは“京橋蒼真”というひとりの高校生が、自分に向けてくれたものだった。
机の前でしばらくじっとしていた。
ペンは宙に浮いたままで、ページの罫線だけが、変わらずそこにあった。
ようやく、別のページをめくる。
そして、そこに静かに書いた。
「京橋くんの声は、想像の中の声と違う。
でも、たぶん今、俺がいちばん好きな音だ」
ひと文字、ひと文字、丁寧に書いた。
書きながら、気づかないうちに呼吸が少しずつ整っていく。
「その笑顔が、“あの人”と違うと気づいたとき、
俺はほっとしていたのかもしれない。
だって、それはもう、“誰かの代わり”じゃなかった」
ページの端に、小さく絵を描いた。
無意識に、京橋の横顔になっていた。
レオ様のように威厳はない。
でも、柔らかくて、素直で、隣にいる人の顔。
「今の“彼”に、俺の心が動いてる――
それだけは、どうしても、否定できなかった」
文字を書き終えて、手を止めた。
ペンを置いて、ノートを見つめる。光がインクの上に反射して、静かに輝いている。
深く、息を吐いた。
心が、少し軽くなっていた。
言葉にすることで、整理された感情が、形を持ち始めていた。
レオ様の物語は、もう終わったのかもしれない。
でも、今ここで始まりかけているのは、悠翔自身の物語だった。
彼と、京橋くんの間に流れている、誰にも書かれていない、新しい物語。
ページの最後に、そっと書き添えた。
「今日も、尊死しました。でもたぶん、それは“恋”という名の症状です」
そして、そっとノートを閉じた。
その音が、小さく部屋に響いた。
窓の外では、星がいくつかまたたいていた。
その光を見上げながら、悠翔は思った。
きっと、まだこの気持ちは名前がつけられない。
でも、いつか言葉になるなら――
それは、彼と話したいと思った瞬間から始まっているのだと思った。
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