転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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絵の前で立ち止まる“彼”

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文化祭の展示時間も終盤に差しかかり、教室の中はすでに多くの来場者が立ち去っていた。  
ざわついていた空気は静まり返り、部屋の中には淡い夕陽と天井の蛍光灯だけが残っていた。

壁一面に掲げられたパネル群も、熱気が落ち着いた後の余韻だけをまとっているようだった。  
その中で、一枚の絵の前に、ひとりの人影が立っていた。

京橋蒼真だった。

制服の上から羽織ったカーディガンが、ほんの少し肩からずり落ちている。  
きちんと整えられた襟元と、涼しげな眼差しはいつものままだが、彼の背中からはどこか言葉にしがたい静けさが滲んでいた。

悠翔は、その姿に気づきながら、教室の入り口で立ち止まった。  
何気なく、展示品の確認をするふりをして、視線を向けないようにする。  
心の中で、何度も深呼吸を繰り返す。

けれど、足が動かない。  
視線はどうしても、あの絵の前に立つ彼を追ってしまう。  
それは、自分の絵が、彼の瞳の中に映っているという事実に、どうしようもなく心がざわめいたからだった。

すると、京橋がゆっくりと振り返った。

悠翔は思わず肩をびくりと震わせた。

「あ、いたんだ」

京橋はそう言って、少しだけ笑った。  
その笑顔には、照れやからかいではなく、どこか懐かしさのようなものがにじんでいた。

「悠翔くんが描いたんだよね、この騎士。…やっぱり、なんだか懐かしいな」

その言葉に、悠翔の胸がドクンと鳴った。

懐かしい。

その響きが、ただの感想としては聞こえなかった。  
まるで、彼の中に“何かを知っている”記憶の欠片があるような、そんな言い方だった。

いや、違う。  
そんなはずはない。  
ここは“前の世界”じゃない。  
レオ様が存在していた物語は、もうどこにもない。  
悠翔だけが、それを知っていて、感じていて、覚えているはずだった。

なのに、京橋の言葉は、まるでその“記憶”を呼び起こすかのようだった。

「懐かしい…って、どうして…?」

そう訊きたいのに、声にならなかった。  
喉が詰まる。  
唇が少し開いたまま、何も言えずにいた。

代わりに、悠翔はほんの少しだけ、頷いた。

うん。  
それだけを絞り出すように返すと、視線はすぐに床へと逸れていった。

京橋はそれ以上、何も言わなかった。  
ただまた、絵の方へと目を戻し、しばらく見つめていた。

展示壁の照明が、彼の輪郭を柔らかく浮かび上がらせていた。  
その横顔は、悠翔が知っている“レオ様”とは似ていない。  
いや、似ているはずなのに、全然違って見えた。

きっと、もう比べる意味はないのかもしれない。

目の前にいるのは、あの“騎士”ではない。  
だけど、同じように何かを背負って、何かを大切にしようとしている人なのだ。  
笑顔も、声も、視線も――すべてが、レオ様とは違う“彼”のものだった。

「…ありがとう。展示、すごくよかった」

京橋はふと、もう一度だけ振り返った。

「なんか、こういう世界もいいなって思った。言葉とか、絵とかで気持ちが伝わるって、なんか…素敵だよね」

その言葉を聞いて、悠翔の中で、何かがゆっくりほどけていくような感覚があった。

“気持ちが伝わる”。

あの詩。  
あの絵。  
あの想い。

全部が、伝わってしまっていたのだろうか。  
名乗っていないはずの、自分の心の中を、彼はもうどこかで察していたのだろうか。

それでも、京橋は笑っていた。  
静かで、どこか切ない、でも優しい笑顔だった。

「また、教えてね。今度は絵じゃなくて、ちゃんと声で」

それだけ言って、京橋は展示教室を後にした。

静かに閉じられたドアの音が、耳の奥に残ったまま、悠翔はその場に立ち尽くしていた。

絵と、京橋の後ろ姿が重なって見えた。  
そして、胸がきゅうと締め付けられる。

それは、もう“推し”ではない、ひとりの人間に恋をしてしまった、  
その事実を受け止めざるを得なかった、ひとつの瞬間だった。
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