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熱狂の裏で動く影
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空が、紫がかった青に変わり始めた頃。
自室で、西中島楓はひとりスマホを見つめていた。
制服の袖をまくり、ベッドの端に腰を下ろした姿は一見リラックスしているように見えたが、その指先は微かに震えていた。
画面の中には、なにスタのタイムラインが流れている。
「#きょゆう」タグがバズワードとしてトップに躍り出て、誰もがそこに何かしらの言葉を重ねていた。
文化祭の展示から始まったこの熱狂は、すでに手に負えない速度で広がっていた。
「まるで小説みたい」「本物の騎士と従者じゃん」「これ、きょゆう公式化していいやつ?」
そんな言葉がスクロールのたびに目に飛び込んでくる。
画面を見つめる楓の顔には、いつもの笑みがなかった。
整った眉の間にかすかな皺が寄り、口元が引き結ばれていた。
無表情のようでいて、その奥には確かな怒りが渦巻いていた。
スマホを握る手に、自然と力が入る。
自分は誰よりも長く、誰よりも近く、京橋蒼真という人間を見つめてきた。
彼の立ち姿、声、気配、日々の変化――そのすべてを、目と心で追い続けてきた。
だからこそ許せなかった。
あの絵。
あの詩。
まるで本人の気持ちを代弁するかのように語られた展示物が、まるで“本物”かのように広まっていくことが。
「どこまで、勝手に人を使えば気が済むの…」
呟きは誰にも届かない。
けれど、その言葉は、既に裏アカウントの投稿という形で拡散され始めていた。
楓の裏アカ名は「@knight_watcher」。
京橋ファンクラブの非公式メンバーたちが集う、鍵付きのグループDMでは、既に“動き”が始まっていた。
「さすがにアレはやりすぎでしょ」
「展示、風紀違反じゃない?騎士って…明らかに蒼真くんモデルだし」
「しかもあの詩、恋文でしょ?無許可であんなの出すとか、失礼すぎ」
楓は黙ってスクロールしながら、指を動かす。
自分が最初に投稿した言葉が、既にスクショされて拡散されていた。
「“騎士”の隣に立てるのは、選ばれた人だけ。空想じゃ埋まらない現実がある」
その言葉は、暗に“誰か”を指していた。
誰も名指ししない。
でも皆が分かっている。
教室の端で静かにしているあの男子生徒、展示のイラストを描いた張本人――天満悠翔。
楓は知っていた。
彼が悪意でやったわけではない。
誰よりも真剣に絵を描き、言葉を紡いでいたことも、目を見れば分かっていた。
でも、それでも――
「好きだからって、何をしてもいいわけじゃないんだよ」
画面の明かりに照らされるその表情は、怒りと哀しみが混ざり合っていた。
彼女の中で、京橋蒼真は“現実”だった。
アイドルでも、キャラでもなく、毎朝同じ教室にいて、同じ時間を過ごす人。
だからこそ、その“現実”が、誰かの創作の中で脚色され、意味を持ち始めることが、どうしようもなく怖かった。
ファンクラブ(非公式)の存在は、校内でもうっすらと認知されている。
特に明確な名簿や会費があるわけではない。
けれど、何人かの「同じ想いを持つ子たち」が、互いの存在を知り、情報を共有し合う小さな輪だ。
“彼の美しさを守るため”という名目で、日々の観察と記録、そして距離の維持をルールとしていた。
「本人を守りたい」
その想いが、少しずつ過剰になっていくことにも、楓は気づいていた。
けれど――
あの絵を見たとき、心が乱れた。
それは、推しを取られるという嫉妬ではなく、“物語を奪われた”という感覚に近かった。
これまで京橋蒼真を見つめてきた自分の時間が、たった一枚の絵で「恋愛物語」として上書きされる。
そんな不条理が、彼女の中で怒りの火を点けたのだった。
画面を閉じ、スマホをベッドの上に放る。
カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の顔にかかる。
怒りだけじゃなかった。
不安も、焦りも、さみしさもあった。
推しの隣に立ちたい。
ただ、それだけだったはずなのに。
誰かが、その場所に立ってしまったような気がして、胸が苦しくなる。
静かに、深呼吸する。
目を閉じて、繰り返す。
「これは、まだ終わってない」
「推しを守るのが、私たちの役目なんだから」
自分に言い聞かせるように、そして誰かに届くように、彼女は再びスマホを手に取った。
その手には、言葉よりもずっと重い、感情の温度がこもっていた。
自室で、西中島楓はひとりスマホを見つめていた。
制服の袖をまくり、ベッドの端に腰を下ろした姿は一見リラックスしているように見えたが、その指先は微かに震えていた。
画面の中には、なにスタのタイムラインが流れている。
「#きょゆう」タグがバズワードとしてトップに躍り出て、誰もがそこに何かしらの言葉を重ねていた。
文化祭の展示から始まったこの熱狂は、すでに手に負えない速度で広がっていた。
「まるで小説みたい」「本物の騎士と従者じゃん」「これ、きょゆう公式化していいやつ?」
そんな言葉がスクロールのたびに目に飛び込んでくる。
画面を見つめる楓の顔には、いつもの笑みがなかった。
整った眉の間にかすかな皺が寄り、口元が引き結ばれていた。
無表情のようでいて、その奥には確かな怒りが渦巻いていた。
スマホを握る手に、自然と力が入る。
自分は誰よりも長く、誰よりも近く、京橋蒼真という人間を見つめてきた。
彼の立ち姿、声、気配、日々の変化――そのすべてを、目と心で追い続けてきた。
だからこそ許せなかった。
あの絵。
あの詩。
まるで本人の気持ちを代弁するかのように語られた展示物が、まるで“本物”かのように広まっていくことが。
「どこまで、勝手に人を使えば気が済むの…」
呟きは誰にも届かない。
けれど、その言葉は、既に裏アカウントの投稿という形で拡散され始めていた。
楓の裏アカ名は「@knight_watcher」。
京橋ファンクラブの非公式メンバーたちが集う、鍵付きのグループDMでは、既に“動き”が始まっていた。
「さすがにアレはやりすぎでしょ」
「展示、風紀違反じゃない?騎士って…明らかに蒼真くんモデルだし」
「しかもあの詩、恋文でしょ?無許可であんなの出すとか、失礼すぎ」
楓は黙ってスクロールしながら、指を動かす。
自分が最初に投稿した言葉が、既にスクショされて拡散されていた。
「“騎士”の隣に立てるのは、選ばれた人だけ。空想じゃ埋まらない現実がある」
その言葉は、暗に“誰か”を指していた。
誰も名指ししない。
でも皆が分かっている。
教室の端で静かにしているあの男子生徒、展示のイラストを描いた張本人――天満悠翔。
楓は知っていた。
彼が悪意でやったわけではない。
誰よりも真剣に絵を描き、言葉を紡いでいたことも、目を見れば分かっていた。
でも、それでも――
「好きだからって、何をしてもいいわけじゃないんだよ」
画面の明かりに照らされるその表情は、怒りと哀しみが混ざり合っていた。
彼女の中で、京橋蒼真は“現実”だった。
アイドルでも、キャラでもなく、毎朝同じ教室にいて、同じ時間を過ごす人。
だからこそ、その“現実”が、誰かの創作の中で脚色され、意味を持ち始めることが、どうしようもなく怖かった。
ファンクラブ(非公式)の存在は、校内でもうっすらと認知されている。
特に明確な名簿や会費があるわけではない。
けれど、何人かの「同じ想いを持つ子たち」が、互いの存在を知り、情報を共有し合う小さな輪だ。
“彼の美しさを守るため”という名目で、日々の観察と記録、そして距離の維持をルールとしていた。
「本人を守りたい」
その想いが、少しずつ過剰になっていくことにも、楓は気づいていた。
けれど――
あの絵を見たとき、心が乱れた。
それは、推しを取られるという嫉妬ではなく、“物語を奪われた”という感覚に近かった。
これまで京橋蒼真を見つめてきた自分の時間が、たった一枚の絵で「恋愛物語」として上書きされる。
そんな不条理が、彼女の中で怒りの火を点けたのだった。
画面を閉じ、スマホをベッドの上に放る。
カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の顔にかかる。
怒りだけじゃなかった。
不安も、焦りも、さみしさもあった。
推しの隣に立ちたい。
ただ、それだけだったはずなのに。
誰かが、その場所に立ってしまったような気がして、胸が苦しくなる。
静かに、深呼吸する。
目を閉じて、繰り返す。
「これは、まだ終わってない」
「推しを守るのが、私たちの役目なんだから」
自分に言い聞かせるように、そして誰かに届くように、彼女は再びスマホを手に取った。
その手には、言葉よりもずっと重い、感情の温度がこもっていた。
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