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布団の中は、逃げ場所だった
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保健室のカーテンが引かれた奥、薄暗い空間に、悠翔は身を縮めるようにして横たわっていた。
夕方の光がカーテンの縁から差し込んで、ベッドの上にぼんやりと輪郭をつくっている。
窓の外からは、部活帰りの生徒たちの声が遠く微かに聞こえる。だが、ここには届かない。
ここだけが、時間が止まったように静かだった。
枕に顔をうずめ、タオルケットを頭までかぶって、息を殺す。
声を出せば、涙も一緒に溢れてしまいそうで、ぎりぎりのところで耐えていた。
けれど、もう何もかもが限界だった。
スマホの通知は切ったはずなのに、耳の奥には幻のバイブ音が残っていた。
「#きょゆう」タグの炎上。展示と詩の“モデル”についての過剰な憶測。
そして、京橋ファンクラブの一部からの、棘のある言葉たち。
まるで、自分の創作が、自分の気持ちが、
誰かの都合で“踏み台”にされていくような感覚。
それが苦しくて、情けなくて、誰にも見られたくなくて、
気づけば足が勝手に保健室に向かっていた。
「もう…誰にも会えない……」
小さな声だった。
けれど、そのひと言に、今日一日分の全ての感情が詰まっていた。
顔を埋めたまま、静かに嗚咽が漏れる。
目元は赤く腫れ、額には泣き汗と涙で貼りついた髪。
誰かが見たら、笑ってしまうかもしれない。
でも、今の自分は、かっこ悪くても、それしかできなかった。
カーテンの外から、かすかな足音。
鶴見先生の、スニーカーの柔らかい音。
「はーい、お冷やとチョコ。どっちも、心拍数に効くよ~」
くすっと笑うような声とともに、カーテンの隙間からひょいと伸びてくる手。
ひんやりと冷えたタオルが額にのせられ、小さな袋に入ったチョコが枕元に置かれる。
「…尊死レベル:高ってとこかな。じゃあ、しばらく経過観察ね」
返事はしない。できなかった。
それでも、先生は怒らなかった。何も強要しなかった。
ただ、いつもの調子で、そっとそばにいてくれる。
少しだけ、タオルをずらして目元を拭う。
熱がこもったまぶたに、冷たさが気持ちよく染みた。
そのまま沈黙が流れる。
やがて、鶴見先生が静かに言った。
「推しが好きなのと、誰かを好きになるのって、別に矛盾しないよ?」
その言葉に、悠翔の呼吸が一瞬止まる。
「どっちも、心が動いたってことなんだから。
そこにウソなんて、ひとつもないよ」
布団の中で、涙の余韻に揺れながら、その言葉を噛みしめた。
“心が動いた”。
その感覚は、間違いなく、自分の中にあった。
レオ様を想ってきた感情と、京橋蒼真を前にして芽生えたこの混乱。
似ているようで、でもどこか違っていて、だけど、どちらも真剣だった。
タオルケットを少しだけめくって、頭の上に出していた腕を下ろす。
そして、視線をカーテン越しの天井に向けた。
そこには何もない。ただの、白くて四角い、静かな天井。
でも、目を閉じると、そこに浮かぶのはあの笑顔だった。
絵の中じゃなく、夢の中でもない。
現実で、自分の名前を呼んでくれた、彼の顔。
――あれはもう、“推し”の面影じゃなかった。
ふいに、胸が苦しくなる。
声が出そうになるのを、ぐっと飲み込む。
それでも、指が小さく、タオルの端をきゅっと握る。
「…ありがとう、先生」
小さく呟いた声に、カーテンの向こうから軽やかな返事が返ってきた。
「どういたしまして。
あとで“尊死カルテ”更新しとくから、回復したら提出よろしくね~」
そのふざけた調子に、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
この場所は、逃げ場でありながら、どこか“戻ってくる場所”でもあるのかもしれない。
悠翔は、ゆっくりと目を閉じた。
けれど、今度は泣くためではなく、
これからのことを、静かに受け止めるためだった。
夕方の光がカーテンの縁から差し込んで、ベッドの上にぼんやりと輪郭をつくっている。
窓の外からは、部活帰りの生徒たちの声が遠く微かに聞こえる。だが、ここには届かない。
ここだけが、時間が止まったように静かだった。
枕に顔をうずめ、タオルケットを頭までかぶって、息を殺す。
声を出せば、涙も一緒に溢れてしまいそうで、ぎりぎりのところで耐えていた。
けれど、もう何もかもが限界だった。
スマホの通知は切ったはずなのに、耳の奥には幻のバイブ音が残っていた。
「#きょゆう」タグの炎上。展示と詩の“モデル”についての過剰な憶測。
そして、京橋ファンクラブの一部からの、棘のある言葉たち。
まるで、自分の創作が、自分の気持ちが、
誰かの都合で“踏み台”にされていくような感覚。
それが苦しくて、情けなくて、誰にも見られたくなくて、
気づけば足が勝手に保健室に向かっていた。
「もう…誰にも会えない……」
小さな声だった。
けれど、そのひと言に、今日一日分の全ての感情が詰まっていた。
顔を埋めたまま、静かに嗚咽が漏れる。
目元は赤く腫れ、額には泣き汗と涙で貼りついた髪。
誰かが見たら、笑ってしまうかもしれない。
でも、今の自分は、かっこ悪くても、それしかできなかった。
カーテンの外から、かすかな足音。
鶴見先生の、スニーカーの柔らかい音。
「はーい、お冷やとチョコ。どっちも、心拍数に効くよ~」
くすっと笑うような声とともに、カーテンの隙間からひょいと伸びてくる手。
ひんやりと冷えたタオルが額にのせられ、小さな袋に入ったチョコが枕元に置かれる。
「…尊死レベル:高ってとこかな。じゃあ、しばらく経過観察ね」
返事はしない。できなかった。
それでも、先生は怒らなかった。何も強要しなかった。
ただ、いつもの調子で、そっとそばにいてくれる。
少しだけ、タオルをずらして目元を拭う。
熱がこもったまぶたに、冷たさが気持ちよく染みた。
そのまま沈黙が流れる。
やがて、鶴見先生が静かに言った。
「推しが好きなのと、誰かを好きになるのって、別に矛盾しないよ?」
その言葉に、悠翔の呼吸が一瞬止まる。
「どっちも、心が動いたってことなんだから。
そこにウソなんて、ひとつもないよ」
布団の中で、涙の余韻に揺れながら、その言葉を噛みしめた。
“心が動いた”。
その感覚は、間違いなく、自分の中にあった。
レオ様を想ってきた感情と、京橋蒼真を前にして芽生えたこの混乱。
似ているようで、でもどこか違っていて、だけど、どちらも真剣だった。
タオルケットを少しだけめくって、頭の上に出していた腕を下ろす。
そして、視線をカーテン越しの天井に向けた。
そこには何もない。ただの、白くて四角い、静かな天井。
でも、目を閉じると、そこに浮かぶのはあの笑顔だった。
絵の中じゃなく、夢の中でもない。
現実で、自分の名前を呼んでくれた、彼の顔。
――あれはもう、“推し”の面影じゃなかった。
ふいに、胸が苦しくなる。
声が出そうになるのを、ぐっと飲み込む。
それでも、指が小さく、タオルの端をきゅっと握る。
「…ありがとう、先生」
小さく呟いた声に、カーテンの向こうから軽やかな返事が返ってきた。
「どういたしまして。
あとで“尊死カルテ”更新しとくから、回復したら提出よろしくね~」
そのふざけた調子に、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
この場所は、逃げ場でありながら、どこか“戻ってくる場所”でもあるのかもしれない。
悠翔は、ゆっくりと目を閉じた。
けれど、今度は泣くためではなく、
これからのことを、静かに受け止めるためだった。
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