地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始

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電車の中、すれ違ったのは、見知らぬ美しさ

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地下鉄の改札を抜けたとき、空気が少しだけ湿っていることに気づいた。

梅田はイヤホンを片方外し、スマホをポケットに滑り込ませる。  
遅い時間の割に人が多く、ビジネス帰りの男女が疲れた顔をしてホームへと向かっていた。

何気なく視線を泳がせたそのとき、  
数メートル先に歩く一人の男の背中が、ふと目に留まった。

黒のロングコート。  
高すぎず、低すぎない身長。  
やや前傾でスマホを操作しながら、足早に歩いていく。

(……なんや、あの人。雰囲気、ちょっと…)

とっさに思ったのは、  
どこか異質な静けさを身にまとっている、ということだった。  
混雑のなかでも、彼のまわりだけ空気が澄んでいるように見える。

歩く角度が変わり、  
ホームへと続くスロープの下で、男が一度立ち止まる。  
駅の天井に仕込まれた照明が、斜めから頬を照らした。

その一瞬、光の輪郭の中に、浮かび上がった横顔。  
鼻梁がまっすぐに通り、顎のラインが鋭く、唇がかすかに開いていた。  
髪は、コートの襟にかかるほど長めに流れていて、静かに揺れていた。

まるで、彫刻だった。  
……いや、それ以上に、人間味のない整い方をしていた。

男が、顔の眼鏡を外した。

フレームを外したとたん、  
髪の奥から、もうひとつの表情が現れるように思えた。  
眉のライン、まつ毛の長さ、肌の質感。  
そこにあったのは、見間違いようのない、圧倒的な“美”だった。

梅田の呼吸が、ひとつ止まった。

「……誰や、あの……」

目を凝らす。

男が再び歩き出し、スマホをしまうと同時に、振り返らずに進んでいく。

その歩き方に見覚えがあった。  
このまえ、カフェのミーティングスペースで、ずっと俯いてペンを走らせていた…  
……あの。

「え、待って……天王寺!?」

声には出していなかった。  
けれど、心の中でそう叫んでいた。

人波の中にまぎれていく後ろ姿は、もう振り返らなかった。  
黒いコートの裾だけが、しなやかに揺れながら、階段を下っていった。

梅田は、その場に立ち尽くしたまま、  
ただ、その背中を見送るしかなかった。

一歩、踏み出そうとした足が動かない。  
理由は自分でもわからない。

会社で見る彼とは、まるで別人だった。  
地味な眼鏡に、表情のない顔に、無地のスーツ。  
そこにいたのは、空気のように扱われる“モブ”の天王寺だったはずだ。

でも、さっき見たのは――  
眼鏡を外した、あの顔は――

(……メガネ取ったら、なんで、あんな顔してんねん)

その衝撃は、言葉にならなかった。  
まるで別の人間を見たような。  
いや、それよりも――  
見てはいけないものを、覗いてしまったような。

胸の奥が、妙にざわつく。  
そのざわめきは、“顔が綺麗だった”というだけでは、説明がつかない。

見られたくないものを、見てしまったような気がした。  
触れてはいけないものに、ふれてしまったような。

その感覚だけが、静かに体の奥に残っていた。  
梅田は、小さく息を吐いて、ゆっくりと改札に向かい直した。

それ以上、その夜は、何も考えないことにした。  
けれど、ふと目を閉じるたびに、あの横顔が、静かに浮かび上がる。

やわらかく光に照らされて、何も語らずに遠ざかっていった、その顔が。
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