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いつもの並び、旅仕様
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朝の空気には、いつもと違う浮き立つようなざわめきがあった。
集合場所のホームは、生徒たちの声とスーツケースの転がる音で賑わっている。白い制服の代わりに、それぞれが選んだ私服が色とりどりに視界を彩り、まるで街の一角が突然ファッション誌の誌面になったような風景が広がっていた。
凪は、少しだけ早めに到着していた。ホームの端、柱のそばに立ち、周囲の喧騒に紛れるようにしてリップバームを塗り直す。無香料だが、体温で溶けたそれにはほんのり甘い香りが混じる。白シャツの上に羽織ったライトグレーのカーディガンが、春と秋の中間のような朝の気温にちょうどよかった。
髪は朝のうちにゆるく巻いておいた。風で乱れても崩れすぎないように、軽くセット剤をなじませている。無造作に見せるには、少しの計算と努力が必要だった。けれど、それを悟らせないように振る舞うのが、凪のいつものやり方だった。
班割りの発表が始まると、生徒たちは自分の名前を呼ばれるたびにざわめいた。誰と一緒か、どこに座るか、自由行動はどうなるか。そんなことで盛り上がれるのも、高校生だからこその特権なのかもしれない。
そして、教員の口から「神城、そして一ノ瀬」と続けて読み上げられた瞬間、周囲がどよめいた。
「やっぱりね」
「はいはい、ゴールデンコンビ」
「え、これ反則じゃない?顔面偏差値どうなってんの」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
まゆが凪の隣でひそひそ声で言った。
「さすがビジュアル担当。新幹線の中、隣の車両から見に来る人出るんじゃない?」
その隣で、御堂筋が眼鏡を押し上げながら真顔で応じる。
「構図の神がこの並びを創造したのです。前後左右どこから見ても映える仕様です」
凪は乾いた笑みを浮かべた。そう言われ慣れているはずなのに、なぜか今日に限って胸のどこかがざわつく。
そして、視線の先。人の波の向こうから現れた黒いパーカーのシルエット。
一ノ瀬結翔だった。
彼は黒のスウェット地のパーカーに、くすみブルーのジーンズ。ラフな服装ながら、骨格と肌の整い方がそれを“スタイル”に変えていた。肩にかけたリュックのストラップは片方だけが下がり気味で、それすら計算されているように見える。
髪は寝癖ひとつないストレート。前髪が軽く額にかかり、視線の鋭さをわずかに和らげていた。表情は相変わらず無愛想気味だが、近づくにつれて凪と視線がかすかに交わる。
「おはよう」
結翔の声は静かだった。
「おはよう。なんか、いつもと違う服だね」
「旅行だからな。そっちこそ、ずいぶん気合入ってるじゃん」
凪は肩をすくめた。
「そんなことないよ。普通」
「ふうん」
そのやり取りを後ろで見ていた数人の女子が「うわ…え、今の見た?」「これが“眼福”ってやつか…」と囁いていた。
それを無視して、凪はそっと結翔の隣に並んだ。自然に。いつも通り。そう見えるように。
でも、自分の心臓が普段よりも速く鳴っていることには気づいていた。
誰もが当たり前だと思っているこの並びが、今の自分にとっては少しだけ、重たく感じられる。
この距離が、近すぎる気がした。
視線を合わせるだけで、何かが透けて見えてしまいそうで。
それでも――
離れる理由もなかった。
班の集合が整い、教員が引率の号令をかける。
まゆが前を歩きながら振り向いて、「この班、写真集出せるレベルだよね」と笑った。
御堂筋も「無加工でも背景が霞みます」と冷静に言った。
結翔はそれに反応せず、足元のキャリーケースを引いたまま、列の最後尾に並ぶ。
凪はその隣に立ち、何も言わずに歩き始めた。
新幹線のホームへ向かう長い通路。
制服ではない自分たち。
周囲の視線。
そして、隣にいる誰よりもよく知っているはずの、無言の相手。
まるで、日常と非日常の境界線を歩いているようだった。
そしてその境界線は、これから何度も揺れ動くことになる。
けれど今はまだ、静かにその始まりを告げる朝。
凪はリップを塗り直すことなく、口元だけをわずかに引き締めて前を見た。
隣にいるその気配が、ほんの少しだけ近すぎて、
それだけで、今日の旅はすでに始まっているのだと実感していた。
集合場所のホームは、生徒たちの声とスーツケースの転がる音で賑わっている。白い制服の代わりに、それぞれが選んだ私服が色とりどりに視界を彩り、まるで街の一角が突然ファッション誌の誌面になったような風景が広がっていた。
凪は、少しだけ早めに到着していた。ホームの端、柱のそばに立ち、周囲の喧騒に紛れるようにしてリップバームを塗り直す。無香料だが、体温で溶けたそれにはほんのり甘い香りが混じる。白シャツの上に羽織ったライトグレーのカーディガンが、春と秋の中間のような朝の気温にちょうどよかった。
髪は朝のうちにゆるく巻いておいた。風で乱れても崩れすぎないように、軽くセット剤をなじませている。無造作に見せるには、少しの計算と努力が必要だった。けれど、それを悟らせないように振る舞うのが、凪のいつものやり方だった。
班割りの発表が始まると、生徒たちは自分の名前を呼ばれるたびにざわめいた。誰と一緒か、どこに座るか、自由行動はどうなるか。そんなことで盛り上がれるのも、高校生だからこその特権なのかもしれない。
そして、教員の口から「神城、そして一ノ瀬」と続けて読み上げられた瞬間、周囲がどよめいた。
「やっぱりね」
「はいはい、ゴールデンコンビ」
「え、これ反則じゃない?顔面偏差値どうなってんの」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
まゆが凪の隣でひそひそ声で言った。
「さすがビジュアル担当。新幹線の中、隣の車両から見に来る人出るんじゃない?」
その隣で、御堂筋が眼鏡を押し上げながら真顔で応じる。
「構図の神がこの並びを創造したのです。前後左右どこから見ても映える仕様です」
凪は乾いた笑みを浮かべた。そう言われ慣れているはずなのに、なぜか今日に限って胸のどこかがざわつく。
そして、視線の先。人の波の向こうから現れた黒いパーカーのシルエット。
一ノ瀬結翔だった。
彼は黒のスウェット地のパーカーに、くすみブルーのジーンズ。ラフな服装ながら、骨格と肌の整い方がそれを“スタイル”に変えていた。肩にかけたリュックのストラップは片方だけが下がり気味で、それすら計算されているように見える。
髪は寝癖ひとつないストレート。前髪が軽く額にかかり、視線の鋭さをわずかに和らげていた。表情は相変わらず無愛想気味だが、近づくにつれて凪と視線がかすかに交わる。
「おはよう」
結翔の声は静かだった。
「おはよう。なんか、いつもと違う服だね」
「旅行だからな。そっちこそ、ずいぶん気合入ってるじゃん」
凪は肩をすくめた。
「そんなことないよ。普通」
「ふうん」
そのやり取りを後ろで見ていた数人の女子が「うわ…え、今の見た?」「これが“眼福”ってやつか…」と囁いていた。
それを無視して、凪はそっと結翔の隣に並んだ。自然に。いつも通り。そう見えるように。
でも、自分の心臓が普段よりも速く鳴っていることには気づいていた。
誰もが当たり前だと思っているこの並びが、今の自分にとっては少しだけ、重たく感じられる。
この距離が、近すぎる気がした。
視線を合わせるだけで、何かが透けて見えてしまいそうで。
それでも――
離れる理由もなかった。
班の集合が整い、教員が引率の号令をかける。
まゆが前を歩きながら振り向いて、「この班、写真集出せるレベルだよね」と笑った。
御堂筋も「無加工でも背景が霞みます」と冷静に言った。
結翔はそれに反応せず、足元のキャリーケースを引いたまま、列の最後尾に並ぶ。
凪はその隣に立ち、何も言わずに歩き始めた。
新幹線のホームへ向かう長い通路。
制服ではない自分たち。
周囲の視線。
そして、隣にいる誰よりもよく知っているはずの、無言の相手。
まるで、日常と非日常の境界線を歩いているようだった。
そしてその境界線は、これから何度も揺れ動くことになる。
けれど今はまだ、静かにその始まりを告げる朝。
凪はリップを塗り直すことなく、口元だけをわずかに引き締めて前を見た。
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それだけで、今日の旅はすでに始まっているのだと実感していた。
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