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近すぎる隣、遠すぎる会話
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東京駅の喧騒を離れた新幹線は、数分の揺れを経て安定した走行に入っていた。
車内には低く抑えられた会話と、時折響くキャリーケースの軋み音。窓の外にはビル群が流れ、やがて郊外の風景が少しずつ姿を見せ始めていた。
2人掛けの席に並ぶ凪と結翔の間には、互いのリュックとスーツケースが足元に置かれていた。通路側に座った凪の膝は、時おり結翔の膝と軽く触れる。
それは偶然だった。荷物のせいで足を完全に引けず、座席の狭さが強制するような距離だった。
だが、それでも凪は過敏に反応してしまう。
一度、当たった膝を引いた拍子に、結翔の腿にかすかに触れた指先。
ほんの数秒の出来事なのに、体温がそこに残ったような気がして、慌てて自分の手を膝の上に置き直した。
「別に、意識することじゃない。ただ、隣に座ってるだけ」
心の中でそう繰り返す。
でも、どうしても結翔の動作に目がいってしまう。
彼が手元の文庫本をめくる音。
ペットボトルのキャップをひねって開けるときの、わずかな空気の抜ける音。
服の袖が肩口で擦れる音までも、凪には耳について仕方がなかった。
意識しすぎている自分に気づいて、舌打ちしたくなる。
何かを話せばいいのかもしれない。けれど、言葉がうまくつかめない。
話題の選び方ひとつで、この沈黙が壊れてしまう気がして、息をひそめたままスマートフォンの画面を眺めていた。
SNSのタイムラインを流しても、文字は目に入ってこない。
指先でスクロールするたびに、結翔の気配が横から静かに滲んでくる。
それを感じるたび、呼吸が少し浅くなった。
一方、結翔は窓の外に視線を投げたまま、内心では落ち着かない感情を抱えていた。
凪がスマホを触る指先。
膝の上でそっと動かす手。
背筋を伸ばして座っているのに、どこかぎこちない様子。
目を合わせないふりをしながら、つい視線が凪の方に向かってしまう。
すぐに目を逸らす。何でもないふりで、窓の外の景色を追い直す。
だが、そこに集中はできない。
心臓が少しうるさい。
きっかけはわからない。
けれど、気がつけばこの沈黙が妙に息苦しかった。
言葉を選ぶだけで、喉の奥が詰まったような感覚になる。
言わなければただの静寂。
言えば、何かが変わってしまいそうだった。
「……水、飲む?」
唐突に凪が口を開いた。
ペットボトルを差し出しているわけではない。単なる問いかけだった。
声はごく自然で、けれどほんの少しだけ掠れていた。
結翔は顔を向けずに答える。
「うん、ありがと」
たったそれだけの会話。
だが、互いの声のトーンに、呼吸の揃っていなさがにじんでいた。
話しながら、どちらもわずかに肩が動いていた。
声を出すだけで、ほんの少し力が入ってしまうのだと、互いに気づいていた。
そのまま、また沈黙が落ちる。
新幹線の車輪の音がリズムを刻み、車内の照明が徐々に柔らかい光を作る。
車窓の向こうでは、まだ空が晴れていた。
凪はスマホの画面を伏せて、手のひらで額にかかる髪を払った。
隣からは、相変わらず結翔の気配が静かに伝わってくる。
動かないのに、存在が強すぎる。
まるで、沈黙自体が圧力になって、背中を押してくるようだった。
「……」
言葉が喉まで浮かんでは、そこで止まる。
何を話せばいいのかがわからないのではなく、どこまで話してもいいのかがわからなかった。
その境界線の見えなさが、今のふたりの距離だった。
結翔は視線だけを動かし、凪の手元を見た。
指が軽く震えていたわけではない。けれど、何かを隠そうとしている動きだった。
その不自然さが、結翔の胸の奥を締めつけた。
「お前、さっきから緊張してる?」
そう問いかけようとして、けれど口には出せなかった。
もしそれを言ってしまえば、自分もまた同じだと認めることになる。
それは、今の自分にはまだできなかった。
だから、何も言わず、ただ目を閉じた。
凪もまた、無言のまま息を吐き、腕を組む。
その腕の先が、結翔の膝にふれかけては、ぎりぎりの距離で止まった。
言葉は交わされていない。
それでも、気配は互いを捕えていた。
それが苦しくて、けれど逃れられなかった。
この2時間の新幹線。
沈黙に満ちた旅路の始まりは、すでにひとつの戦いの場になっていた。
勝ち負けではない。
けれど、先に言葉をこぼした方が、崩れてしまいそうな気がした。
だからふたりは、ただ座っていた。
音を立てないまま、視線も合わせず、
でもどこかで確かに、互いだけを意識していた。
車内には低く抑えられた会話と、時折響くキャリーケースの軋み音。窓の外にはビル群が流れ、やがて郊外の風景が少しずつ姿を見せ始めていた。
2人掛けの席に並ぶ凪と結翔の間には、互いのリュックとスーツケースが足元に置かれていた。通路側に座った凪の膝は、時おり結翔の膝と軽く触れる。
それは偶然だった。荷物のせいで足を完全に引けず、座席の狭さが強制するような距離だった。
だが、それでも凪は過敏に反応してしまう。
一度、当たった膝を引いた拍子に、結翔の腿にかすかに触れた指先。
ほんの数秒の出来事なのに、体温がそこに残ったような気がして、慌てて自分の手を膝の上に置き直した。
「別に、意識することじゃない。ただ、隣に座ってるだけ」
心の中でそう繰り返す。
でも、どうしても結翔の動作に目がいってしまう。
彼が手元の文庫本をめくる音。
ペットボトルのキャップをひねって開けるときの、わずかな空気の抜ける音。
服の袖が肩口で擦れる音までも、凪には耳について仕方がなかった。
意識しすぎている自分に気づいて、舌打ちしたくなる。
何かを話せばいいのかもしれない。けれど、言葉がうまくつかめない。
話題の選び方ひとつで、この沈黙が壊れてしまう気がして、息をひそめたままスマートフォンの画面を眺めていた。
SNSのタイムラインを流しても、文字は目に入ってこない。
指先でスクロールするたびに、結翔の気配が横から静かに滲んでくる。
それを感じるたび、呼吸が少し浅くなった。
一方、結翔は窓の外に視線を投げたまま、内心では落ち着かない感情を抱えていた。
凪がスマホを触る指先。
膝の上でそっと動かす手。
背筋を伸ばして座っているのに、どこかぎこちない様子。
目を合わせないふりをしながら、つい視線が凪の方に向かってしまう。
すぐに目を逸らす。何でもないふりで、窓の外の景色を追い直す。
だが、そこに集中はできない。
心臓が少しうるさい。
きっかけはわからない。
けれど、気がつけばこの沈黙が妙に息苦しかった。
言葉を選ぶだけで、喉の奥が詰まったような感覚になる。
言わなければただの静寂。
言えば、何かが変わってしまいそうだった。
「……水、飲む?」
唐突に凪が口を開いた。
ペットボトルを差し出しているわけではない。単なる問いかけだった。
声はごく自然で、けれどほんの少しだけ掠れていた。
結翔は顔を向けずに答える。
「うん、ありがと」
たったそれだけの会話。
だが、互いの声のトーンに、呼吸の揃っていなさがにじんでいた。
話しながら、どちらもわずかに肩が動いていた。
声を出すだけで、ほんの少し力が入ってしまうのだと、互いに気づいていた。
そのまま、また沈黙が落ちる。
新幹線の車輪の音がリズムを刻み、車内の照明が徐々に柔らかい光を作る。
車窓の向こうでは、まだ空が晴れていた。
凪はスマホの画面を伏せて、手のひらで額にかかる髪を払った。
隣からは、相変わらず結翔の気配が静かに伝わってくる。
動かないのに、存在が強すぎる。
まるで、沈黙自体が圧力になって、背中を押してくるようだった。
「……」
言葉が喉まで浮かんでは、そこで止まる。
何を話せばいいのかがわからないのではなく、どこまで話してもいいのかがわからなかった。
その境界線の見えなさが、今のふたりの距離だった。
結翔は視線だけを動かし、凪の手元を見た。
指が軽く震えていたわけではない。けれど、何かを隠そうとしている動きだった。
その不自然さが、結翔の胸の奥を締めつけた。
「お前、さっきから緊張してる?」
そう問いかけようとして、けれど口には出せなかった。
もしそれを言ってしまえば、自分もまた同じだと認めることになる。
それは、今の自分にはまだできなかった。
だから、何も言わず、ただ目を閉じた。
凪もまた、無言のまま息を吐き、腕を組む。
その腕の先が、結翔の膝にふれかけては、ぎりぎりの距離で止まった。
言葉は交わされていない。
それでも、気配は互いを捕えていた。
それが苦しくて、けれど逃れられなかった。
この2時間の新幹線。
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勝ち負けではない。
けれど、先に言葉をこぼした方が、崩れてしまいそうな気がした。
だからふたりは、ただ座っていた。
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でもどこかで確かに、互いだけを意識していた。
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