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言葉にできない感情の“返信”
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嵐山の空は、夕暮れの色を纏い始めていた。
観光地特有のざわめきはまだ残っていたが、日中の喧騒と比べるとどこか柔らかく、空気が静まり返っているようにも感じられた。
バスの集合時間まで、残りわずか。
生徒たちは川沿いの売店で最後の買い物をしたり、土産物を手にぶら下げて仲間同士で写真を撮ったりしていた。
そのなかで結翔は、ひとり川辺に立っていた。
リュックを肩にかけたまま、無言でスマートフォンを手にしている。
その画面には、凪の投稿が表示されていた。
「誰かの隣で見る風景は、記憶に残る気がする」
写真は清水寺の舞台から見た風景。
青く澄んだ空と、淡く色づいた山のライン。
そして、その手前。
左端に、かすかに自分の肩が写り込んでいた。
構図は自然だった。偶然のようにも見える。
だが、結翔はわかっていた。
あれは“残してしまったもの”ではなく、“残したかったもの”なのだと。
指が、スマホのカメラを起動する。
無意識のようでいて、どこか確信に満ちた動作だった。
川沿いの遊歩道から、ほんの少し身をよじって向きを変える。
凪がさっきまで立っていた位置と、真逆の角度。
彼があの投稿の写真を撮った場所。
そこを視界に収めるように、反対側から画角を決めてシャッターを切った。
画面に収まったのは、落ちかけた陽の光を受けた空と、川面の反射。
ピントは少しだけ奥にずらしてあり、淡いオレンジの光が画面全体に柔らかく滲んでいた。
すぐにSNSの投稿画面を開く。
文字を打つ指先が、一瞬だけ止まった。
でも、言葉はもう決まっていた。
「たぶんその記憶も、戦利品になるんだろうな」
投稿ボタンを押した瞬間、結翔はスマホを伏せて、短く息を吐いた。
口元を引き結んだまま、目を閉じる。
それは、安堵だったのか。
それとも、何かに気づいてしまったという戸惑いだったのか。
自分でも判別がつかないまま、彼はゆっくり目を開け、空を仰いだ。
夕空は、まるで誰かの心の裏側を映す鏡のように、淡く、揺れていた。
背後から「そろそろ集合です」と声がかかる。
結翔は応えずに、スマホをリュックの外ポケットに滑らせ、そのまま歩き出した。
表情は、周囲から見ればいつも通りだった。
無口で、冷静で、どこか距離を置いているような顔。
けれど、ほんの数分前。
画面に凪の投稿を映したとき、視線がかすかに揺れていた。
そして、あの写真を撮ったあと。
その目はわずかに伏せられていた。
誰も見ていなかったとしても、
その一連の仕草には、確かに感情が宿っていた。
言葉にはしない。
してしまえば、たぶん崩れる。
それでも、投稿という形で応じたのは、
心が何かに追いつこうとしていた証だった。
返信ではない。
でも、返答ではあった。
そしてそれは、きっと凪にだけわかるように選ばれた形だった。
班の集合場所には、すでに数人が集まり始めていた。
凪の姿もそこにあった。
周囲のクラスメイトと何かを話しながら、それでもちらりとスマホに視線を落とす。
その目が、ごくわずかに見開かれたことを、結翔は知る由もない。
ふたりは、直接の会話を交わしていない。
でも、互いに送った一枚の写真と言葉だけで、
“何か”が通じた気がしていた。
まだ、それが何かは知らない。
知らないままでいることが、いまは必要なのかもしれなかった。
たった一言の投稿。
でもその一言が、
ふたりの距離をまた、すこしだけ近づけていた。
言葉にできない感情の“返信”。
それが、いまのふたりにとっての、もっとも正確な対話だった。
観光地特有のざわめきはまだ残っていたが、日中の喧騒と比べるとどこか柔らかく、空気が静まり返っているようにも感じられた。
バスの集合時間まで、残りわずか。
生徒たちは川沿いの売店で最後の買い物をしたり、土産物を手にぶら下げて仲間同士で写真を撮ったりしていた。
そのなかで結翔は、ひとり川辺に立っていた。
リュックを肩にかけたまま、無言でスマートフォンを手にしている。
その画面には、凪の投稿が表示されていた。
「誰かの隣で見る風景は、記憶に残る気がする」
写真は清水寺の舞台から見た風景。
青く澄んだ空と、淡く色づいた山のライン。
そして、その手前。
左端に、かすかに自分の肩が写り込んでいた。
構図は自然だった。偶然のようにも見える。
だが、結翔はわかっていた。
あれは“残してしまったもの”ではなく、“残したかったもの”なのだと。
指が、スマホのカメラを起動する。
無意識のようでいて、どこか確信に満ちた動作だった。
川沿いの遊歩道から、ほんの少し身をよじって向きを変える。
凪がさっきまで立っていた位置と、真逆の角度。
彼があの投稿の写真を撮った場所。
そこを視界に収めるように、反対側から画角を決めてシャッターを切った。
画面に収まったのは、落ちかけた陽の光を受けた空と、川面の反射。
ピントは少しだけ奥にずらしてあり、淡いオレンジの光が画面全体に柔らかく滲んでいた。
すぐにSNSの投稿画面を開く。
文字を打つ指先が、一瞬だけ止まった。
でも、言葉はもう決まっていた。
「たぶんその記憶も、戦利品になるんだろうな」
投稿ボタンを押した瞬間、結翔はスマホを伏せて、短く息を吐いた。
口元を引き結んだまま、目を閉じる。
それは、安堵だったのか。
それとも、何かに気づいてしまったという戸惑いだったのか。
自分でも判別がつかないまま、彼はゆっくり目を開け、空を仰いだ。
夕空は、まるで誰かの心の裏側を映す鏡のように、淡く、揺れていた。
背後から「そろそろ集合です」と声がかかる。
結翔は応えずに、スマホをリュックの外ポケットに滑らせ、そのまま歩き出した。
表情は、周囲から見ればいつも通りだった。
無口で、冷静で、どこか距離を置いているような顔。
けれど、ほんの数分前。
画面に凪の投稿を映したとき、視線がかすかに揺れていた。
そして、あの写真を撮ったあと。
その目はわずかに伏せられていた。
誰も見ていなかったとしても、
その一連の仕草には、確かに感情が宿っていた。
言葉にはしない。
してしまえば、たぶん崩れる。
それでも、投稿という形で応じたのは、
心が何かに追いつこうとしていた証だった。
返信ではない。
でも、返答ではあった。
そしてそれは、きっと凪にだけわかるように選ばれた形だった。
班の集合場所には、すでに数人が集まり始めていた。
凪の姿もそこにあった。
周囲のクラスメイトと何かを話しながら、それでもちらりとスマホに視線を落とす。
その目が、ごくわずかに見開かれたことを、結翔は知る由もない。
ふたりは、直接の会話を交わしていない。
でも、互いに送った一枚の写真と言葉だけで、
“何か”が通じた気がしていた。
まだ、それが何かは知らない。
知らないままでいることが、いまは必要なのかもしれなかった。
たった一言の投稿。
でもその一言が、
ふたりの距離をまた、すこしだけ近づけていた。
言葉にできない感情の“返信”。
それが、いまのふたりにとっての、もっとも正確な対話だった。
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