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記憶の中に、誰かの肩がある
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午後の嵐山は、秋の光があたたかく差し込んでいた。
渡月橋の下を流れる川は穏やかに揺れ、遠くの山の稜線が、かすかに金色を帯びて見える。
観光客の足取りはややゆったりしていて、浮かれた声があちこちから聞こえていた。凪はその中で、少し離れた木陰に腰をおろし、ゆっくりとスマホを取り出した。
竹林の小径を歩いたあと、班全体で少し自由行動が与えられた。皆は食べ歩きを楽しんだり、お土産屋をのぞいたりしている。
凪も最初はその輪にいたが、ふと一人になりたくなって、川沿いのベンチに移動していた。理由は明確ではなかった。ただ、胸の中にうまく言語化できないざわつきが残っていた。
スマホの画面を開く。
保存された写真フォルダをスクロールすると、今日だけでも数十枚の画像が並んでいる。
その中には、当然のように結翔が写っていた。
凪はそのひとつをタップした。清水寺の舞台から撮った風景。
雲が少しだけかかった空と、紅葉が始まりかけた山の稜線。
構図は悪くない。だが、画面の手前。
一番左下のあたりに、結翔の肩が小さく写り込んでいた。
あのとき、誰もが風景に夢中になっていた。凪もその一人だったはずなのに。
気づかないうちに、隣にいた彼を“映してしまっていた”ことに、いまさらながら気づいた。
もう一枚、また一枚と画像をスワイプしていく。
そのほとんどに、結翔の一部が映り込んでいる。
手、背中、影、横顔。
フレームの中に自然と彼がいる。
まるでそれが、最初から“そこにあるもの”として、凪の無意識に刻まれていたように。
「……なんなんだろ」
小さく、誰にも聞こえない声でつぶやく。
風が吹いて、落ち葉が足元を転がっていった。
カメラ越しに見るとき、人は“何を映したいのか”が自然と写真に現れる。
たとえ無意識でも。
その無意識が、今の自分の気持ちを一番正直に語っているようで、少し怖かった。
もう一度、例の写真に戻る。
清水の舞台から見下ろす風景。その左隅に、結翔の肩。
言葉にすればたったそれだけの画角。
でも、見れば見るほど、そこに映っている“存在感”の重みが強くなっていく気がした。
指が、SNSアプリを開いていた。
迷いはあった。だが、それを上回る衝動があった。
投稿画面に写真を添付し、短い言葉を打ち込む。
「誰かの隣で見る風景は、記憶に残る気がする」
それだけだった。説明も、タグも、誰かに向けたような明言もない。
ただの、旅先のポエムのような投稿。
送信を押すと、すぐに画面は切り替わり、ポストが自分のタイムラインに並んだ。
フォロワーからの反応はまだない。
通知もない。
けれど、この数行の言葉が、たったひとりの誰かに届くかもしれないと思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
スマホを伏せ、凪は深く息を吐いた。
それでも、呼吸はどこか落ち着かないままだった。
今のこれは、匂わせなのか。それとも、ただの記録か。
そんな問いが浮かんでくる。
けれど、自分でも答えは出せない。
誰にも言えない気持ちを、言葉にしないままで発信してしまった罪悪感と、
どこかで“わかってほしい”という甘えにも似た期待。
そのどちらもが同時に存在していた。
唇を噛んだ。
軽く、痛みを覚える程度に。
それが現実を繋ぎとめるための行為にすら思えた。
川面に反射する光が揺れている。
その光の向こう側に、もし結翔がいたら――
彼はこの投稿をどう見るのだろう。
気づくのだろうか。
それとも、スルーするのだろうか。
本音を言えば、見てほしいと思っていた。
でも、見て「何か」を言われるのが怖かった。
距離は近い。
並んで歩いて、写真に写って、隣で同じ景色を見ていた。
けれど、心の距離はどうか。
触れられそうで、触れられない。
言葉にできそうで、できない。
その曖昧さこそが、いまのふたりの関係を形作っているのだと思った。
風がまた吹いた。
凪は目を閉じて、その空気を顔に受け止める。
誰かの肩が写り込んだたった一枚の写真。
それが記憶に残るのは、そこに風景以上の感情があったからだ。
そして、自分はもう気づいている。
それを“恋”だと認めることを避けているだけなのだ、と。
渡月橋の下を流れる川は穏やかに揺れ、遠くの山の稜線が、かすかに金色を帯びて見える。
観光客の足取りはややゆったりしていて、浮かれた声があちこちから聞こえていた。凪はその中で、少し離れた木陰に腰をおろし、ゆっくりとスマホを取り出した。
竹林の小径を歩いたあと、班全体で少し自由行動が与えられた。皆は食べ歩きを楽しんだり、お土産屋をのぞいたりしている。
凪も最初はその輪にいたが、ふと一人になりたくなって、川沿いのベンチに移動していた。理由は明確ではなかった。ただ、胸の中にうまく言語化できないざわつきが残っていた。
スマホの画面を開く。
保存された写真フォルダをスクロールすると、今日だけでも数十枚の画像が並んでいる。
その中には、当然のように結翔が写っていた。
凪はそのひとつをタップした。清水寺の舞台から撮った風景。
雲が少しだけかかった空と、紅葉が始まりかけた山の稜線。
構図は悪くない。だが、画面の手前。
一番左下のあたりに、結翔の肩が小さく写り込んでいた。
あのとき、誰もが風景に夢中になっていた。凪もその一人だったはずなのに。
気づかないうちに、隣にいた彼を“映してしまっていた”ことに、いまさらながら気づいた。
もう一枚、また一枚と画像をスワイプしていく。
そのほとんどに、結翔の一部が映り込んでいる。
手、背中、影、横顔。
フレームの中に自然と彼がいる。
まるでそれが、最初から“そこにあるもの”として、凪の無意識に刻まれていたように。
「……なんなんだろ」
小さく、誰にも聞こえない声でつぶやく。
風が吹いて、落ち葉が足元を転がっていった。
カメラ越しに見るとき、人は“何を映したいのか”が自然と写真に現れる。
たとえ無意識でも。
その無意識が、今の自分の気持ちを一番正直に語っているようで、少し怖かった。
もう一度、例の写真に戻る。
清水の舞台から見下ろす風景。その左隅に、結翔の肩。
言葉にすればたったそれだけの画角。
でも、見れば見るほど、そこに映っている“存在感”の重みが強くなっていく気がした。
指が、SNSアプリを開いていた。
迷いはあった。だが、それを上回る衝動があった。
投稿画面に写真を添付し、短い言葉を打ち込む。
「誰かの隣で見る風景は、記憶に残る気がする」
それだけだった。説明も、タグも、誰かに向けたような明言もない。
ただの、旅先のポエムのような投稿。
送信を押すと、すぐに画面は切り替わり、ポストが自分のタイムラインに並んだ。
フォロワーからの反応はまだない。
通知もない。
けれど、この数行の言葉が、たったひとりの誰かに届くかもしれないと思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
スマホを伏せ、凪は深く息を吐いた。
それでも、呼吸はどこか落ち着かないままだった。
今のこれは、匂わせなのか。それとも、ただの記録か。
そんな問いが浮かんでくる。
けれど、自分でも答えは出せない。
誰にも言えない気持ちを、言葉にしないままで発信してしまった罪悪感と、
どこかで“わかってほしい”という甘えにも似た期待。
そのどちらもが同時に存在していた。
唇を噛んだ。
軽く、痛みを覚える程度に。
それが現実を繋ぎとめるための行為にすら思えた。
川面に反射する光が揺れている。
その光の向こう側に、もし結翔がいたら――
彼はこの投稿をどう見るのだろう。
気づくのだろうか。
それとも、スルーするのだろうか。
本音を言えば、見てほしいと思っていた。
でも、見て「何か」を言われるのが怖かった。
距離は近い。
並んで歩いて、写真に写って、隣で同じ景色を見ていた。
けれど、心の距離はどうか。
触れられそうで、触れられない。
言葉にできそうで、できない。
その曖昧さこそが、いまのふたりの関係を形作っているのだと思った。
風がまた吹いた。
凪は目を閉じて、その空気を顔に受け止める。
誰かの肩が写り込んだたった一枚の写真。
それが記憶に残るのは、そこに風景以上の感情があったからだ。
そして、自分はもう気づいている。
それを“恋”だと認めることを避けているだけなのだ、と。
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