「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始

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言わなかったことが、言われたことより深く刺さる

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バスのエンジン音がかすかに響き、出発の準備が整ったことを告げていた。  
結翔は、車内の最後部座席の窓側に腰を下ろしていた。  
その横顔は、外に広がる旅館の玄関先の風景をぼんやりと見つめているようで、実際には何も見ていなかった。

彼の手の中には、黒いスマートフォンがあった。  
画面にはSNSのタイムラインが開かれている。  
流れるように更新される投稿の中で、一際目を引く写真と言葉が、視界に飛び込んできた。

「触れられる距離が、いちばん遠い」

言葉は短く、だがその奥に潜むものは限りなく深かった。  
添えられた写真は、障子越しの朝日だった。  
光がやわらかく差し込み、室内を淡く染めていた。  
写真の隅には、布団の上で静かに眠る自分の姿が、影のようにぼんやりと写っていた。

それを見た瞬間、結翔の指先が、ほんのわずかに震えた。  
画面をスクロールしていた動きが止まり、彼はそのまま何秒も、画面をじっと見つめたままだった。  
まばたきひとつせず、凪の投稿を見続けていた。

心の奥に、言葉では説明しきれない感情が押し寄せてくる。  
昨夜の沈黙。  
凪の横顔。  
布団の中で交わされなかった言葉。  
あの一言に返すことができなかった自分。

「負けてもいいって、思いかけてる」

あの告白めいた呟きが、今になって重くのしかかる。  
自分は、ただ黙っていただけだった。  
言葉を出すタイミングはいくらでもあった。  
起き上がって、顔を見て、何かひとつでも返せばよかった。  
たった一言、それだけで変えられるものがあったのに。

それをしなかった。  
しなかった自分が、いま、この投稿を前にして言葉を失っている。  
画面に表示されたハートの数が増えていく。  
フォロワーたちがざわめき、感想を投稿しはじめているのが見えた。

「何があったの?」  
「詩人すぎるでしょ…」  
「これ、神城くん、ガチで落ちてない?」  

そのどれもが、まるで自分の背中を刺すように感じられた。  
彼らには見えている。  
凪の気持ちが、もうそこまで届いている。  
それなのに、自分だけがまだ、何ひとつ形にできていない。

画面の下、投稿ボタンのアイコンが静かに光っていた。  
その先へ指を動かすだけで、何かを返せる。  
言葉を選ばずとも、ほんのひとこと、写真ひとつでもいい。  
何かしら返せば、きっと、彼はそれを“受け止められた”と感じてくれる。

結翔の指は、わずかに動いた。  
だが、次の瞬間、彼はそのままスマホの画面を暗くした。  
そして、ゆっくりとリュックの中にスマホをしまった。

何も返さない。  
返せなかった。

沈黙。それだけが、彼の選んだ答えだった。

窓の外に視線を向けた。  
朝の光が車内のカーテン越しにぼんやりと差し込み、彼の頬の輪郭を淡く照らしていた。  
その輪郭は、ふだんなら凛とした美しさに満ちていた。  
だが今は、どこか影を落とし、輪郭の端が曖昧に揺れていた。

まつげが微かに震える。  
目を閉じることはできなかった。  
今この瞬間、自分が黙ったままであることに耐えがたいほどの罪悪感を感じていた。

口元はわずかに結ばれていた。  
無表情のはずなのに、どこか不安げに見えるその表情。  
窓の外を見ているようで、目の焦点は合っていなかった。

凪は、前方の席にいた。  
斜め前の位置で、顔は見えなかったが、彼が微動だにせず座っているのがわかった。  
手にはスマホがなかった。  
もう、見る必要すらないのだと、結翔は思った。

投稿しなかった自分の沈黙が、どんなふうに彼の心に映ったのか。  
考えるまでもなかった。

伝わらないより、何も返ってこない方が、よほど痛い。  
それを結翔は、いまようやく知った。

小さく息を吐いて、背もたれに身体を預ける。  
車窓の景色はゆっくりと動き始めていた。  
けれど、その流れはどこか現実味を欠いていて、自分が今どこに向かっているのかさえ、わからなくなっていた。

言葉を失ったまま、バスは静かに京都を後にした。  
心のどこかで、もう戻れない場所があるのだと、結翔は感じていた。
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