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沈黙の背後で、笑顔は終わっていた
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新幹線の車内には、微かな揺れとともに空調の音が均一に流れていた。
出発からすでに三十分が過ぎ、窓の外の景色は田畑から都市の輪郭へと徐々に変わりつつある。
照明は柔らかく、通路を挟んで隣の席では数人のクラスメイトたちが静かに眠っていた。
そんな中、凪と結翔は向かい合わせに座っていた。
二人のあいだには、テーブルがあり、そこに置かれたペットボトルのお茶が一本ずつ。
けれど、会話はなかった。
それはあまりに不自然な沈黙だった。
以前ならば、たとえ言葉がなくとも視線が交わり、空気に柔らかさがあった。
今は、そのどちらもなかった。
凪は、自分の表情が固まっていることを自覚していた。
微笑もうとした。
何でもない風を装って口角を引いたが、それはただ形だけのものだった。
目は笑っていなかった。
自分でも分かるほどに、まぶたの動きがぎこちなかった。
まばたきがやけに多くなり、視線を外すために何度も窓の外に目をやった。
けれど、車窓の景色がどんなものだったのか、ひとつも頭に残っていなかった。
「何か話せばいい」と思っていた。
けれど、その“何か”が、どれほど浅いものになってしまうかも分かっていた。
昨夜、自分が言ったこと。
今朝、投稿に込めた感情。
それに対して何も返ってこなかった彼に、自分がどんな言葉を投げかけられるのか。
できるだけ、自然に振る舞おうとした。
周囲から見れば、ただの静かな車内の一場面に見えるように。
けれど、自分の内側が静けさと真逆の状態であることは、凪自身が一番よく知っていた。
向かいに座る結翔もまた、ほとんど動かないままだった。
手元にはスマートフォンがあったが、画面はついていなかった。
手持ち無沙汰に見えて、実際は自分の内面の整理に忙殺されていた。
視線は凪に向いていないふりをしていたが、時折、盗み見るようにその表情をうかがっていた。
凪が微笑もうとした瞬間。
窓に目を向けたとき。
その横顔から、ほんの僅かな疲れが見えたとき。
結翔は、そのたびに胸の奥がざわついた。
「なにか言わなきゃ」と思った。
でも、言葉が形にならなかった。
昨夜、返せなかった一言。
今朝、投稿で返ってきた感情の揺れ。
すべてを飲み込んでしまった自分が、いまさら何を言えるのか。
話しかける勇気が、ただ一言さえ、出てこなかった。
目線を上げて天井を見た。
車内の照明に照らされたその顔は、光のせいでいつもより少し色を失っていた。
顔の下半分に落ちた影が深く、視線もどこかぼんやりとしていた。
その静寂を、少し離れた席で見ていたふたりの人物がいた。
「……あのふたり、今日なんか変じゃない?」
まゆが、声を潜めて言った。
御堂筋はうなずきながら、手元のスマートフォンで凪の今朝の投稿を開いていた。
「いつもなら、新幹線の中でも小ネタ挟んでくるはずなのに」
「匂わせ合戦、きれいさっぱり止まってる。というか、これは“片想い”状態の構図です」
「返事、なかったのかな」
「おそらく。少なくとも、投稿による返信は確認されていません」
まゆは、それ以上何も言わなかった。
ただ、遠くに見える凪の横顔を見つめていた。
いつもの凪なら、少し首をかしげて笑ったり、余裕のある表情を見せるはずだった。
でも、いまの凪は、それをしようとして失敗しているように見えた。
その表情を見て、まゆは確信した。
彼は、諦めかけている。
心のどこかで、自分が言ったことを悔いているか、もしくは、もうこれ以上届かないと悟っている。
御堂筋が小さく呟いた。
「沈黙って、意図しないうちに最大のメッセージになりますよね」
まゆは、ただ頷いた。
新幹線の車内は、変わらず静かだった。
走行音と、車輪の規則的な響きだけが時を刻んでいた。
だが、凪と結翔のあいだには、そのリズムとは異なる時間が流れていた。
重く、鈍く、止まりかけたような時間が。
向かい合わせで座っていながら、ふたりは互いを見ていなかった。
その姿は、まるで心を閉じ合った他人のようだった。
そしてそれが、誰よりも深くつながっていたふたりであることを思うと、
その沈黙は、何よりも痛ましかった。
出発からすでに三十分が過ぎ、窓の外の景色は田畑から都市の輪郭へと徐々に変わりつつある。
照明は柔らかく、通路を挟んで隣の席では数人のクラスメイトたちが静かに眠っていた。
そんな中、凪と結翔は向かい合わせに座っていた。
二人のあいだには、テーブルがあり、そこに置かれたペットボトルのお茶が一本ずつ。
けれど、会話はなかった。
それはあまりに不自然な沈黙だった。
以前ならば、たとえ言葉がなくとも視線が交わり、空気に柔らかさがあった。
今は、そのどちらもなかった。
凪は、自分の表情が固まっていることを自覚していた。
微笑もうとした。
何でもない風を装って口角を引いたが、それはただ形だけのものだった。
目は笑っていなかった。
自分でも分かるほどに、まぶたの動きがぎこちなかった。
まばたきがやけに多くなり、視線を外すために何度も窓の外に目をやった。
けれど、車窓の景色がどんなものだったのか、ひとつも頭に残っていなかった。
「何か話せばいい」と思っていた。
けれど、その“何か”が、どれほど浅いものになってしまうかも分かっていた。
昨夜、自分が言ったこと。
今朝、投稿に込めた感情。
それに対して何も返ってこなかった彼に、自分がどんな言葉を投げかけられるのか。
できるだけ、自然に振る舞おうとした。
周囲から見れば、ただの静かな車内の一場面に見えるように。
けれど、自分の内側が静けさと真逆の状態であることは、凪自身が一番よく知っていた。
向かいに座る結翔もまた、ほとんど動かないままだった。
手元にはスマートフォンがあったが、画面はついていなかった。
手持ち無沙汰に見えて、実際は自分の内面の整理に忙殺されていた。
視線は凪に向いていないふりをしていたが、時折、盗み見るようにその表情をうかがっていた。
凪が微笑もうとした瞬間。
窓に目を向けたとき。
その横顔から、ほんの僅かな疲れが見えたとき。
結翔は、そのたびに胸の奥がざわついた。
「なにか言わなきゃ」と思った。
でも、言葉が形にならなかった。
昨夜、返せなかった一言。
今朝、投稿で返ってきた感情の揺れ。
すべてを飲み込んでしまった自分が、いまさら何を言えるのか。
話しかける勇気が、ただ一言さえ、出てこなかった。
目線を上げて天井を見た。
車内の照明に照らされたその顔は、光のせいでいつもより少し色を失っていた。
顔の下半分に落ちた影が深く、視線もどこかぼんやりとしていた。
その静寂を、少し離れた席で見ていたふたりの人物がいた。
「……あのふたり、今日なんか変じゃない?」
まゆが、声を潜めて言った。
御堂筋はうなずきながら、手元のスマートフォンで凪の今朝の投稿を開いていた。
「いつもなら、新幹線の中でも小ネタ挟んでくるはずなのに」
「匂わせ合戦、きれいさっぱり止まってる。というか、これは“片想い”状態の構図です」
「返事、なかったのかな」
「おそらく。少なくとも、投稿による返信は確認されていません」
まゆは、それ以上何も言わなかった。
ただ、遠くに見える凪の横顔を見つめていた。
いつもの凪なら、少し首をかしげて笑ったり、余裕のある表情を見せるはずだった。
でも、いまの凪は、それをしようとして失敗しているように見えた。
その表情を見て、まゆは確信した。
彼は、諦めかけている。
心のどこかで、自分が言ったことを悔いているか、もしくは、もうこれ以上届かないと悟っている。
御堂筋が小さく呟いた。
「沈黙って、意図しないうちに最大のメッセージになりますよね」
まゆは、ただ頷いた。
新幹線の車内は、変わらず静かだった。
走行音と、車輪の規則的な響きだけが時を刻んでいた。
だが、凪と結翔のあいだには、そのリズムとは異なる時間が流れていた。
重く、鈍く、止まりかけたような時間が。
向かい合わせで座っていながら、ふたりは互いを見ていなかった。
その姿は、まるで心を閉じ合った他人のようだった。
そしてそれが、誰よりも深くつながっていたふたりであることを思うと、
その沈黙は、何よりも痛ましかった。
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