【完結】共生

ひなこ

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2.禁断の歌声

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 テレビ局を出る頃には午前二時を過ぎていた。
 名倉は車で優子を自宅へ送りながら、諸々もろもろの報告をした。

 動画サイトの統制を依頼したこと、有紗が就寝しゅうしんしたこと、午前中にこなした営業の結果など。有紗のスカウトの件は、機嫌を損ねそうなのでせた。

「そう。来月は雑誌露出も増やして、ソフトなイメージを売りたいわね。頑張るわ」
 窓の外、流れていく灯りを見やった。
 優子は一心に今の仕事に打ち込んできた。以前とは人が違って……。
 そう、違っている。
 ファッション誌やエッセイ連載の仕事も来て、気分のいいところに水を差すのも気が引けたが、どうしても気になった。

「優子、有紗ちゃんのことなんだけど」
「何?」
 ミラー越し、書類に見入ったまま聞き流しているのがわかる。

「もう少し、ちゃんと見てあげた方がいいんじゃないかと。差し出がましいと思うけど、寂しがっていると思う」
「いいのよ、あの子の方が私を嫌ってるんだし。私だって、自分からすり寄っていく暇も根性もないわ」
「嫌ってなんていないよ。たった一人の母親だ。どうしていいかとまどっているだけで」
「私だってとまどってるわよ。もう十年近く」
 また堂々めぐりにおちいる。

 沈黙のままに車は自宅へと到着する。
 名の知れたタワーマンションの三十五階に彼女の自宅がある。深夜のエントランスは、闇の中に静まりかえっていた。名倉は先んじてエレベーターを呼びだす。
「……ごめん。名倉ちゃんが心配してくれるの、ありがたいって思ってる。こうして仕事できてるのもあなたのおかげだし」
「それとこれとは別の話で」
「わかってる。それでも……やっぱり私には、あの子をかわいがることはできない」
 これもまたいつもの会話。いつまでこの状態は続くのだろう。

「それから通院の件、あなたから社長に話してくれる?今後の人生がかかってるの。自分でも言うけど、あなたから先に話を通してくれない?」
「わかった。少しスケジュールもゆるめる必要があるだろうし」
 本来ならここで別れるところだが、今日は原稿を受け取る必要があった。

「有紗ちゃんには……通院の理由を言ったのか?」
「まだよ。できれば本当のことは言いたくないわ」
「でも、それは……」
 そこまで言って、ちょうど部屋の前にさしかかった。 

 優子は玄関に名倉を待たせ、一度部屋に上がる。

 キッチンは消灯していて静まりかえっていた。
 一番奥、南向きの一室が有紗の部屋だ。生活リズムの違う娘とは、いつも寝顔でしか会えない。高校生になってからはメールも途絶え、会話はほとんどなくなった。

 ドアを開けて暗がりをのぞく。ベッドのふくらみを見るとすでに寝ているのだろう。
 娘は母親に対して同性ゆえの厳しさを見せてくる時期があると言うが、その頃にさしかかったのだろう。だが優子からすれば、寂しさより安堵あんどが訪れた。

 いつか彼女ありさはこの状況に気づく日が来るだろう。でもどう説明すればいいのか。できれば後延ばしにしたい、知られるのは一日でも遅い方がいい。
 と。

「パンパカパーン!ママ、誕生日おめでとう!」

 不意な軽い破裂音はれつおんと共に、部屋が明るくなった。
 優子は紙吹雪を頭から浴び、目を見張る。有紗が放ったクラッカーだった。

 テーブルには少し形の崩れたデコレーションケーキ。自分で作ったのだろうか。そして生ハムやフルーツのオードブルと、ティーカップがセットで並べられていた。手作り感がわかる、少し下手っぴな感じの料理たち。

「ママは歌嫌いだって言うけど、こんな日くらい歌わせて。私からのお祝いなんだから。ハッピバースディ、トゥユーー」
「や、やめて。有紗!」
 とっさに優子は耳を塞ぐ。

 自分の歌声は聴いてはいけない。それは何度か出くわして困難を引き起こし、名倉や事務所の人間の間では不文律ふぶんりつになっている事項だった。
 有紗も幼少から歌いたがり抑えるのに苦労してきた。長じて声が似てくると、ますます危機感を持った。

 間近で歌われたらどうする?
 優子にとって自分の歌声は毒なのだ。一から築いてきた地位を揺るがすほどの。
 歌声が毒の糸のように優子を捉え、絡みあって脳へ入り込んでいく。

 だめだってば、あんたなんかに出てこられたら。
 私の人生が台無しなのに。

 そう叫ぶ間もなく意識がうすれていった。

「ママ?大丈夫……?」

 寂しいのをがまんして、母のお祝いをたくらんだのに様子がおかしい。
 びっくりしすぎてショック死したのか?
 有紗は、頭を抱えうずくまった母を覗き込む。

「ママ、ママ、しっかりして」
「ん……」
 優子が顔を上げた。だがその表情はいつもの母ではなかった。

「……あんた、誰?」

 発声が違った。腹から強く息を吐く唱法しょうほうのような発声。目を大きく見開き、人を射るような迫力。いつもの母と違いすぎる。

「……ママ、何言ってんの?有紗だよ、ママの娘」
 たじろぎながらそう答えた。
 肌で感じる。今、目の前に居る母は、明らかに別人だ。

「ありさ、ちゃん?」

 優子の中で何かがつながったようだった。警戒の表情が解け、有紗を思い切り抱きしめる。大型犬のようにほおずりをして、口づけた。
「大きくなったね!久しぶりじゃない」 
 一体何が起こったのだろう。あっけにとられながら、しばしされるままになった。

「……ママ、大丈夫?」
「やっと出られたあ。ホントにもう一生無理だと思ってた」
 有紗は身を離し、いぶかしげに母を見返す。

 久しぶり?出られた?無理だと思ってた?

 異常にテンションが高いこの人物は、本当に自分の母親なのか。神経質な性格で皮膚にも雑菌があると言い、キスしたことなどなかったのに。それだけではない。眼差し、しぐさ、口調。
 すべてがいつもと違う。

「……あなたは、誰なの?」
 有紗は目の前の”誰か”をいぶかしげに見た。
 演技なはずもない。母は演劇に一切興味を示さなかったし、嘘をつくのも下手だったはずなのに。

「優子、まだかい?何か問題でも起きたの?」
 異常を感じたのか、名倉が有紗の部屋へ駆け込んできた。

「まあ、名倉じゃない!お・久し・ぶり。ねえ、私が誰だかわかるわね?」
「えっ?……優子、さん。……じゃ、ない?うげっ!」  
 優子は満面の笑みで、名倉のネクタイをつかみ上へねじりあげた。

「大丈夫?名倉さん」
 有紗はむせた名倉の背をさすり、優子を見上げた。
「ねえ、本当にあなたは誰?ママじゃないよね。ママはそんな荒っぽいことしないし、名倉さんに手をあげたりしない」
「いえ、有紗さん。実はその、彼女は……」

「私は琴美(ことみ)。本来のこの身体の持ち主は私だったのよ、二十歳の時まで」 
 優子の姿をした人物は、名倉の言葉をさえぎって告げた。

「……コトミ?」

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