【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)

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第四章

不安の中

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 振り払われなかったことでアンジェリカの表情が更に明るくなる。その手がアルフレッドの顔へと伸びる。
 アンジェリカがラファエルとして生きた頃に見たものとは違う、成長したアルフレッドに触れようと指先が頬に僅かに掠めた時、その手を掴んだ。

「…悪い」

 そっとアンジェリカの腕を下ろし、手を離した。

「お前の想いには応えられない」

 静かな声が落ちる。夜の静寂にその声はよく響いて、一言一句違わずにアンジェリカの耳に届いた。アンジェリカの唇が震える「どうして」と声もなく紡がれた。

「俺にはもう決めた相手がいる。それはお前じゃない」

 アルフレッドの心に浮かぶのは唯一人だ。散々泣かせて、すぐ戻ると宥めすかしたのにそれも守れなくてきっと今も泣かせてしまっている人。
 もうその人を今まで同じように呼んでいいのかもわからないけれど、その存在すら今はよくわからないけれど、アルフレッドにとっては彼だけが唯一であることには変わりない。

「お前の側にはいられない」

 アンジェリカの頬にすう、と涙が走る。
 瞬きもせず落ちていくそれを見てアルフレッドの表情が苦しげに歪められた。

「……あの人…?」

 ぽつりとこぼれた声にアルフレッドは答えない。けれどアンジェリカは悲しげに笑った。

「……どうして、私だって、ラファエルだったのに。同じ顔、だったのに…」

 その口振りはアルフレッドの想い人がラファエルだとわかっているようだった。

「どうして、どうして…!なんであの人ばっかり全部あるの?なんで、どうして!私には、私にはなにもないのに、どうしてよぉ!」

 取り乱したようにアンジェリカが叫び、すぐ様扉が開け放たれる。
 橙色の灯が殺風景な部屋を照らし、アルフレッドの足元で蹲って泣くアンジェリカを見て騎士が血相を変えた。

「き、貴様一体何を!」
「違います」

 今すぐにでも腰の剣を抜いてアルフレッドに向けようとしていた騎士を震える声でアンジェリカが止める。ゆっくりと立ち上がり振り向いた王女の顔に騎士の顔面が蒼白になるが、アルフレッドはベッドに腰掛けたまま華奢な背中を見ていた。

「…私が取り乱しただけです、彼は何もしていません。…今日は戻ります」

 そう言って足を踏み出したアンジェリカに告げる。

「いくら来ても無駄だぞ」

 扉の前で足は止まり、振り返った。

「……時間を掛けてみなければわかりません」

 淡く微笑んだアンジェリカはそれだけを残して去っていった。
 足音が遠くなり、馬車に乗り込む音がした。再び静けさが戻った部屋でアルフレッドは重たい息を吐いた。


 
 それが数日前の出来事だ。
 どうやらアンジェリカはラファエルらしい。その言葉だけ見ると何がなんだかさっぱりだが、アルフレッドは感覚的にそれを理解していた。

 二人の共通点は原因不明の病に倒れて一ヶ月昏睡状態に陥っているということ。そして目覚めたら人が変わったようになるということ。これは既にラファエルの時に経験している。
 そしてアンジェリカがかつてのラファエルであるということをアルフレッドは受け入れていた。それを否定する気にもなれなかった。むしろ長年あった疑問が解消されたようなすっきりとした心持ちですらあった。

 別人であるならラファエルの変化にも納得がいくからだ。
 剣や体術の稽古をつけてもらっている時、旅の途中、アルフレッドは何度かラファエルに聞いたことがある。

「お前一体何があったんだ?」

 その度にラファエルは曖昧に笑ってこう答えていた。

「生まれ変わっただけだよ」

 聞く度になんだそれと怪訝に思っていた。けれど今ならその言葉が何よりも正しいのだと納得する。
 ラファエルは、ラフェエルではないのだ。

「……きっと、これのことだったんだろうな」

 ベッドに横になり、何もない岩の天井を眺めながら呟く。
 ヒノデの国から大陸に戻る船の上でラファエルが言った「いつか全て話す」その内容はきっとこれのことだろうとアルフレッドは確信していた。
 そして今までのラファエルの行動の原因も、少し理解出来た気がしていた。

「自分の体じゃないと思えばあんな無茶も出来るよな」

 死に急いでいると言っても過言ではないほどラファエルは好戦的で必ずといっていい程最前線に立ちたがった。自ら死と隣り合わせの危険を冒し、その度にアルフレッドが助けに入り小言をいう。それがいつものお決まりのパターンだ。
 魔物に背中を抉られても、腕を噛まれても、ラファエルの顔面にまんまと落ちた男達に薬を盛られた時も、最後はラファエルは笑っていた。「ヘマしちゃった」そう軽くいうのだ。

 どれだけ怒鳴ったかしれない。最初の頃は殴り合いの喧嘩だってしていた。それをしなくなったのはそうしても無駄だと判断したからであり、いつの間にか好意を寄せていたからだ。
 我ながら趣味が悪いと思う。顔面以外は得体の知れない不気味なヤツだと思う。

 けれどふとした瞬間に見せる物悲しい顔が、アルフレッドを信用しきっている態度が、顔一杯に笑う姿が好ましいと思ってしまったのだから仕方がない。コイツには俺がいなければと、そう想わせた時点でアルフレッドの負けは確定している。

 アルフレッドにそう思わせたのはラファエルだ。
 負けず嫌いで、意地っ張りで、頑固で、寂しがりやの癖に一歩引いて全てを遠くから見て、悲しそうに眉を下げているラファエルだ。
 アンジェリカではない。

「…エル」

 触れたいと心から思う。
 アルフレッドが屋敷を出る前日の夜、行かないでと子供のように泣いたラファエルは一体どれほどの不安の中にいたのだろうか。突然王族から来いと言われ、行けばアルフレッドが欲しいと言われた。きっとその時に互いの身の上も話したのだろう。そうでなければラファエルがあれほどまでに憔悴するはずがない。

 アンジェリカの言葉やアルフレッドの考えを全て正しいと仮定するなら、ラファエルはあの時ずっと葛藤していたに違いない。自身が本物でないことを誰よりも理解しているラファエルが悩まないはずがない。
 けれどそれを誰にも打ち明けることができなかったのだ、アルフレッドにさえ。
 打ち明けるためにゆっくりと準備していたところに誰も予想しない場所から爆弾が飛んできたのだ、仕方がないといえるがアルフレッドは溜息を吐かずにはいられなかった。

「……何が大丈夫だ」

 今すぐに戻ることも出来なければ、この先のことも見えない。
 「いかないで」あれがラファエルにとってどれだけの思いを込めて伝えられた言葉だったのかをようやく思い知ってアルフレッドの表情が歪む。

「パーティーが始まるのはいつだ」

 張り詰めた声が扉の前でつまらなそうに座っている男の鼓膜を震わせた。

「そ、そんなの教えられるわけ」
「いつだ」
「明日です」

 明日。アルフレッドは口内で反芻した。
 要人を招いてのパーティーとなれば厳戒態勢の警備が敷かれる筈。ならば、逃げるのであれば明日しかない。自分が逃げ出してアンジェリカがどんな行動に出るかは正直にいうと読めないが、それでもアルフレッドは動かずにはいられなかった。
 遅すぎたくらいだと舌打ちをする。「滅多なこと考えんじゃねえぞ」と扉から聞こえるがアルフレッドは聞こえない振りをした。
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