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第一章 北の国の美味しいもの編
まだ見ぬもぐらブラザーズ
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両手で顔を覆い、天を仰ぎすぎて最早頭頂部が床に着きそうだ。
「もぐらが、もぐらがウチの畑の野菜ぜーんぶ持ってっちまったんだべ!」
そんな奇抜な体勢でも店主の嘆きの叫びはがらんどうの店内に虚しく響く。
そのままメソメソと泣き出してしまった腹を見て、ステラとリヴィウスは顔を見合わせ、次にどこか疲弊している息子を見た。てぷを含め三人の視線を受けた彼は観念したように息を吐き、顔を畑への出入り口がある方へと向けた。
「…実は、今うちの畑がもぐらブラザーズに狙われていまして…」
「もぐ、なんだと?」
「もぐらブラザーズです」
この世の終わりだとでも言うような表情で告げられた名称にリヴィウスの表情に困惑の色が現れた。眉根を寄せなんとも言えない顔でステラを見る。
「ああ、彼らですか」
「知っているのか?」
信じられないとでもいいただけな声にステラはなんの違和感もないと言った顔でしっかりと頷いた。
『もぐらがどうかしたのか?』
平然としているステラに困惑しているリヴィウス、そして特に気にしていないてぷという三者三様のリアクションを見せながら一同の視線は再び息子へと戻る。「実は…」と沈んだ声で語られた内容にステラはふう、と息を吐いたのだった。
数週間程前から野菜の収穫量が減り出した。今年は魔族の襲来も無く、かといって動物が襲いにきたわけでも、天候が長期間悪かったというわけでもない。不作になる理由なんてどこにもないのに、レストランの看板メニューを支える野菜たちが悉く姿を消していったのである。
これはおかしいと店主が寝ずの番をして畑を見守っていた深夜“奴ら”が現れたのだ。
「…そこの兄ちゃんくらいあるもぐらがよぉ、うちの大事な畑をめちゃくちゃにしていきやがったんだよ…。しかもそろそろバレるって思ったからか使える野菜全部取って行きやがって、これじゃあうちの商売は成り立たねえよ!」
奇妙な体制から復活した店主が床に座り込みおいおいと泣きながら訴える。
「…ならば他の流通ルートを確保すれば良いだろう」
見兼ねた、というかあまり事態を重く受け止めていないリヴィウスの言葉に泣き腫らして真っ赤になった目を見開いて店長が立ち上がった。
「馬鹿野郎! うちの料理はなあ! うちで作った野菜じゃねえと最高の味が出ないんだよ! お客様に中途半端なもんが出せるわけねえべや!」
ゆうに四十センチは差があるリヴィウスを果敢に見上げながら鼻息荒く言い切る店主をその息子が「すみませんすみません」と言いながら脇の下に腕を入れて回収していく。
「クソ、クソォ! 魔王が死んでようやくまともに商売できるってなった途端にこれだ。どうしてこうなっちまうんだよぉ…」
店主の慟哭とも言える叫びに店内はしん、と静まり返った。
唯一てぷだけが気遣わしげにリヴィウスを見上げたが、リヴィウスの表情は一切動いてはいなかった。きっと間違いなく何も感じていないのだろうなと、ステラは思った。
魔族には仲間意識なんてものは存在しない。種の存続の為に上が下に何かを分けたり、下が上の指示に従ったりすることはあっても、それは庇護しているわけでも傾倒しているわけでもない。それはただ種を守るためだけの手段でしかないのだ。
だからこそ、かつて魔族の王であったリヴィウスは自分以外の魔族が何をしたってどうでも良く、かつての同胞がした行為に責任を感じるわけでもない。彼にとってそれらは“そういうもの”だと、ステラは捉えている。これは二年の間魔族と戦い、そして人間に近い存在となったリヴィウスと過ごしてきたステラの知見だった。
魔族には人間程豊かな感情は存在しない。繊細な感情は長い時を生きる彼らにとっては煩わしいものにしかならないからだ。
「……そいつらがいなくなればいいのか」
だからこそ彼の言葉にステラは目を丸くした。
「そんなことが出来るわけねえだろ、ギルドに登録してる冒険者だってお手上げだって言ってんだぞ」
「俺ならできる」
感情の伺えない、けれども迷う余地の一切ない声でリヴィウスが言い切ったことで店主の表情が変わった。怒りと不安と絶望に染まっていた顔に、光が差し込むようだった。
「…本当か? 本当に、もぐらブラザーズを倒してくれんのか?」
「……たかがもぐらだろう」
「たかがって、そんな簡単な存在なら僕たちだってこんなに困ってないんですよ!」
リヴィウスが静かに息子を見た。深く鮮やかな赤色で見られて、息子の体がぎくりと震える。
「…俺にとってはたかがだ。そいつらは夜にしか出ないのか」
「は、はい」
「なら明日の朝には全て片付けておく。それでいいな」
端的に告げてリヴィウスは踵を返して店から出ていってしまった。残された四人はベルの音の余韻を聞いていたが、はっとしたてぷが慌てて追いかける。
『おいリヴィ! お前一人だったら迷子になるんだってばー!』
カランカランカラン、と先程よりも騒がしい音と一緒に扉が開く。それが閉まったのを見てからステラは店主とその息子の方に顔を向けた。
「騒がしくしてしまってすみません」
「それは別に良いんだけどよ、あの兄ちゃん真面目に言ってんのか?」
ステラは一瞬迷った。けれどもその問いの答えは決まっている。
「彼は嘘を吐けませんから。それにちゃんと強いので、本当に明日になったら解決していると思います」
「…そ、そうなんですか?」
ステラはしっかりと頷いた。リヴィウスは強い。なんてたって元魔王だから。けれどそれを伝えられるわけもないため、ステラはただ頷くに止めた。
「なので倒して落ち着いたら彼にここのスープを食べさせてあげてください。てぷ様、…子供もすごく楽しみにしているので」
その言葉に店主はしっかりと頷き、たぷたぷのお腹を叩きながら「あたりめえだ!」と約束してくれた。
「もぐらが、もぐらがウチの畑の野菜ぜーんぶ持ってっちまったんだべ!」
そんな奇抜な体勢でも店主の嘆きの叫びはがらんどうの店内に虚しく響く。
そのままメソメソと泣き出してしまった腹を見て、ステラとリヴィウスは顔を見合わせ、次にどこか疲弊している息子を見た。てぷを含め三人の視線を受けた彼は観念したように息を吐き、顔を畑への出入り口がある方へと向けた。
「…実は、今うちの畑がもぐらブラザーズに狙われていまして…」
「もぐ、なんだと?」
「もぐらブラザーズです」
この世の終わりだとでも言うような表情で告げられた名称にリヴィウスの表情に困惑の色が現れた。眉根を寄せなんとも言えない顔でステラを見る。
「ああ、彼らですか」
「知っているのか?」
信じられないとでもいいただけな声にステラはなんの違和感もないと言った顔でしっかりと頷いた。
『もぐらがどうかしたのか?』
平然としているステラに困惑しているリヴィウス、そして特に気にしていないてぷという三者三様のリアクションを見せながら一同の視線は再び息子へと戻る。「実は…」と沈んだ声で語られた内容にステラはふう、と息を吐いたのだった。
数週間程前から野菜の収穫量が減り出した。今年は魔族の襲来も無く、かといって動物が襲いにきたわけでも、天候が長期間悪かったというわけでもない。不作になる理由なんてどこにもないのに、レストランの看板メニューを支える野菜たちが悉く姿を消していったのである。
これはおかしいと店主が寝ずの番をして畑を見守っていた深夜“奴ら”が現れたのだ。
「…そこの兄ちゃんくらいあるもぐらがよぉ、うちの大事な畑をめちゃくちゃにしていきやがったんだよ…。しかもそろそろバレるって思ったからか使える野菜全部取って行きやがって、これじゃあうちの商売は成り立たねえよ!」
奇妙な体制から復活した店主が床に座り込みおいおいと泣きながら訴える。
「…ならば他の流通ルートを確保すれば良いだろう」
見兼ねた、というかあまり事態を重く受け止めていないリヴィウスの言葉に泣き腫らして真っ赤になった目を見開いて店長が立ち上がった。
「馬鹿野郎! うちの料理はなあ! うちで作った野菜じゃねえと最高の味が出ないんだよ! お客様に中途半端なもんが出せるわけねえべや!」
ゆうに四十センチは差があるリヴィウスを果敢に見上げながら鼻息荒く言い切る店主をその息子が「すみませんすみません」と言いながら脇の下に腕を入れて回収していく。
「クソ、クソォ! 魔王が死んでようやくまともに商売できるってなった途端にこれだ。どうしてこうなっちまうんだよぉ…」
店主の慟哭とも言える叫びに店内はしん、と静まり返った。
唯一てぷだけが気遣わしげにリヴィウスを見上げたが、リヴィウスの表情は一切動いてはいなかった。きっと間違いなく何も感じていないのだろうなと、ステラは思った。
魔族には仲間意識なんてものは存在しない。種の存続の為に上が下に何かを分けたり、下が上の指示に従ったりすることはあっても、それは庇護しているわけでも傾倒しているわけでもない。それはただ種を守るためだけの手段でしかないのだ。
だからこそ、かつて魔族の王であったリヴィウスは自分以外の魔族が何をしたってどうでも良く、かつての同胞がした行為に責任を感じるわけでもない。彼にとってそれらは“そういうもの”だと、ステラは捉えている。これは二年の間魔族と戦い、そして人間に近い存在となったリヴィウスと過ごしてきたステラの知見だった。
魔族には人間程豊かな感情は存在しない。繊細な感情は長い時を生きる彼らにとっては煩わしいものにしかならないからだ。
「……そいつらがいなくなればいいのか」
だからこそ彼の言葉にステラは目を丸くした。
「そんなことが出来るわけねえだろ、ギルドに登録してる冒険者だってお手上げだって言ってんだぞ」
「俺ならできる」
感情の伺えない、けれども迷う余地の一切ない声でリヴィウスが言い切ったことで店主の表情が変わった。怒りと不安と絶望に染まっていた顔に、光が差し込むようだった。
「…本当か? 本当に、もぐらブラザーズを倒してくれんのか?」
「……たかがもぐらだろう」
「たかがって、そんな簡単な存在なら僕たちだってこんなに困ってないんですよ!」
リヴィウスが静かに息子を見た。深く鮮やかな赤色で見られて、息子の体がぎくりと震える。
「…俺にとってはたかがだ。そいつらは夜にしか出ないのか」
「は、はい」
「なら明日の朝には全て片付けておく。それでいいな」
端的に告げてリヴィウスは踵を返して店から出ていってしまった。残された四人はベルの音の余韻を聞いていたが、はっとしたてぷが慌てて追いかける。
『おいリヴィ! お前一人だったら迷子になるんだってばー!』
カランカランカラン、と先程よりも騒がしい音と一緒に扉が開く。それが閉まったのを見てからステラは店主とその息子の方に顔を向けた。
「騒がしくしてしまってすみません」
「それは別に良いんだけどよ、あの兄ちゃん真面目に言ってんのか?」
ステラは一瞬迷った。けれどもその問いの答えは決まっている。
「彼は嘘を吐けませんから。それにちゃんと強いので、本当に明日になったら解決していると思います」
「…そ、そうなんですか?」
ステラはしっかりと頷いた。リヴィウスは強い。なんてたって元魔王だから。けれどそれを伝えられるわけもないため、ステラはただ頷くに止めた。
「なので倒して落ち着いたら彼にここのスープを食べさせてあげてください。てぷ様、…子供もすごく楽しみにしているので」
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