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第三章 東の国の大きなお風呂編
筋違いの感謝
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壁に叩きつけられ、潰れたカエルような声を上げて少年が畳に落ちる。今起きたことが一瞬理解できず呆然としたがすぐにはっとしてステラはそちらに向かおうとしたが、出来なかった。
何かに背中から抱き締められている。柔らかくて、むせ返るような濃い花の匂いがする。
「ヤァだ、本当に男じゃない」
耳元で聞こえたのは柔らかな、けれどどこまでも冷たい女性の声。ステラに触れる温度は氷のように冷ややかで向けられる感情もそれにとてもよく似ている。その手が、ステラの体を艶かしく辿る。
「聖女聖女っていうから女って信じ込んでたけど、男だったんだぁ。まあでも、わたしにはそういうのどーでもいいけど」
表情は見えないが今自分を抱き締めている人が笑っているのは声でわかる。笑っているのに感情の温度を感じられないその特徴を、ステラは良く知っている。
「魔族ですか」
「うふふ、そうよぉ。あなたのせいで滅んじゃった魔族の貴重な生き残り」
「目的はなんですか」
「ええ? そんなの聞いちゃうの?」
ステラの胸辺りを辿っていた手に僅かに力が入った瞬間、艶やかな赤で彩られていた爪が瞬時に伸びる。確かな敵意を持ってその手がステラに危害を加えようとした瞬間、先程少年からステラを守ってくれたように腕輪が光り、魔族を跳ね除ける。
「……最悪。爪折れた」
咄嗟に距離を取り、蹲ったまま動かない少年を背に魔族と対峙したステラは驚きに目を見開いた。
そこにいたのは美しい女性だ。透き通るような白い肌に、迫力のある美貌。赤黒い豊かな髪は緩いウェーブを描いていて、この国では見ることのない豪奢なドレスの上からでも極上のスタイルであることがわかる。そして何より、彼女の頭についている角だ。
リヴィウスの角は山羊のような巻き型だった。けれど彼女の角は攻撃性を露にしているかのような水牛に似た角だ。髪色と同じ赤黒いそれはどんな宝石よりも妖しく煌めいている。
「……あなたは、上位魔族ですか……?」
瞬時に折れた爪を再生した魔族はステラの問いにうっとりと赤い唇に弧を描いた。
「そう。そうなったの」
「そうなった、……っ」
美しさは魔族の強さを表す。今ステラの目の前にいる魔族は、まずそうだと断言しても良いほどに美しく、そして禍々しい程の魔力がある。けれどステラは違和感を覚えた。
かつての旅でステラたちは限界まで魔族側の力を削いでから魔王城に乗り込んだのだ。だから、これだけ美しく力のある魔族の存在を取り零しているはずがない。だから、そこから導き出される可能性はただ一つ。
そしてそれがキキョウの話を思い出したことで一気に真実味を帯びる。
(「最近アズマヒで人攫いが増えてる」)
魔族は生まれながらにして力の序列が決まっている。けれど、それは後からいくらでもあることをすれば魔族は際限なく力を得ることが出来る。だから魔族は人を襲うのをやめなかった。だから人間は魔族に対抗した。
行き着いた可能性という名の結論にステラの表情が嫌悪に歪んだ。
それを見た魔族の表情がこれ以上ない程の愉悦を帯びたものになる。
「あなたのおかげでこぉんなに強くなれたわ。そこは感謝してあげる」
「──私のおかげ?」
「ええ」
心の底から楽しそうに魔族は笑った。
「魔族がほとんど滅んだおかげで私は美味しい食事にありつけるんだもの。それも、若くて新鮮な人間の肉に」
「……どうして魔族であるあなたが人間と手を組んでいるんですか?」
「利害の一致よ」
感情的になれば負ける。そう理解している。だからステラは細く息をしながら平静を保っていた。魔族は楽しげに口許を歪めたままステラを眺めている。檻に入れた小動物を見るような目だと思った。
「わたしは食事をするためにここにいる。人間はわたしという絶大な力と、そしてわたしの生み出す愛の雫を得る。共利共生ってものかしら」
目眩がしそうだ。そうステラは思った。
魔族のいう「愛の雫」がステラにはわからない。けれどそれとこの魔族の後ろ盾を得るためにヒドラは、キースは人間を捧げている。一人や二人人間を食ったところで、魔族の力は強まりはしない。
かつての勇者たちが捨て置く程度だった魔族が、魔王が倒されて一年も経たずにこれ程の力を得ている。そうなるまでに一体どれだけの命が消えたのかと思うと形容し難い感情に心が酷く苦しくなる。
「ね、だから言ったでしょう? 感謝してるわって」
どこまでも無垢な顔で魔族が笑う。その笑顔を見て、ステラは無言で杖を召喚した。
何かに背中から抱き締められている。柔らかくて、むせ返るような濃い花の匂いがする。
「ヤァだ、本当に男じゃない」
耳元で聞こえたのは柔らかな、けれどどこまでも冷たい女性の声。ステラに触れる温度は氷のように冷ややかで向けられる感情もそれにとてもよく似ている。その手が、ステラの体を艶かしく辿る。
「聖女聖女っていうから女って信じ込んでたけど、男だったんだぁ。まあでも、わたしにはそういうのどーでもいいけど」
表情は見えないが今自分を抱き締めている人が笑っているのは声でわかる。笑っているのに感情の温度を感じられないその特徴を、ステラは良く知っている。
「魔族ですか」
「うふふ、そうよぉ。あなたのせいで滅んじゃった魔族の貴重な生き残り」
「目的はなんですか」
「ええ? そんなの聞いちゃうの?」
ステラの胸辺りを辿っていた手に僅かに力が入った瞬間、艶やかな赤で彩られていた爪が瞬時に伸びる。確かな敵意を持ってその手がステラに危害を加えようとした瞬間、先程少年からステラを守ってくれたように腕輪が光り、魔族を跳ね除ける。
「……最悪。爪折れた」
咄嗟に距離を取り、蹲ったまま動かない少年を背に魔族と対峙したステラは驚きに目を見開いた。
そこにいたのは美しい女性だ。透き通るような白い肌に、迫力のある美貌。赤黒い豊かな髪は緩いウェーブを描いていて、この国では見ることのない豪奢なドレスの上からでも極上のスタイルであることがわかる。そして何より、彼女の頭についている角だ。
リヴィウスの角は山羊のような巻き型だった。けれど彼女の角は攻撃性を露にしているかのような水牛に似た角だ。髪色と同じ赤黒いそれはどんな宝石よりも妖しく煌めいている。
「……あなたは、上位魔族ですか……?」
瞬時に折れた爪を再生した魔族はステラの問いにうっとりと赤い唇に弧を描いた。
「そう。そうなったの」
「そうなった、……っ」
美しさは魔族の強さを表す。今ステラの目の前にいる魔族は、まずそうだと断言しても良いほどに美しく、そして禍々しい程の魔力がある。けれどステラは違和感を覚えた。
かつての旅でステラたちは限界まで魔族側の力を削いでから魔王城に乗り込んだのだ。だから、これだけ美しく力のある魔族の存在を取り零しているはずがない。だから、そこから導き出される可能性はただ一つ。
そしてそれがキキョウの話を思い出したことで一気に真実味を帯びる。
(「最近アズマヒで人攫いが増えてる」)
魔族は生まれながらにして力の序列が決まっている。けれど、それは後からいくらでもあることをすれば魔族は際限なく力を得ることが出来る。だから魔族は人を襲うのをやめなかった。だから人間は魔族に対抗した。
行き着いた可能性という名の結論にステラの表情が嫌悪に歪んだ。
それを見た魔族の表情がこれ以上ない程の愉悦を帯びたものになる。
「あなたのおかげでこぉんなに強くなれたわ。そこは感謝してあげる」
「──私のおかげ?」
「ええ」
心の底から楽しそうに魔族は笑った。
「魔族がほとんど滅んだおかげで私は美味しい食事にありつけるんだもの。それも、若くて新鮮な人間の肉に」
「……どうして魔族であるあなたが人間と手を組んでいるんですか?」
「利害の一致よ」
感情的になれば負ける。そう理解している。だからステラは細く息をしながら平静を保っていた。魔族は楽しげに口許を歪めたままステラを眺めている。檻に入れた小動物を見るような目だと思った。
「わたしは食事をするためにここにいる。人間はわたしという絶大な力と、そしてわたしの生み出す愛の雫を得る。共利共生ってものかしら」
目眩がしそうだ。そうステラは思った。
魔族のいう「愛の雫」がステラにはわからない。けれどそれとこの魔族の後ろ盾を得るためにヒドラは、キースは人間を捧げている。一人や二人人間を食ったところで、魔族の力は強まりはしない。
かつての勇者たちが捨て置く程度だった魔族が、魔王が倒されて一年も経たずにこれ程の力を得ている。そうなるまでに一体どれだけの命が消えたのかと思うと形容し難い感情に心が酷く苦しくなる。
「ね、だから言ったでしょう? 感謝してるわって」
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