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第三章 東の国の大きなお風呂編
よく似た少年
けれどそれはステラに触れることなく弾かれた。
「ぎゃっ!」
ばちん、と目に見えない膜が張られ、それが衝撃を吸収してそのままかそれ以上の威力を犯人に叩き付けた。その結果その人は弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。ステラはなにが起こったのかわからず目を見開いていたが、はっとして右腕を持ち上げた。
その手首にはまっているのは華奢な腕輪だが、煌めくアメジストが嵌め込まれている。脳裏に浮かんだのはてぷの姿だった。
(これが守ってくれたんだ…)
再び安堵に息を吐くが床に蹲った人が咳き込む音を聞いてステラは全身に力を入れて体を起こした。何かを飲まされたのか嗅がされたのか、体が異常なほど重い。けれどそれらはステラに関係無いものだ。
小さな声で癒しの魔法を唱え、光の粒子がステラを包む。その光が収束したと同時に体の重たさは消えてステラはすぐさまベッドから降りてその人に近付いた。
「大丈夫ですか?」
ステラと同じ黒髪で、体は心配になるほど痩せているのが服越しからでもわかる。骨が浮いている背中に触れながら声を掛けると、その人は獣のように唸ってステラの腕を振り解いた。
「オレに触るな!」
振り返ったその人に、ステラは言葉を失った。
胸の辺りにまで伸ばされた艶のある黒髪に、きちんとした服を着ているのに痩せた体。年齢は十代の前半かそれよりももう少し上か、旅を始めた時のステラより少し幼いかもしれない。けれどステラが言葉を失ったのはそれらが原因ではない。
顔が、よく似ていると思った。目の色こそ髪と同じ黒だから違うけれども、顔立ちはステラが毎日鏡で見ているものと、よく似ていると思った。互いに数秒ほど見合って、敵意を剥き出しにしていた表情を崩したのは少年だった。
苛立ちと怨嗟の念すら感じた目が潤み、その場にまた蹲ってしまった。ぐずぐずと体を震わせて明らかに泣いている少年を見てステラは困り果ててしまった。きっとこの子はなにを聞いても答えてはくれないだろうし、かといってこんな状態の子供を置いてステラはどこかにいけない。
せめてここがどこかだけでもわかれば、と室内を見渡すと自分が寝かされていたのがベッドではなくいくつもの敷布が重ねられた布団だというのがわかった。先入観で床だと思っていたものは畳だし、室内の装飾も全てがアズマヒの国特有のものだ。
そして聞こえてきた音に、ステラはびくっと体を大きく跳ねさせた。そして、理解した。
「……ここはタカマガハラですか?」
少年はなにも答えない。けれどその沈黙が答えだとステラは確信した。
「……あなたの名前は? 私は、……」
ステラは名乗ることを躊躇した。この子はもしかしなくともキースの手下だろう。一緒にいたのが何よりもの証明だ。けれど、ステラの顔を見た途端泣き崩れたこの子が完全な悪だとはステラはとても思えなかった。
「……私はステラといいます。よかったら、あなたの名前を教えてもらえませんか?」
「……」
のろのろと顔を上げた少年の顔はやはり泣き濡れている。その涙がどこから来るものなのか、ステラにはわからない。けれど途方に暮れた子供のようなその表情に胸が痛くなり、再び背中に触れると今度は振り払われなかった。
「……ない」
小さな声だから聞き間違いかと思った。けれど少年は底の見えない沼のように濁った目でステラを見た。
「ない。オレに名前、ない」
表情を変えないよう努めるのが精一杯だった。ここでほんの少しでも哀れみを見せたら、きっとこの少年は二度とステラを見ない。なんの根拠もなくそう思った。
「……そうですか」
その言葉も、そして無表情にも見えるステラの顔にも少年は意外そうに目を丸くした。相変わらず濁っているが、その目はステラを探っているようにも思える。
仕草が幼いと思った。ステラを見る視線の動きも、不安を感じているのか服を強く握っている姿も思っていることを上手く言語化出来ずに唇を引き結んでいる姿も、見た目から推測される年齢より幼く見えた。
じっと見つめていると、少年の顔が歪む。それは苛立ちというよりは困惑のそれに近いような気がした。
「……おまえ、聖女なんだろ……?」
疑問というよりは確認をしている響きだった。
「……以前は。今はもう違います。どうして私が聖女だと?」
化け物じみた執着をステラに向けるキースはともかくとして、目の前の少年がステラを聖女だと思うのは素直に疑問だった。なぜならステラの今の姿は女性でも無ければ、当時の面影もほとんどないからだ。
「そ、れは」
「余計なこと喋んないでよねぇ」
毒花の蜜のような声がした瞬間、少年の体がステラの視界から消えた。
「ぎゃっ!」
ばちん、と目に見えない膜が張られ、それが衝撃を吸収してそのままかそれ以上の威力を犯人に叩き付けた。その結果その人は弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。ステラはなにが起こったのかわからず目を見開いていたが、はっとして右腕を持ち上げた。
その手首にはまっているのは華奢な腕輪だが、煌めくアメジストが嵌め込まれている。脳裏に浮かんだのはてぷの姿だった。
(これが守ってくれたんだ…)
再び安堵に息を吐くが床に蹲った人が咳き込む音を聞いてステラは全身に力を入れて体を起こした。何かを飲まされたのか嗅がされたのか、体が異常なほど重い。けれどそれらはステラに関係無いものだ。
小さな声で癒しの魔法を唱え、光の粒子がステラを包む。その光が収束したと同時に体の重たさは消えてステラはすぐさまベッドから降りてその人に近付いた。
「大丈夫ですか?」
ステラと同じ黒髪で、体は心配になるほど痩せているのが服越しからでもわかる。骨が浮いている背中に触れながら声を掛けると、その人は獣のように唸ってステラの腕を振り解いた。
「オレに触るな!」
振り返ったその人に、ステラは言葉を失った。
胸の辺りにまで伸ばされた艶のある黒髪に、きちんとした服を着ているのに痩せた体。年齢は十代の前半かそれよりももう少し上か、旅を始めた時のステラより少し幼いかもしれない。けれどステラが言葉を失ったのはそれらが原因ではない。
顔が、よく似ていると思った。目の色こそ髪と同じ黒だから違うけれども、顔立ちはステラが毎日鏡で見ているものと、よく似ていると思った。互いに数秒ほど見合って、敵意を剥き出しにしていた表情を崩したのは少年だった。
苛立ちと怨嗟の念すら感じた目が潤み、その場にまた蹲ってしまった。ぐずぐずと体を震わせて明らかに泣いている少年を見てステラは困り果ててしまった。きっとこの子はなにを聞いても答えてはくれないだろうし、かといってこんな状態の子供を置いてステラはどこかにいけない。
せめてここがどこかだけでもわかれば、と室内を見渡すと自分が寝かされていたのがベッドではなくいくつもの敷布が重ねられた布団だというのがわかった。先入観で床だと思っていたものは畳だし、室内の装飾も全てがアズマヒの国特有のものだ。
そして聞こえてきた音に、ステラはびくっと体を大きく跳ねさせた。そして、理解した。
「……ここはタカマガハラですか?」
少年はなにも答えない。けれどその沈黙が答えだとステラは確信した。
「……あなたの名前は? 私は、……」
ステラは名乗ることを躊躇した。この子はもしかしなくともキースの手下だろう。一緒にいたのが何よりもの証明だ。けれど、ステラの顔を見た途端泣き崩れたこの子が完全な悪だとはステラはとても思えなかった。
「……私はステラといいます。よかったら、あなたの名前を教えてもらえませんか?」
「……」
のろのろと顔を上げた少年の顔はやはり泣き濡れている。その涙がどこから来るものなのか、ステラにはわからない。けれど途方に暮れた子供のようなその表情に胸が痛くなり、再び背中に触れると今度は振り払われなかった。
「……ない」
小さな声だから聞き間違いかと思った。けれど少年は底の見えない沼のように濁った目でステラを見た。
「ない。オレに名前、ない」
表情を変えないよう努めるのが精一杯だった。ここでほんの少しでも哀れみを見せたら、きっとこの少年は二度とステラを見ない。なんの根拠もなくそう思った。
「……そうですか」
その言葉も、そして無表情にも見えるステラの顔にも少年は意外そうに目を丸くした。相変わらず濁っているが、その目はステラを探っているようにも思える。
仕草が幼いと思った。ステラを見る視線の動きも、不安を感じているのか服を強く握っている姿も思っていることを上手く言語化出来ずに唇を引き結んでいる姿も、見た目から推測される年齢より幼く見えた。
じっと見つめていると、少年の顔が歪む。それは苛立ちというよりは困惑のそれに近いような気がした。
「……おまえ、聖女なんだろ……?」
疑問というよりは確認をしている響きだった。
「……以前は。今はもう違います。どうして私が聖女だと?」
化け物じみた執着をステラに向けるキースはともかくとして、目の前の少年がステラを聖女だと思うのは素直に疑問だった。なぜならステラの今の姿は女性でも無ければ、当時の面影もほとんどないからだ。
「そ、れは」
「余計なこと喋んないでよねぇ」
毒花の蜜のような声がした瞬間、少年の体がステラの視界から消えた。
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