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【新章】手紙は雄弁に語る──『執事自慢へのささやかな返礼』
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──私はこれまで、様々な生き物を見てきたが、人間ほど不思議な存在はいないと思っている。
その中でも特に奇妙なのは、「友人」という関係性だ。
友情とは、互いに尊敬や信頼、好意を持つ関係ではないのか。だが、目の前で男爵様が握りしめているその手紙は、到底そういう類のものとは思えなかった。
「……クロード、まただよ」
朝食を終えたばかりの男爵様が、げんなりした表情で溜息をつく。
手元には、丁寧に封蝋が施された便箋。差出人は『アルフォンス伯爵』とある。
「また、例の伯爵様からのお手紙ですか?」
「そうだよ。あいつ、どうも昔から妙に私に突っかかってくるんだ…」
「左様でございますか」
私は男爵様の言葉を聞きながら、穏やかに微笑んだ。
内心では、この『アルフォンス伯爵』なる人物にいささか興味が湧いている。
なぜなら、男爵様がこれほど不愉快な顔をされる相手は非常に稀だからだ。
「それで、本日はどのような内容で?」
「いつもと同じさ。家柄自慢、財産自慢、そして──」
男爵様はわざとらしく私を見た。
「──優秀な執事自慢だよ。全く、執事ごときでよくあれほど自慢できるもんだ」
「それはそれは、随分ご自慢の執事なのでしょうね」
「クロード、他人事のように言うな。少しは悔しがれよ」
「恐れ入りますが、私にはその必要がございません」
私は穏やかに答え、男爵様の紅茶を新しく注ぐ。
男爵様は「まあ、そうだよな……」と小さく呟き、紅茶をすすった。
「……しかし、男爵様。僭越ながら申し上げますが、ご友人は選ばれたほうがよろしいのでは?」
私の言葉に、男爵様は困ったように笑った。
「私もそう思うんだがね。あいつとは昔から腐れ縁というか……妙に張り合ってくるんだよ」
その表情には本気の憎しみなどはない。
おそらく、このアルフォンス伯爵とやらは、単に男爵様に対抗意識を燃やしているだけなのだろう。
むしろ、男爵様の方はそれを軽く受け流し、困惑しながらも楽しんでいるようにも見える。
──とはいえ、私はこのような手紙が男爵様の心を少しでも曇らせるのが面白くない。
私は男爵様がいつでも穏やかで、できればのんびりとした気持ちでいていただきたいのだ。
「どうするか……。何か気の利いた返事でも書いてやりたいところだが」
男爵様はそう言って首を捻る。
私は、その手助けをすることにした。
「男爵様、ひとまず筆をお取りください」
「ん? 書くのか?」
「ええ、少しだけ私が手助けいたします。ささやかな返礼でございます」
男爵様は、楽しそうに筆を握った。
私が静かに言葉を告げてゆく。
「『親愛なるアルフォンス伯爵、貴君の執事が有能とのこと、まことに結構なことである』」
男爵様は頷きながら筆を走らせる。
「『しかし、我が家のクロードもなかなかで、先日は娘の誕生日ケーキを作ってくれたが、これが絶品であった』」
「……クロード、向こうの自慢合戦に付き合うのか?」
「少々のお付き合いでございます」
男爵様は苦笑しつつ続けた。
「『それだけでなく、彼の管理のおかげで我が家の収支はここ数年で劇的に改善した。貴君の執事も優秀なのだろうが、我がクロードも負けてはおらぬぞ』」
男爵様の表情が次第に楽しそうになってくる。
「……悪くないな」
「では、最後にこう付け加えてはいかがでしょう。『追伸、貴君ももう少し気楽に生き給え。張り合ってばかりでは人生を損するぞ』」
「ははは、いいな、それだ!」
男爵様は愉快そうに筆を置き、封を閉じる。
「よし、できたぞ。クロード、いや婿殿、これを出しておいてくれ」
「畏まりました、お義父様」
受け取った手紙を眺めながら、私は密かに微笑んだ。
手紙の内容は冗談交じりだが、伝わるべきものは伝わるだろう。
──我が家の男爵様は、実にのんびりした御方だが、その心はどんな貴族よりも広く、温かい。
だからこそ、私はそのお人柄を守りたくなるのだ。
「しかしクロード、本当にお前は有能だよな。あいつの執事にも絶対に負けてないぞ!」
男爵様の無邪気な言葉が嬉しくて、私はつい口元が緩んだ。
「ありがとうございます、男爵様。そのお言葉を胸に、さらに精進いたします」
「うむ、頼もしい限りだ」
──私はその瞬間、この屋敷に仕える喜びを改めて噛み締めていた。
たとえ元蜘蛛であろうとも、私の全てをかけて守るべき家族はここにいるのだと。
その中でも特に奇妙なのは、「友人」という関係性だ。
友情とは、互いに尊敬や信頼、好意を持つ関係ではないのか。だが、目の前で男爵様が握りしめているその手紙は、到底そういう類のものとは思えなかった。
「……クロード、まただよ」
朝食を終えたばかりの男爵様が、げんなりした表情で溜息をつく。
手元には、丁寧に封蝋が施された便箋。差出人は『アルフォンス伯爵』とある。
「また、例の伯爵様からのお手紙ですか?」
「そうだよ。あいつ、どうも昔から妙に私に突っかかってくるんだ…」
「左様でございますか」
私は男爵様の言葉を聞きながら、穏やかに微笑んだ。
内心では、この『アルフォンス伯爵』なる人物にいささか興味が湧いている。
なぜなら、男爵様がこれほど不愉快な顔をされる相手は非常に稀だからだ。
「それで、本日はどのような内容で?」
「いつもと同じさ。家柄自慢、財産自慢、そして──」
男爵様はわざとらしく私を見た。
「──優秀な執事自慢だよ。全く、執事ごときでよくあれほど自慢できるもんだ」
「それはそれは、随分ご自慢の執事なのでしょうね」
「クロード、他人事のように言うな。少しは悔しがれよ」
「恐れ入りますが、私にはその必要がございません」
私は穏やかに答え、男爵様の紅茶を新しく注ぐ。
男爵様は「まあ、そうだよな……」と小さく呟き、紅茶をすすった。
「……しかし、男爵様。僭越ながら申し上げますが、ご友人は選ばれたほうがよろしいのでは?」
私の言葉に、男爵様は困ったように笑った。
「私もそう思うんだがね。あいつとは昔から腐れ縁というか……妙に張り合ってくるんだよ」
その表情には本気の憎しみなどはない。
おそらく、このアルフォンス伯爵とやらは、単に男爵様に対抗意識を燃やしているだけなのだろう。
むしろ、男爵様の方はそれを軽く受け流し、困惑しながらも楽しんでいるようにも見える。
──とはいえ、私はこのような手紙が男爵様の心を少しでも曇らせるのが面白くない。
私は男爵様がいつでも穏やかで、できればのんびりとした気持ちでいていただきたいのだ。
「どうするか……。何か気の利いた返事でも書いてやりたいところだが」
男爵様はそう言って首を捻る。
私は、その手助けをすることにした。
「男爵様、ひとまず筆をお取りください」
「ん? 書くのか?」
「ええ、少しだけ私が手助けいたします。ささやかな返礼でございます」
男爵様は、楽しそうに筆を握った。
私が静かに言葉を告げてゆく。
「『親愛なるアルフォンス伯爵、貴君の執事が有能とのこと、まことに結構なことである』」
男爵様は頷きながら筆を走らせる。
「『しかし、我が家のクロードもなかなかで、先日は娘の誕生日ケーキを作ってくれたが、これが絶品であった』」
「……クロード、向こうの自慢合戦に付き合うのか?」
「少々のお付き合いでございます」
男爵様は苦笑しつつ続けた。
「『それだけでなく、彼の管理のおかげで我が家の収支はここ数年で劇的に改善した。貴君の執事も優秀なのだろうが、我がクロードも負けてはおらぬぞ』」
男爵様の表情が次第に楽しそうになってくる。
「……悪くないな」
「では、最後にこう付け加えてはいかがでしょう。『追伸、貴君ももう少し気楽に生き給え。張り合ってばかりでは人生を損するぞ』」
「ははは、いいな、それだ!」
男爵様は愉快そうに筆を置き、封を閉じる。
「よし、できたぞ。クロード、いや婿殿、これを出しておいてくれ」
「畏まりました、お義父様」
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手紙の内容は冗談交じりだが、伝わるべきものは伝わるだろう。
──我が家の男爵様は、実にのんびりした御方だが、その心はどんな貴族よりも広く、温かい。
だからこそ、私はそのお人柄を守りたくなるのだ。
「しかしクロード、本当にお前は有能だよな。あいつの執事にも絶対に負けてないぞ!」
男爵様の無邪気な言葉が嬉しくて、私はつい口元が緩んだ。
「ありがとうございます、男爵様。そのお言葉を胸に、さらに精進いたします」
「うむ、頼もしい限りだ」
──私はその瞬間、この屋敷に仕える喜びを改めて噛み締めていた。
たとえ元蜘蛛であろうとも、私の全てをかけて守るべき家族はここにいるのだと。
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