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【サンゼール視点】蝶の記憶──『願いの名は執事となりて』
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──愛情が純粋であるなどと、誰が決めたのだろうか。
本当に純粋な思いなどこの世界には存在しない。
誰かのためと言いながら、私たちはいつも、自分自身のために祈っている。
地面に膝をついたまま、私は必死に息を整えた。
視界は涙と汗でぼやけ、体は鉛を纏ったかのように重い。けれども胸の奥だけは、今までに感じたことのないほど鋭く、明瞭に鼓動を刻んでいた。
目の前にはクロード様が立っている。その整然とした立ち姿、余裕に満ちた静かな表情。私はその冷ややかな眼差しに射抜かれ、身体だけでなく心までもが凍りつきそうだった。
けれど、負けるわけにはいかない。
ふいに、私の脳裏をあの日の記憶が掠めた。彼女が、お嬢様が私に告白をしてくださった日のこと。彼女の頬は紅潮し、震える指先が私の袖をそっと掴んだ。
「サンゼール……わたし、あなたのことが好きなの」
胸が震えるほど嬉しかった。
しかし、私の喜びは一瞬にして、冷たい自責の念に取って代わられた。私は純粋な人間ではなかった。元は蝶にすぎない私が、彼女の隣に立つことなど許されるはずがない。いつか未来を歪めてしまう。
「申し訳ありません、お嬢様……私はあなたの執事です。それ以上には、なれません。私は、あなたに幸せになっていただけたら……それで十分なのです』
その瞬間、彼女の瞳に宿った悲しみと怒りの混じった絶望を、私は忘れることができない。
「臆病者!あなたなんか大嫌いよ!」
彼女が涙を流し、声を震わせて私を罵ったその姿が、今も胸の奥に突き刺さったままだ。
それから、彼女は私に冷淡になった。私の言葉は届かず、忠告はむなしく宙を舞うだけだった。それが、私には何よりも耐え難かった。
後悔ばかりが胸を灼いた。
そして今、彼女はあの抜け目ない準男爵アポロと結婚し、伯爵家を継ぐと言う。あの飄々とした男の元で、彼女は本当に幸せになれるのだろうか。私の望みは彼女の幸福だったはずなのに、どうしてこんなにも胸が締めつけられるのだろうか。
胸に渦巻くこの黒い焦燥は何なのか。
「降参しますか?」
クロード様が慈悲深く問いかける。その声が、私をさらに追い詰める。
「……いいえ、……絶対に、降参しません」
声を絞り出す。自分でも驚くほど、鋭い声が出た。
そうだ、彼がどれほど強かろうと、かつて私を捕らえようとした捕食者であろうと関係ない。私がここで負けるわけには、いかない。震える手で地面を掴み、力を込めて身を起こした。視界が滲むほどの痛みの中で、私の心ははっきりとした輪郭を取り戻す。
──誰にも、彼女を渡したくない。
それは燃えるような執念だった。
「私は、絶対、あなたに勝ちます!」
力を振り絞って叫び、クロード様に向かって突進した。しかし彼は私の攻撃を軽々と躱し、再び地に叩き伏せた。
けれど私は、地に伏せたまま諦めることができなかった。必死に手を伸ばし、彼の足首を掴んだ。覚束ない指に込めたその力は微々たるものだろう。
それでも。
「お嬢様は……渡しません……!」
その言葉は、私の心の奥底から湧き出た真実の叫びだった。
震える声で、そう告げた。
私が望むのはただ一つ。彼女の隣に立つこと。どんなに惨めであろうと、どんなに無様であろうと、この想いだけは譲れなかった。
クロード様の足首を掴む私の指先から、静かに血が滲んでいるのが見えた。
だが私はそれを放さなかった。放してなるものか、と心が叫んでいる。
私は再びクロード様を見上げる。その眼差しには、少しの驚きと、静かな慈悲が宿っていた。
本当に純粋な思いなどこの世界には存在しない。
誰かのためと言いながら、私たちはいつも、自分自身のために祈っている。
地面に膝をついたまま、私は必死に息を整えた。
視界は涙と汗でぼやけ、体は鉛を纏ったかのように重い。けれども胸の奥だけは、今までに感じたことのないほど鋭く、明瞭に鼓動を刻んでいた。
目の前にはクロード様が立っている。その整然とした立ち姿、余裕に満ちた静かな表情。私はその冷ややかな眼差しに射抜かれ、身体だけでなく心までもが凍りつきそうだった。
けれど、負けるわけにはいかない。
ふいに、私の脳裏をあの日の記憶が掠めた。彼女が、お嬢様が私に告白をしてくださった日のこと。彼女の頬は紅潮し、震える指先が私の袖をそっと掴んだ。
「サンゼール……わたし、あなたのことが好きなの」
胸が震えるほど嬉しかった。
しかし、私の喜びは一瞬にして、冷たい自責の念に取って代わられた。私は純粋な人間ではなかった。元は蝶にすぎない私が、彼女の隣に立つことなど許されるはずがない。いつか未来を歪めてしまう。
「申し訳ありません、お嬢様……私はあなたの執事です。それ以上には、なれません。私は、あなたに幸せになっていただけたら……それで十分なのです』
その瞬間、彼女の瞳に宿った悲しみと怒りの混じった絶望を、私は忘れることができない。
「臆病者!あなたなんか大嫌いよ!」
彼女が涙を流し、声を震わせて私を罵ったその姿が、今も胸の奥に突き刺さったままだ。
それから、彼女は私に冷淡になった。私の言葉は届かず、忠告はむなしく宙を舞うだけだった。それが、私には何よりも耐え難かった。
後悔ばかりが胸を灼いた。
そして今、彼女はあの抜け目ない準男爵アポロと結婚し、伯爵家を継ぐと言う。あの飄々とした男の元で、彼女は本当に幸せになれるのだろうか。私の望みは彼女の幸福だったはずなのに、どうしてこんなにも胸が締めつけられるのだろうか。
胸に渦巻くこの黒い焦燥は何なのか。
「降参しますか?」
クロード様が慈悲深く問いかける。その声が、私をさらに追い詰める。
「……いいえ、……絶対に、降参しません」
声を絞り出す。自分でも驚くほど、鋭い声が出た。
そうだ、彼がどれほど強かろうと、かつて私を捕らえようとした捕食者であろうと関係ない。私がここで負けるわけには、いかない。震える手で地面を掴み、力を込めて身を起こした。視界が滲むほどの痛みの中で、私の心ははっきりとした輪郭を取り戻す。
──誰にも、彼女を渡したくない。
それは燃えるような執念だった。
「私は、絶対、あなたに勝ちます!」
力を振り絞って叫び、クロード様に向かって突進した。しかし彼は私の攻撃を軽々と躱し、再び地に叩き伏せた。
けれど私は、地に伏せたまま諦めることができなかった。必死に手を伸ばし、彼の足首を掴んだ。覚束ない指に込めたその力は微々たるものだろう。
それでも。
「お嬢様は……渡しません……!」
その言葉は、私の心の奥底から湧き出た真実の叫びだった。
震える声で、そう告げた。
私が望むのはただ一つ。彼女の隣に立つこと。どんなに惨めであろうと、どんなに無様であろうと、この想いだけは譲れなかった。
クロード様の足首を掴む私の指先から、静かに血が滲んでいるのが見えた。
だが私はそれを放さなかった。放してなるものか、と心が叫んでいる。
私は再びクロード様を見上げる。その眼差しには、少しの驚きと、静かな慈悲が宿っていた。
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