不肖ながら、お嬢様は渡しません

松本雀

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終止符の作法──『あなたに、祝福を込めて』

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──終わりとは、静かに訪れるものではなく、自ら整えるものだと私は思っている。

舞台の幕を下ろすとき、人は最も美しくなければならない。

だから私は、微笑む。彼の執念と奇跡に、深い敬意を込めて。

柔らかな日差しが、緩やかに庭園を照らしていた。草花の香りは微かに甘く、けれど私の胸の奥に渦巻く感情をかき乱すほどには届かない。視界の端に捉えた庭木の緑も、空の青も、今はすべて色褪せた絵画のように遠かった。

私はゆっくりと視線を下げる。

足元には満身創痍のサンゼールが横たわり、震える指先が私の足首を掴んでいた。彼の指から伝わる微かな圧力は、まるで力尽きかけた蝶が最後の翅の動きを見せるような儚さだった。

「良く頑張りましたね、サンゼール」

自然とそんな言葉が唇を滑った。嘘偽りない、素直な称賛だった。ここまでやるとは正直予想していなかった。けれど、予想を超えたものを見せてくれたのなら、それはそれで悪くない。

むしろ、嬉しくさえあるのだから、人の感情とは不思議なものだ。

私はふっと微笑み、静かな口調で告げた。

「大丈夫ですよ。時間が、あなたの傷を癒してくれます。今は辛くとも、いつか必ず。……だからこそ、ここで終わりにしましょう」

優しく語りかけたつもりだったが、彼の目に浮かんだのは強い拒絶の色だった。サンゼールは歯を食いしばり、必死に私の足首を掴む。彼の執念にも似た感情が、痛いほど伝わってくる。

──まだ諦めない、か。だが、この勝負を引き延ばすつもりはない。

私は小さくため息をつき、掴まれていない方の足をゆっくりと持ち上げた。視線の先には彼の頭部がある。私の踵で軽く頭を踏みつければ、彼は確実に意識を失い、この不毛な争いに決着がつく。

勝利か敗北か、そんな単純なものを超えた場所に、私が欲する結末はあるのだから。

「クロード、止めなさい!」

その瞬間、珍しく声を荒げたのは男爵様だった。彼の声にはいつもののんびりとした調子はなく、戸惑いと困惑が混じり合い、必死ささえ滲んでいた。

「貴方らしくありません、クロード!一体何を考えているのですか!?」

続いてウィルも、静かだがはっきりとした口調で私を非難した。二人の忠告はもっともだ。普段の私なら、きっとこんな荒っぽい真似はしないだろう。

けれど──。

「……早く終わらせたいのですよ。妻に渡したいプレゼントがありますので」

私はゆっくりと身を捻り、男爵様に優しく微笑みかけた。微かに頬が緩むのを感じる。演技ではない。本心だった。

アトラのことを考えると、私はどこまでも甘くなれる。自分の立場も、品位も、彼女を喜ばせるためなら、些細な問題に過ぎないのだ。私の中にある理性と感情、そのすべてを天秤にかけて、最終的に傾くのはいつだって彼女の方だった。

サンゼールの指がさらに強く、必死に私を掴んだ。まだ闘志が残っているのか。いや、それ以上の──彼の執着は、もはや望みを越え、祈りにも似たものになっていた。誰の目にも愚かと映るだろう。だが、私は誰よりもその心を知っている。

──あなたの奇跡を、私は信じていますよ。

しかし、いくらその奇跡を願ったところで、この舞台に幕を引くのは私の役目ではない。これ以上長引かせるわけにはいかない。サンゼールには悪いが、ここまでだ。

私は呼吸を静かに整え、再び足を持ち上げる。これが最善であり、最も優しい結末だと信じていた。だがその時──。

背後から、草を踏む微かな足音が近づいてくるのを感じた。軽やかで、しかし焦燥を帯びた足音。私の背筋に小さな震えが走った。誰かが、急速に近づいてくる。

──なるほど、ここで来ますか。

微笑みが自然と深まるのを感じた。予想はしていた。けれど、まさかこの絶妙なタイミングで来るとは、見事としか言いようがない。

誰かは敢えて振り返らなかった。むしろ、振り返る必要すら感じなかった。これは私が望んだ展開であり、私が待ち望んだ介入なのだから。

ほんの一瞬、世界が止まったように感じた。

私の足は宙に浮いたまま。サンゼールの息遣いも、男爵様とウィルの制止の声も、風に揺れる木々の音さえもが止まった。

そして私は、小さく息を吐いた。微かな安堵と期待を乗せて。

──さあ、ここからです。

どんな物語にも、クライマックスは必要だ。そしてその瞬間は、今まさに訪れようとしていた。
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